それゆけ百鬼夜行
爽やかに晴れた空と、そわそわとした空気。
今日の俺は、京都に来ていた。
……そう、京都だ。
あの「決闘」の日の翌週、俺は修学旅行に来ていた。
信じられないような話かもしれないが、俺の頭から修学旅行なんてことは完全に抜け落ちていた。
一年の頃は友人もいなかったし……どうせ俺が修学旅行なんかに行っても仕方ないから不参加でいいと、そう思ったまま忘れていたのだ。
「オッス、雄一郎」
天王寺に肩を叩かれる。今日のこいつはテンション高めだ。
「お前、別のクラスだろ」
「アタシが単独行動した程度で騒ぐヤツなんかいねぇよ。大体、修学旅行なんて規則破ってなんぼじゃねーか」
「ヤンキーの世界の常識を俺に押し付けんな」
「うっせぇ」
憎まれ口を叩いて、少し安心する。
たぶん俺は、天王寺がいなければ修学旅行に来ていなかっただろう。
以前のように露骨に避けられることは減ったのだが、今でも俺はクラスで浮いたままだ。気安く話せる相手もいない。
だから俺は、天王寺に少なからず感謝している。もっとも、本人には絶対言わないが。
どうせ天王寺もクラスに友人がいないから俺のところに来てるんだろうし、お互い様だろう。
「楽しそうですね、猿渡くん」
「あ……先生」
不意にボンドに話しかけられる。毎度、何の前触れもなく声をかけてくるのが少し怖い。
「一時はどうなるかと思ったけど、こうして修学旅行にも来てくれて安心したわ」
「ええ、まあ」
「しっかり楽しみなさい。けど、羽目は外しすぎないように。退学になりたくなければね」
「うっす」
それからボンドは、天王寺に「猿渡くんをよろしく」と言って、去っていった。
こいつも大概だと想うんだが、やはり俺の方が問題児扱いらしい。
さて、そんなわけで向かうのは京都旅行の定番中の定番、清水寺だ。
土産物屋の並ぶ坂を、学校の生徒の波に混ざって歩き、目的地へと歩を進める。
「しっかし、残念だったな、てめーもよ」
「何がだ?」
「せっかく彼女持ちになったってのに、二人で遊びに行くヒマもねーまんま離れ離れじゃねぇか」
「ああ、まあな」
確かに不満はあったが、さして寂しさは感じていなかった。
俺はスマホのチャットアプリを開き、天王寺に見せる。
[やっほー]
[今どこ?]
[おみやげ期待してるよー]
[ホーホケキョ]
「一時間に一回くらいのペースで連絡が来てる」
「ホーホケキョってなんだよ」
「俺に聞くな」
多分、その場の思いつきでメッセージを送っているのだろう。
「まあ、返事しなくても怒るわけじゃないからな。適当に流し見してる」
「バカップルっさんは楽しそうなこって」
「それより土産、何か探しておくか」
俺は周囲の土産物屋を見回す。
八ツ橋のようなお菓子からキーホルダー、茶碗、扇子なども並んでいる。
「やめとけやめとけ。帰りに買わねーと、荷物増えて後がめんどくせーぞ」
「何だよ、俺の父親みたいなこと言いやがって」
「おい、そこは母親にしとけよ」
「お前の股から産まれたくはないからな」
「テメェ、変なこと言うなッ!!」
素早い天王寺の拳が、俺の背に叩き込まれた。
「……ん?」
殴られた背中をさすっていると、変わったものを見つける。
「お? なんかあんのか?」
「あれ」
俺が目で示した先には、やたら奇抜な格好の人影があった。
落ち着いた配色の町並みから明らかに逸脱した、蛍光グリーンのロングコート。そこに黒い蛇が巻き付くようなイラスト。
ポケットからはどこに繋がっているのかも分からないチェーンがいくつも飛び出して、ジャラジャラと音を立てていた。
コートのフードを目深にかぶっているので顔は見えないが、そのシルエットは中学生か……下手をすれば小学生にも見えるほど小柄で、それがなおさら奇怪だった。
「あーあー、いるよな。ああいう中二病全開のヤツ。ま、修学旅行でテンション上がった小学生か中学生ってトコだろ」
「どういうセンスしてんだよ」
「ゾッキーが特攻服に龍の刺繍入れンのと一緒じゃねぇのか? 知らねえけど」
「ゾッキーってお前、何歳だ」
その時、天王寺の表情が強張った。
「……どうした?」
「アイツ、こっち来るぜ」
そう言われてコートの人影に目を向けると、確かにこちらに向かって歩いてきていた。
偶然こちらに用があって歩いてきた様子ではない。明らかに「俺たちを」目指している。
会話を聞かれるような距離じゃなかった。当たり前だが、こんな見知らぬ地で因縁を付けられるような覚えもない。
警戒しつつ身構える俺たちの前に、コートの人物がまっすぐ進んできて、止まる。
そして、そのフードを取った。
「エヘヘヘ……どうも」
「真勇ッ!??」
俺たちは二人して、大声を上げた。
