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全ては愛ゆえに

「ねえ、ゆー君。好きな食べ物は?」

「えっと……カツカレー」

「んー、じゃあさ、好きな色は?」

「黒」

 隙を見て渚先輩が身を乗り出してくる。

「猿渡君、君は身長の高い女性に対して、どう考えている?」

「特別好きではないですけど、少なくとも嫌いではないです」

「ふむ、それでは……女性の胸の大きさの好みはあるかな?」

「それは……ある程度、大きい方が、好きかと」

「私くらいの大きさか?」

「うっ、いや、それは……まあ、はい」

「ふふふ、そうか。では君は、年上の女性は嫌いではないかな?」

「年齢は気にしてません」

 今度は鹿野島先輩が渚先輩をつつく。

「渚ちゃん、質問が露骨すぎ」

「もう、余計なプライドは持たないと決めたからな。それに、ルール上の問題はないだろう?」

「それはそうだけどさー」

 吹っ切れるのにも限度がある。そう言いたげだ。

「あと、あたしも渚ちゃんもどうせゆー君より年上だから最後の質問の意味なくない?」

「む、確かにそうだな」

 そして、再び二人からの質問攻めに戻る。


 渚先輩の言った「決闘」とは、つまり……どちらが俺と付き合うべきかについて、ディベートの試合を行うというものだ。

 奇特な提案だったが、鹿野島先輩は「面白そう」と、あっさりと承諾した。

 決闘の実施は来週。

 それまでに、二人は情報を集めることとなる。

 そう、要するにそれが、俺に対する質問責めだ。


「決闘」の情報源とする以上、俺はできる限りの質問に答えなければいけないし、もちろん嘘をつくこともできない。

 自分について深く知ってもらえる、と言ってみれば嬉しいこともなくはないが……二人とも、恥ずかしくて答えにくいようなことも容赦なく質問してくるのが困りものだ。

 それに――――


「ったく、新部長様は今日も楽しそうだな」

「わたしたちは寂しく五校戦の準備の日々です、しくしく」

 天王寺と真勇が嫌味を飛ばしてくる。

 この、質問責めと嫌味の板挟みのせいで、俺は変な汗をかきっぱなしだった。

「ゆー君、行きたいデートスポットとかある? てゆーか、どんなデートが理想とかある?」

「猿渡君、君は女性のファッションに対する好みはあるか? 服装は当然……そうだ、もしも髪型を変えてほしければいつでも言ってくれ」

 また質問攻めが続く。

 そんなこんなで、決闘までの日々は過ぎていった。



 そして一週間が過ぎ、決闘の当日。

「――よし。それでは、始めよう」

「ん」

 渚先輩が試合の開始を告げ、鹿野島先輩が頷く。

 それから、ジャッジを任された天王寺と真勇の二人も。

 張り詰めているようで、どこか緩いような、奇妙な空気が漂っていた。


 この一週間、俺自身も色々なことを考えた。

 ただ、この試合がどんな結果になろうとも後悔しない選択をする。

 中途半端に臆病になって、先輩たちを悲しませるようなことだけはしない。

 その覚悟は必要だと理解していた。


 今回のフォーマットは立論4分、質疑2分、反駁が各3分だ。

 正直なところ、俺のことについて4分も立論する内容があるのか甚だ疑問なんだが……二人が何を話すのか、期待している部分もある。

 それぞれの思いが渦巻く中、渚先輩が壇上に立つ。戦いの火蓋が切られた。



「さて、私は『猿渡君と交際すべきはこの私、水島渚である』と主張する。

 その理由は知性・身体の双方における優位性だ。これは3つの利点に分けられる。


 第一に知性。まず分かりやすい点として、前回の期末試験の結果を挙げよう。

 私の順位は学年144人中の36位。対し、夕那は71位だ。夕那の順位が極端に悪いわけではないが、私の方が優れていることは間違いない。

 そして、ここで考慮すべきは猿渡君の成績が決して良いとは言えない点だ。

 彼の順位は、二年生168人中の106位だった。油断をすれば赤点を取ることもあり得るだろう。

 ならば彼と深き仲になる者は、彼に勉強を上手く教えられる者が相応しいと言える。

 ゆえに、より優れた学業の成績を持つ私の方が、優位であると言えるだろう。


 さて、第二の利点は身体、そのうち身体能力に関する点だ。

 これまでの行動、質問への回答から察するに、猿渡君の体力は平均的な男子生徒程度のものがある。

 言うまでもないことだが、男子の身体能力は女子よりも平均して高い。そして夕那の体力は平均的な女生徒のそれであり、つまり猿渡君には劣ると言える。

 となれば、もしも猿渡君と夕那が交際した場合、猿渡君は夕那の体力に合わせて行動しなければならなくなる。

 もしも旅行や登山など、体力の必要なアウトドア系の趣味を楽しもうとした場合、夕那が足枷となる場面が発生しうるだろう。

 だが、私であればその心配は無い。今でこそ部活動としての水泳を辞めて久しいが、趣味としての水泳、ディベートにおける安定した発声のための基礎体力作りとしての走り込みなど、運動を欠かしていない。

