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壊すべきもの

 鹿野島先輩の言葉が、頭の中で繰り返し響く。

 際限なく鼓動が早まり、呼吸すらも忘れそうになる。

「本気……なんですか?」

「いくらあたしだって、こんなタチの悪い冗談言わないよ」

「そう、ですよね」

 先輩は拗ねたように口をとがらせる。

 俺は言葉に詰まり、先輩と目を合わせては逸らすことを、何度も繰り返した。

「……やっぱり、あたしじゃダメ? ゆー君も、渚ちゃんのことが好き?」

「俺は……」

 もう一度、俺は先輩の目を見た。



「――なるほど。おおかたの事情は理解した」

 目を閉じ、眉間にシワを寄せて、渚先輩が頷いた。

 思ったよりも落ち着いた反応をしているのは、グシャグシャになった制服を着た俺と、目を真っ赤に腫らした鹿野島先輩の姿を見た時点で、何かあったと察していたからだろう。


 俺は部室へと戻り、今までの出来事を全て、包み隠さず渚先輩へと話した。

 我ながら身も蓋もない解決策だとは思ったが、こうでもしなければ俺は事態に正面から向き合えないと思ったからだ。

「潔いって言うか、バカ正直って言うのか……」

 鹿野島先輩がため息をついた。


 天王寺と真勇はいない。どこかへ出かけているのだろう。今は好都合だった。

 俺は頭を下げる。

「教えてください。渚先輩が、どう思ってるのか。その……俺を、異性として」

 まだ、当人の口から聞いたわけじゃない。

 天王寺や俺の思い過ごしであれば、それでいい。


 渚先輩は目を伏せる。

「……すまない」

 しばらく口をつぐみ、それから言った。

「まず、だ。私が男性を苦手としているのは、間違いない。そして、君がその……例外であることも。だが、それが信頼であるのか、恋愛感情であるのか……判断がつきかねている」

「渚ちゃん、それ本気で言ってる?」

 この期に及んで。そう責めるような声で鹿野島先輩が言う。

「いや、しかしだな……前提として私は、恋愛というものと自身が縁遠いものだと認識していて、その意識は……」

「じゃあさ、あたしとゆー君が付き合ってもいいよね」

 渚先輩の眉がピクリと動く。

「待て。なぜそういう話になる?」

「なぜって、今の話聞いてなかったの?」

「そうではなくてだな……つまり、その……」

 言葉を探すように、口をもごもごと動かす。

 その様子を見かねて、鹿野島先輩がため息をついて言った。

「あのさ、渚ちゃん。あたしとゆー君が付き合ったら、嫌?」

「それは……嫌と言うか、その、言い方次第では……」

「どっちかで答えて。いいのか、嫌なのか」

 少し躊躇してから、渚先輩が答える。

「……嫌、だ」

「なら、あたし以外の女の子だったらいいの? 秋華ちゃんとか真勇ちゃんとか、それともぜんぜん知らない女の子とか」

「良くはない。いや……それと比べたら、夕那の方が、まだ……いや、だからと言って夕那なら良いというわけでは……」

「はぁ~あ……」

 鹿野島先輩は大げさなくらいに、ひときわ大きなため息をつく。


「じゃ、最後の質問。もし、ゆー君が渚ちゃんのこと好きだから付き合ってほしいって言ったら、付き合う? それとも、断る?」

「そ、それは……そう簡単に、答えを出せる問題では……」

「今答えて。はい、3、2、1」

 急かされた渚先輩は慌てて小さな声で答えた。

「こ、断ることはない……はずだ」

 真っ赤な顔をした渚先輩の姿に、鹿野島先輩は呆れ果てた顔をして俺の方を向いた。

「ほら、渚ちゃんはゆー君のこと大好き。完っ全にベタ惚れ。ほんとバカみたい。これでもまだ好きじゃないかもとか言ってるんだもん」

 渚先輩は手で顔を覆い隠して黙り込む。


「それで、どうするの? ゆー君」

「俺は……」

「一応言っとくけど。渚ちゃんと付き合うって言ったって、あたしは怒らないよ。てゆーか、先に告白したからってだけで無理に選ばれても嬉しくないもん。あと、二人ともイヤって言うならそれでもいいし」

 いかにもあっけらかんとした態度で口にしていたが、無理に平気そうな態度を作っているのは俺にも分かった。

「いえ、それは……無いです。どちらか……俺は二人とも、その魅力的だと思って……ええと、好き、ですから」

 みっともなくつっかえながら、正直に告げる。


 いっそ両方選べるならそうしたいが、そんな事は間違っても口にできない雰囲気だった。

 しかし、そんなヘタレたことも言いたくなるような状況だ。

 どちらか一人に好意を向けられることすら、俺にはもったいないくらいなのに。


 力強く、暖かく俺を支えてくれる一方、時に繊細な少女らしさも見せ、俺の方からも支えたいと思わせる渚先輩。

 掴み所のない性格で俺を振り回しながらも、いざという時には意外と頼れて、色々な顔を見せてくれる鹿野島先輩。

 二人には、それぞれの魅力がある。

 カレーとラーメンの決着付けようとするのって、こういう事なんだろうな。

 ……って、そんなマヌケな喩えをしてる場合じゃない。

 長々と待たせるわけにも、選ばないわけにもいかない。

 考えろ。俺は一体、どうしたいんだ?


「――待て」

 不意に、渚先輩が口を開く。

「夕那。君は本当に……猿渡君のことを愛しているのか?」

「んん?」

「私は猿渡君を信頼し……大切に思っている。これを恋愛感情と呼ぶのなら、これほど強い恋心はない。君は私のそれに比肩するだけの想いをもって、彼に交際を申し込んでいるのか?」

「当たり前でしょ。そうでなきゃ、渚ちゃんがゆー君のこと好きなの知ってて告白なんかしてないもん」

 困惑と僅かな苛立ちに、鹿野島先輩が口を尖らせる。

 渚先輩は、それを待っていたと言わんばかりに勢い良く立ち上がり、ビシリと指を差した。


「――ならば! 私は君に、決闘を申し込む!!」


「……はぁ?」

 俺と鹿野島先輩は、揃って目を点にした。

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