表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/91

それぞれの想い

******


「……天王寺先輩」

「ん?」

 帰り道の途中、真勇が足を止めた。

 秋華に背を向けたまま、独り言のように言う。

「わたし、猿渡先輩のこと……好きだったんだと思います」

 秋華は特に驚きもせず、ただ真勇の次の言葉を待った。

「あの人は……猿渡先輩は、そんなに強い人じゃないです。ううん、私より、弱いところもあるくらいで……ダメな所がいっぱいあって、全然かっこよくないです。でも、だから……わたしの気持ちも、分かってくれたんです。わたしの、ちっぽけな悩みにだって真剣に悩んでくれて、バカみたいなことにも、付き合ってくれて……」

「ああ」

 肯定とも否定ともつかない返事を、ぶっきらぼうに返す。

「わたし、ずっと……人が怖かったんです。猿渡先輩も、最初はすごく怖くて……でも、今は全然怖くないです。いい所も、ダメな所も、全部見せてくれる人だから。……水島先輩も、同じ気持ちだったんでしょうか?」

「さぁな」

「天王寺先輩」

 歩き出した秋華の背に、再び真勇が、鋭い声を掛ける。


「天王寺先輩は、どうだったんですか?」

「どうって、何だよ」

「クラスの男子とか、ゲームセンターで会う男は雑魚ばっかりだって、いつも言ってて。でも、猿渡先輩のことはいつも話して。休みの日は、いつも一緒に遊びに行ってて……天王寺先輩は、何もなかったんですか?」

「……へっ」

 秋華は白い歯を見せて、ニヤリと笑ってみせる。

「ねーよ、なんにも。アイツはほら、男とか女とか気にしねー友情? そういうヤツ。大体、あんな猿にアタシが惚れるかっての。どーせ惚れるんならもっと、あの……こう……な? アレだよ、ほら……まあ、いい男っ!」

 それを聞いた真勇は何も言わず、小さく頷いた。


「んじゃ、またな」

「はい」

 秋華の家の前へと着き、別れる。

 真勇の姿が見えなくなるまで見送ると、秋華は呟いた。

「こちとら2ヶ月も前に玉砕済みだ、バーカ」




「ありがと」

 寮室へ戻った夕那は、開口一番にそう言った。

「ごめんね」と言おうか散々悩んだが、こちらの方が適切な気がした。

 渚は自分の机に向かったまま答える。

「突然だな。礼を言われるような事をした覚えはないが」

「あたしのために、やってくれたんでしょ? 最初っから負けるつもりで。勝負で勝ったんだから文句なしだって、あたしが引け目感じなくていいようにさ」

「買いかぶりすぎだ。私はそこまで、ロジカルじゃないからな」

「ウソばっかり。渚ちゃんが本気で勝ちに来てたら、あたしが勝てるわけないもん」

「だがジャッジがあの二人なら、今日と同じ結果を出しただろう」

「秋華ちゃんたちだって、どう見てもレベルが違う戦いに引き分け出すほど甘くないよ」

 渚は口を閉じた。流石に二年半も同部屋で過ごしている夕那に、いい加減な嘘は通用しない。

 もっとも、本当にただ夕那に花を持たせるつもりだけで決闘を仕掛けたわけでもなかった。

「……勝ち負けじゃない。ただ私は、自分の想いを語る場が欲しかった」

 課題を進めていた手を止め、夕那と向き合う。


「どれだけの想いを心の内に秘めていようと、それを口にして伝えなければ、何一つ伝わらない。何も想わないのと変わらないんだ。……だが私は、今更に彼への想いをどう告げていいのか、分からなかった。だから試合として論ずる形で私なりに彼へと真剣に向き合い、想いを伝えようとした。それだけだ」

「渚ちゃん……」

 夕那にとっては、身につまされる思いだった。

 もう全て解決した自分と、渚を同列に語るのは、おこがましいとすらも思えたのだが。

「決めた。今度さ、渚ちゃんに好きな食べ物、なんでも奢ってあげる」

「本気か? 私は今更、遠慮はしないぞ」

「うん。ケーキでもパンケーキでもベルギーワッフルでもどんと来いだよー」

「ふふふ、なら、その言葉に甘えさせてもらうとするか」

 渚は大げさに嬉しそうな顔をしてみせる。それから、ふと呟いた。

「……思い出すな。昔のことを」

「いつ?」

「ほら、まだ入学してひと月くらいの頃、ずいぶんと喧嘩をしただろう?」

「あー! あったあった。部屋の真ん中に、こうやって、ビニールテープ貼ってね」


 きっかけは、些細なことだった。夕那のいい加減な態度を、渚が注意した。それだけである。

 ただ、その時に渚が、「そんな調子では家族に合わせる顔がない」と言ったのが引き金になった。

 自分の悩みなど何も知らない渚に、家族のことを勝手に語られていきり立った夕那。ただの慣用句になぜ夕那がそこまで怒るのか、理解できなかった渚。

 まだ馴染まない寮生活のストレスも加わって言い合いはエスカレートし、二人は大喧嘩をした。

 結果、二人は部屋を中央で仕切り、互いのスペースに一切入らない、口も利かないことを決めたのだ。その状態は、半月ほど続いた。

「思えば、あんな状態からよく仲直りできたものだ」

「あははは、あのときの渚ちゃん、面白かったよー」

「今思い出しても、恥ずかしいな。わざわざカレーパンを買いに行ったんだったか」

「そうそう、結構遠くのお店の、すっごい辛いやつ。自分じゃ食べらんないのに3つも買ってきてさ。『どうしても食べたいのなら、こちらに取りに来ればいい』なーんて言ってたっけ」

「こら。あんな時のこと、再現しなくていい」

「あはは。でも、あたしは嬉しかったよ。渚ちゃんもただ頭固い人じゃなくて、結構かわいいとこあるって分かったし」

「……まあ。結局、あれから二年以上も同じ部屋で過ごしているのだからな。今となっては良い思い出、か」

 東龍の寮では一年に一度、進級時に寮の部屋替えが行われる。

 だが同部屋の二人、双方の希望であれば、同じ相手と過ごし続けることもできる。

 それでも三年を同じ相手と過ごす例は、あまり多くなかった。


「……渚ちゃん」

 夕那は、座ったままの渚の背に回って、その体を抱きしめた。

「何だ、急に」

「あたし、渚ちゃんのこと……ゆー君にも負けないくらい、大好きだから」

「……そうだな。私も、夕那のことは大好きさ」

 渚は穏やかに微笑んでみせた。

「私に引け目など、感じるな。もしも、私を想うなら……私の分まで、彼と幸せになってくれ」

「渚、ちゃんっ……」

 言葉にできない想いが溢れて胸を熱くし、夕那は思わず、涙していた。

 渚の大きな背にしがみ付くようにして、ひとしきり泣いた。

「夕那。私も……少しくらいは、強くなれたか?」

「……渚ちゃんは、強いよ。すごくて、強くて、かっこよくて……あたしの、自慢の親友だもん」

「そうか」

 渚は夕那の手を、優しく撫でた。


******

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