 事実私は、常に体育の授業における成績も女子としては上位、男子と比較しても遜色ない結果を出している。

 ゆえに私であれば、体力の面で猿渡君の足枷となることはない。これが私の優位性を示すだろう。


 そして第三の利点となるのが身体的特徴、つまり容姿の点だ。

 これまでの質問への回答から、猿渡君は大柄な女性に対して否定的な感情を持っていない。

 そして彼は、『胸は大きめの方が好き』『ポニーテールは好きな髪型』と回答している。

 つまり単純に身体的な容姿の好みとして、彼の理想に近いのは夕那より私であると言える。

 恋愛とはプラトニックなもの、互いの内面を好きになってこそ本当の愛であり、外見を気にするのは軽薄であるという者もいる。

 だが実際のところ、小説や漫画においても一目惚れから始まる恋は多々ある。そして現実においても、容姿が好みの異性に目を引かれるということは、よく聞く話だ。

 容姿は恋愛……いや人間関係全般において、非常に重要な要素である。これは事実と言って差し支えない。

 よって、この点において優れていることも明確な優位性だ。


 学業の成績、身体能力、そして容姿。

 人としても異性としても重要なこれらの要素において優位な私は、夕那よりも猿渡君の期待に応えられる存在であると断言できる。

 ――よって、これらの点から『猿渡君と交際すべきはこの私、水島渚である』と、私は主張させてもらう!」



 ひときわ大きな声で結論を述べ、ばっ、と俺たちに手をかざす。

 ポーズを決めると、満足げな顔をして席へと戻った。

 元々堅苦しい雰囲気の試合ではないこともあるが、今日は特にテンション高めだ。


 ともかく、その内容は理路整然としたものだった。

 単なる男女の想いについて、ここまで大真面目に論述しなくてもいいのに、とも思うが。

 そんな所が渚先輩らしい。


 鹿野島先輩の表情に目立った変化はない。

 「やっぱり」とか、「多分そう来るだろうと思った」くらいの様子でメモを取り、以降に備えている。

 同じく天王寺と真勇も、至って冷静な様子で話している。会話の内容までは聞き取れなかった。


 質疑の時間に入り、渚先輩と鹿野島先輩が並ぶ。

「えっとさ、最初に聞きたいのは付き合った後にお勉強教えるってとこ」

「ふむ、何だ?」

「あのさ、もし私とゆー君が付き合ったら、渚ちゃんはゆー君にお勉強教えてあげないってこと?」

「そうではないさ。だが、やはり伴侶がそうしたことにも付き合える方が理想的というものだろう? 夕那だって、もし自分が彼と付き合ったとしたら、自分が勉強を教えたいと思うのではないか?」

「んー、まあね。じゃあ次。あたしの体力が足りないって言ったけどさ、これ付き合ってから鍛えればよくない?」

「しかし体力作りのために期間を要するということは、一つの短所だろう。私であれば、それは必要ない」

「でもさ、好きな人と一緒に体力作りのトレーニングとか、そういうのも楽しそうだよ」

「む……それは確かに、魅力的な話ではあるが……よし、ならば私は、意図的に体力を落とすことも辞さない覚悟だ!」

「あはは、それじゃ本末転倒だよー」

 質疑と言うより、ほとんどただの雑談のような雰囲気だ。

「あ、じゃあ次ね。身長差の話なんだけど。渚ちゃんさ、キスしやすい身長差とかって知ってる?」

「キス……いや、知らないが」

 渚先輩が少し困惑して目を逸らす。

「結構いろいろ説があるんだけど、10センチから15センチくらいの差があった方がいいんだって。あと、抱きしめたり頭なでなでする時もそのくらいの身長差があったほうがいいとか? だからさ、ゆー君が身長気にしないって言ってても、やっぱりあたしくらい小さい方がいいと思うなー」

「むぅ、しかしな……いや、この先猿渡君の身長が劇的に伸びるという可能性も、否定しきれないかもしれないぞ?」

「あははは、さすがにないってー」

「では、こうしよう。私の方がヒールの高い靴を履けば、逆に私の方が大幅に高くなり身長差を生み出せる。これなら、理想的な身長差となるだろう?」

「あははははっ、じゃあゆー君が抱かれたり頭なでなでされちゃうねー」

 そんな調子で、質疑の時間が終わった。


 ……何の話をしているんだ、この二人は。

 俺も困惑していたが、天王寺と真勇はひどく渋い顔をしていた。

 今回は天王寺が俺の隣に座っていなくてよかった。隣だったら絶対殴られてるぞ。


 しかし、冷静に考えると相手の立論に対しては全てに一定の疑問を呈す内容の話で、質疑として全く無意味な雑談をしていたわけではない。

 その点は、さすが部の一員と言ったところだ。

 この先、試合がどう動いてゆくのか。色々と複雑な気持ちではあるが……俺は楽しさを感じていた。

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