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思い出

「渚先輩も、鹿野島先輩も、俺にとっては……すごく大切な人です。先輩たちだけじゃない。天王寺も、真勇も、あんな問題児だったの俺のこと受け入れてくれた、大切な仲間です」

 俺は部員たちの顔を見回し、最後に改めて渚先輩を見た。

「……だから、恋愛ってことは、あまり考えたくなかったんです。もしかしたら、関係が変わって……壊れるかもしれないから。けど、それは結局、前に進むことから逃げてるだけだったんだと思います。ただ目を背けて、現状維持を続けて、それじゃ何も変わらない」

 そして俺は、鹿野島先輩を見据えた。

「鹿野島先輩は……俺のことを、好きだって言ってくれました。渚先輩の気持ちを知ってて、それでも自分の想いを諦めたくないって、自分の気持ちをぶつけて、今の試合でも、それを話してくれた。……俺はそれを、すごく嬉しいと思ったし、俺にはできなかったことだ、って思ったんです。俺は、その想いに……応えたいと思いました。だから……」

 俺は不慣れな動きで、鹿野島先輩の手を取る。

「鹿野島先輩。俺は……あなたが好きです。……付き合ってください」

「……っ」

 鹿野島先輩は目を見開き、体を震わせた。


 しばしの静寂。

 いつの間にか、部屋には夕日が差し込む時刻になっていた。

「君の勝ちだ、夕那」

 渚先輩は鹿野島先輩の肩へ優しく手を乗せ、そう告げると部室の外へと出てゆく。

 それに、天王寺と真勇も続いた。

「あ、おい……」

 どこへ行くんだ、と言おうとすると、天王寺が「来るな」と手で制した。

 俺と鹿野島先輩の、二人だけが部屋に残される。


「ゆー君……」

 鹿野島先輩と目を合わせる。少し涙で潤んでいた。

「……本当に、あたしでいいの?」

「鹿野島先輩……あなたが、いいんです」

 先輩は泣きそうな顔のまま、少し笑った。

「まだ、名字でしか呼んでくれないんだ」

「あ、えっと……すみません。えっと……夕那、先輩」

「あはは、先輩は外してくれなかったかー」

「それは、あの……いずれは、善処する、かと」

「ほんと? 期待してるよー」

 イタズラっぽく笑うと、俺の手を握って部室の外へ向かおうとする。

 だが、すぐに立ち止まって俺の方を向いた。


「……何か?」

「ううん。二人の思い出の場所とか。そういうの、探そうかと思ったんだけどさ。あたしたちの思い出の場所って、やっぱり、ここだと思ったから」

「そう、ですね」

「それに、みんなにもお気遣いされちゃったし」

「本当に……俺には勿体無いような仲間たちばっかりですよ」

「そんなことないよ。ゆー君がいい子だから、みんなが良くしてくれるんだから」

「じゃあ、そうしときます」

「あははっ、素直でよろしいっ」

 楽しそうに言って、ケラケラと笑う。彼女が屈託なく笑う姿を見たのは、ずいぶんと久しぶりに思えた。


「ほーんと。色々あったなあ。学園祭のときのことなんて、今でもハッキリ覚えてるもん」

「あの時は本当に、どうなるかと思いましたよ。俺も、かなりヤケになってましたけど」

「でもさ、嬉しかったよ。あ、家族と仲直りできたこと以外でもさ」

「それ以外に?」

「あたしがさ、『ゆー君のこと嫌いになる!』って言ったとき。ゆー君、ちょっとびっくりして止まってさ。それから来たでしょ? あれがさー、やっぱり嫌われるのはイヤなんだ、って分かってさ。でも、あたしのために、ムリヤリ来てくれたから。嬉しかったよ」

「あー……恥ずかしいので、あまり掘り返さないで頂けると」

「んふふふ、ゆー君、お顔が真っ赤だぞー?」

「怒りますよ」

「あはは、ごめんごめん」

 先輩は後ろを向いて、俺の胸に背を預けてきた。

 俺はその体を、軽く抱きとめる。

「……ありがと、ゆー君。ゆー君がいなかったら、あたし……こんなに幸せじゃなかったもん」

「それは、俺も同じことですよ」

「えへへ、そっか」

 どうしようもなく恥ずかしくて、全身がむず痒いようで……なのに、少しも不快さはない。

 先輩の背から伝わる体重と、体温。かすかに香る柔らかな香りに、胸が熱くなる。

 思わず、俺は先輩と向かい合うように向きを変えた。

 先輩の顔を覗き込む。涙で潤み、夕日に照らされたその目が、キラキラと輝いていた。

 先輩が、その目を閉じた。


 俺は先輩に、静かに口づける。

 ふわりとした唇の感触。部室の外から聞こえていた様々な音が一瞬、消えてなくなる。

「……レモンの味とか、しないねー」

 唇を離すと、先輩は照れくさそうに言った。

 俺は、さっきよりも赤くなった顔を見られないよう、先輩の体をもう一度、抱きしめた。

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