見間違えようもない。確かに真勇が、そこにいた。
「なんで真勇が、修学旅行に……お前、一年だろ!?」
「自費で来ちゃいました」
「来ちゃいました、じゃねえっ!」
天王寺が全力でツッコむ。そりゃそうだ。
それから、改めて真勇の服装をまじまじと見て……多分、かなり引いてる。
天王寺はまだ、真勇の私服のセンスを知らなかったらしい。
俺は真勇だと認識した途端、この奇特なファッションに納得していた。そうだ、真勇なら、そうだろうな。
「自分の修学旅行でクラスの人と過ごすより、先輩たちの修学旅行に付いてきたほうが、楽しい思い出ができそうだな、って」
楽しげに真勇が言う。気持ちは分からないでもないが、本当に実行するのは頭のネジが飛んでいるとしか言いようがない。
「ま、いっか。来ちまったモンはしょうがねぇしな」
「はいっ!」
結局、天王寺もあっさりと納得し、俺たちはそのまま三人で行動することにする。
真勇がおかしいのは今に始まった話じゃないし、一緒に過ごせること自体は俺たちにとっても嬉しくはあった。
それにしても、このファッションは何とかならなかったのかと思うが。
天王寺は相変わらずのスケバンスタイルだし。そのまま制服着てるだけの俺が一番まともだ。
と、ちょうどその時、近くの土産物屋に目が留まる。
「天王寺、あれ買っとけよ」
「お、なんだ?」
「木刀」
「てめぇの頭カチ割っていいなら買うぜ」
天王寺は店頭に雑然と並べられた木刀を一つ手にとって、俺の頭をゴンゴンと叩く。
「やめろ、結構マジで痛ぇ」
「バーカ」
そんな俺たちの後ろで、真勇がくすくすと笑っていた。
清水寺へと到着し、目指すはもちろん"清水への舞台"だ。
狛犬が迎える門をくぐり、地蔵や鐘、三重の塔を眺め、順路通りに進むと、程なくして辿り着く。
雄大な寺院より張り出した舞台から見下ろす、遥か下の地面。
よくもまあ、こんな所から飛び降りようと考えた人がいたものだ。
「ひょぉ、やっぱナマで見っと結構迫力あんなぁ」
「高さ18メートルで、4階建てのビルくらいの高さだってよ」
「てめぇ、こういう場所で情報ググんのやめろよ。風情がねぇなあ」
「いいだろ別に。情報収集は俺たちの日課だぞ」
「ネットで聞きかじった情報より、目の前のパワーを感じンだよ。わざわざ修学旅行来てんのに、スマホなんか見てんなっての」
「まあ、一理あるな」
そんなわけで俺も、立ち位置を変えながら景色を目に焼き付ける。
ついでに何枚か写真を撮って部のチャットに流すと、夕那先輩がカエルのスタンプを貼ってきたので、「飛び降りませんよ」と返しておいた。
すると、真勇がニコニコしながら俺に寄ってくる。
「先輩、このくらいの高さなら多分、死ぬことはないですよ」
「お前が言うと洒落にならないからやめろ!」
俺はツッコミを入れてから、ため息をついた。
昔の、腰の低かった頃の真勇が懐かしい。心底そう思った。
そして一通りの日程を終えた、その日の夜。
ホテルに到着して、一息つく。
部屋割りは2,3人部屋が大多数だが、個室を選ぶこともできたので俺は迷わず個室にしていた。
大きなベッドに寝転がって無意味にゴロゴロと転がり回り、特に見たい番組があるわけでもないがテレビを眺める。
退屈と言えば退屈だが、旅行のテンションで過ごすホテル内の時間は、筆舌に尽くせない楽しさがある。
そんな時間を満喫していると、夕那先輩からメッセージが来た。
[おつかれ。今ホテル?]
[そうです。個室だから快適ですよ]
[じゃあアダルトチャンネルとかも見放題だねー]
[見ません。つーか禁止ですよ]
[ゆー君はマジメだなー]
真面目と言うより、わざわざそんなリスクを犯さなくても、その気になればスマホでいくらでも……いや、そういう話じゃないな。
[じゃあさ、あたしのエロ写メとかいる?]
俺は思わず、変な声を出しそうになった。
数分ほど硬直してから、[遠慮しておきます]と返事をする。
[返事に迷いがあるぞー]
見透かされている。これだから、この人の相手は大変だ。
まあ、そりゃあ……欲しいか欲しくないかで言えば、欲しいだろ。なあ。
言い訳をするようなことを考えた矢先、俺に画像が送られてくる。
――まさか、本当に送ってきたのか!?
慌てて確認すると……そこに写っていたのは夕那先輩と渚先輩、そして小夜が仲良く写った写真だった。
[期待した?]
俺は悔しさを隠すように、その言葉を無視した。
[小夜が来てたんですか?]
[うん、もう仲直りできたから。ゆー君のおかげだよ]
[先輩の行動の結果ですよ]
[そこは素直に喜んでよー]
それから、[ありがとう][おやすみ]とメッセージが来た。
俺は[おやすみなさい]と返して、ゆっくりと休むことにした。




