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本心のありか

 さて、次は鹿野島先輩の側の立論だ。

 試合のメンバーからは外れているとは言え、決して実力で大きく劣るわけではない。

 それでも、渚先輩との勝負は分が悪そうな気がするが……。

 俺は期待と不安を抱きながら、壇上へ立つ鹿野島先輩を見送った。



「あたしは、ゆー君と付き合うのはあたしの方がいいって主張します。

 理由は、あたしの方がゆー君に恋してるからです。


 ……最初は、ちょっと変わった子だな、って思ってただけでした。あんまりいい印象じゃなくて。

 そんなにイケメンでもないし、背も高くないし、そのくせ学校で事件起こしてて、大丈夫なのかな、って。

 でも、話してみたら本当にいい子で、頑張り屋だし、ちょっとした冗談までマジメに受け取ってくれたりして、一緒にいて楽しいなって思うようになってきました。

 ゆー君が来てから、部の活動もどんどん盛り上がってきて……いっぱい準備して大会に出たり、みんなで星見に行ったり。いろんな事があって、部室に来るのもどんどん楽しくなってきました。


 そんなうちに、事件が起きました。

 あたしが家族と仲良くないってゆー君が気付いて、ゆー君はマジメだから、自分が解決しなきゃみたいに思ったのかな。

 いろいろ、あたしに聞いてきたんだけど、あたしは知られたくなかったから嫌だって言って隠したし、余計なことしないでって突き放しました。

 でも、学園祭の日。とうとう逃げられなくなって、家族とちゃんと話し合おうって、ゆー君に言われて。

 あたしはゆー君に、ひどいこといっぱい言ったのに。ゆー君はあたしのこと、ずっと助けようとして、ずっと支えてくれて……それで、だから……ちゃんと家族とも話せて。家族と、ちゃんと……仲直りできました」


 話し声にはどんどんと熱が増し、微かに震える。

 その話す姿も、立論の内容も、何もかもが俺の予想とは異なっていた。


「……その時、思ったの。

 あんなに必死になってあたしのこと助けようとしてくれるのが、すごく嬉しくて……かっこよかった。

 渚ちゃんがゆー君のこと好きなのは、前から分かってたつもりだよ。でも、渚ちゃんにも……渡したくないって思った。

 あたしを好きになってほしい。あたしが……ゆー君の一番になりたい。そう、思ったから。

 だから……あたしは、ゆー君のことが好きだって、言いました。


 渚ちゃんだってゆー君のこと、すごく好きなんだと思うけど。

 あたしも、それに絶対負けないくらいゆー君のことが好きだし、絶対にゆー君のこと、幸せにします。

 だから……あたしの方がいいはずだって、そう主張します」



 立論を終え、静かに鹿野島先輩は席へと戻る。

 俺は、自分でも自覚できるほどに動揺していた。

 渚先輩が理詰めで来たのだから鹿野島先輩もそうだろうと、無意識にそう思っていた。

 実際には、むしろ正反対の感情論。はっきり言って、ディベートの立論として言うような内容ではない。

 だが、それだけに鹿野島先輩の想いは痛いほどに伝わってきた。


 このまま二人が戦い、どちらが勝っても、笑って終われそうにはない。

 ただ一つ俺には、良い意味で気がかりな点が……いや、単なる希望的観測かも知れないが。

 俺の予想が正しければ、この試合は……。


 そこで質疑の時間に入り、再び渚先輩と鹿野島先輩が並んで立つ。

 鹿野島先輩は立論のときの様子が嘘のように、けろっとした顔をしていた。

「さて、夕那」

「ん」

「君は以前、私から猿渡君に対する感情を『ベタ惚れ』と形容した。だが、今の君はそれ以上に自分の想いの方が強いと、そう主張するということだな」

「うん。渚ちゃんにも、負けてないつもり」

「なるほど。ところで一つ、気にかかる点がある。君は立論の終わりに、『必ず猿渡君を幸せにする』と言ったな」

「うん、言った」

「これは一般的に、結婚を申し込む際の文句だと認識しているが。君はそうした意図で発言していると考えて良いのか?」

「今すぐってわけじゃないよ。色々問題あるしさ。けど、そのうち……将来的に? あたしはそのくらいの前提で付き合うつもりだよ。ゆー君が良ければだけど」

「ふむ、ならば私と同程度の覚悟は持っている、と考えて良さそうだな」

「あはは、やっぱり渚ちゃんもそうなんだ」

「愚問だな。私には、彼に代わる候補など二度と見つけられない自信がある」

 自虐しながら、渚先輩は爽やかな顔をして笑った。

 聞いてる俺としては笑えない話だ。


 その瞬間、俺の頭にゴツンと衝撃が来る。

 天王寺の席から消しゴムが飛んできたのだ。目を向けると、親指を下に向けている。

「あいつ、遠距離攻撃を覚えやがった」

 あと、隣の真勇も「崖から落ちればいいのに」とでも言いたそうな目をしていた。

 俺は俺で大変なんだぞ、ちくしょう。


 そんな場外からの攻撃に苦戦するうち質疑は終わり、戦いは反駁へと入る。

 あくまで理論的に一つ一つ自身の優位点を主張する渚先輩と、相手の優位点に反論しつつも「好き」という気持ちを全面に出してゆく鹿野島先輩。

 そもそもが同じ土俵で戦っていないのだから、単純比較が難しかったこともあるが……俺が聞いている限りでは、どちらも同程度の説得力を持っているように感じた。

 だが試合が進むほど、俺の"予想"は確信へと近付き、「どちらが試合に勝つのか」という不安は薄れてゆく。

 俺の答えは、もう決まっていた。



 最後の第二反駁が終わり渚先輩が席へ戻ると、天王寺は少しも悩む様子を見せずに言った。

「んじゃ、さっさと結果言っちまうか」

 迷いなく真勇も頷く。先輩たちも、驚くような様子を見せることはない。

 まずは天王寺から、その答えを口にした。

「アタシは渚先輩に一票。夕那先輩も言いたいことはよく伝わったけど、ディベートのルール的には認めていいか微妙なトコだろ。ってことで渚先輩」

 もっともらしいことを言って、真勇へ目配せする。

「じゃあ、わたしは鹿野島先輩です。理由は……気持ちを真っ直ぐに伝えていて説得力があった、ということで」

 先輩たちが満足げに微笑む。

「ほう、票が割れてしまったな」

「うんうん、これは困ったねー」

 ちっとも困っていない様子で、白々しく言う。

「……では、これはやはり――猿渡君自身に判定してもらう他はないだろうな」


 そう、要するに最初から、これが狙いだったのだ。

 勝負で負けた方が諦めるなんて事は考えておらず、互いの想いを語った上で俺に選ばせる。

 あえてジャッジを偶数にした時点で、そんな予感はしていた。

 まさか渚先輩が引き分けになる可能性を考慮していなかったわけもないだろうし、天王寺と真勇の性格を考えても、どちらか一方を勝たせて終わりにするとは考えにくかった。

 だから俺も、覚悟を決めた。二人の想いを聞き……どちらを選ぶかを、決めた。


 先輩たちが俺のそばに立つ。俺も立ち上がり、二人を見据えた。

 渚先輩が微笑んだ。

「答えは、決まったかな?」

「……はい。全部俺の、単なるワガママですけど」

「構わないさ。恋愛くらい、自分勝手になって良いことだろう」

 その言葉に、俺はひどく胸が締め付けられるような気がした。

「俺が……」



「俺が選ぶのは、鹿野島先輩です」

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