決闘! 初めてのディベート3 肯定側質疑~否定側第一反駁
「肯定側質疑、開始する。鹿野島、天王寺。壇上へ」
二人が、壇上へと上がる。
部長、試合の時は鹿野島先輩のことも苗字で呼ぶんだな。
その呼び方の違いに、今が真剣勝負の最中であることを意識させられる。
二人が、「よろしくお願いします」と挨拶をした。質疑が、始まる。
「えーっと、まず……1997年に消費税率が3%から5%に引き上げられて、そのせいで2007年まで不況が続いた、って言ったと思います」
「はい」
「けど、1990年代はバブル崩壊の影響で元々不況だったと思います。消費増税のせいで不況が起こったって、明確に関連付けられるデータはありますか?」
「確実に消費税が原因だと断定できるものはありません。ですが、2014年の増税の後にも消費者物価指数が低下していることを考えれば、関連性は高いと考えられます」
「あ、その点なんですけど、2014年の消費者物価指数が2.7%のプラス、2015年が0.8%のプラス、2016年が0.1%のマイナス……でしたよね」
「はい」
「だとすると、増税後のプラスが3.5%、マイナスが0.1%で、増税前と比較して現時点だと3.4%プラスだと思うんですけど、これって低下してることになるんですか?」
「ッ……」
胸を張って話していた天王寺の眉がピクリと動き、一瞬、言葉に詰まる。
「……現時点ではプラスかもしれませんが、翌年に上昇幅が鈍り、さらに翌年には下降に転じた流れは1997年の増税の時と同じです。なので、今後低下していくと考えられます」
「じゃあ、今後下降していくことを断定できるようなデータは無い、と言うことでしょうか」
「そうなります。ですが高い確率で……」
「えっと、さっき1997年と2014年の増税後、どちらも不況に転じたから、消費税のせいで景気が悪くなったと関連付けられるって言ったはずですけど、2014年の増税による景気悪化が断定できないなら、消費税と不況の関連性も疑わしくなりませんか?」
「……ッ、それは――」
天王寺が明確に狼狽した瞬間、アラームが鳴る。質疑終了だ。
いい所だったのに、と俺は歯噛みする。あと少し質疑が続いていれば、もっと相手のミスを浮き彫りにできたかもしれなかった。
質疑の前、俺が先輩に伝えたことは、2014年の増税後の景気変動についてだった。
今は2018年で、まだ増税後4年しか経っていない。この時点で景気の変化を断定するのは難しいだろう。
それも2015年までは上昇、2016年で微減した程度なら、景気が悪化したと判断する材料には使えないはずだ。
案の定、質疑でその点を突かれた相手は、返答に詰まっていた。
相手のミスを発見し、そこを突き崩す。それが決まったことに、俺は何とも言えない快感を覚えた。
これが、ディベートの楽しさか。そう思うと、なんだか気分が乗ってきた。
こちらの立論がボロボロであることは変わらないが、相手の綻びも露呈させることができたのだ。あちらも同じくらいに、崩れたはずだ。
俺は着席する鹿野島先輩を笑顔で迎えながら、「ナイス!」とサインを送る。先輩は、おどけたようにペロッと舌を出して答えた。
互いの立論と質疑が終わったことで、試合はここから、相手の立論へと反論を返す「反駁」に入る。
既に互いの立論が崩れ切っている気もするが、ディベートはここからが正念場だ。
双方ボロボロということは、少なくともこちらが一方的に不利なわけではない。ならば、勝ち目はあるだろう。
立論とは逆に、反駁は否定側から行われる。俺は自分たちの反駁の準備をしつつ、相手の反駁の開始を待った。
「――では、否定側第一反駁を開始する」
一分の準備時間が終わり、三上が壇上へと経つ。右手をポケットに突っ込んで、深呼吸する三上。
「始めます」
やや小さな声で、彼女は話し始めた。
「えっと、まず肯定側は、幸福度の高い国家の税率が高いことから、消費増税を行えば福祉が充実し幸福度が上がると主張しましたが、これには問題があります。
例えばハンガリーは消費税率27%と世界最高の税率の国家ですが……肯定側と同じくWorld Happiness Report 2018の情報によると、ハンガリーの幸福度は69位です。
また、同様に消費税率25%のクロアチアは82位、24%のギリシャは79位となっています。これは、日本の54位を大きく下回る順位です。
これらの国を見れば、消費税率の高さが必ずしも幸福度に直結しないことが分かる……あ、お分かりいただけると思います。
消費税率の高い北欧諸国の幸福度が高いからと言って、日本も消費税率を上げれば幸福度が上がると主張するのは、あまりに短絡的です。
それで……そもそも、100%という税率は、北欧諸国と比較しても4倍もの差があります。この時点で、北欧諸国をモデルに考える事自体がおかしい……無理があります。
北欧諸国と同様の国家を目指したいというのであれば、25%の……北欧諸国と同等の、25%程度の税率でいいはずです。
その、それで、肯定側はこの点について、75%の差によって大きな違いを生むことができると主張しましたが、少しも具体性がなく、メリットを示せていません。
それから肯定側は、消費増税で生活が困窮しても社会保障が充実すれば問題ないと主張しましたが、医療や教育費が仮に無料になったとしても、生活費の問題は解決しません。
それどころか食費や光熱費が突然1.85倍もの値上がりをすれば、所得の少ない世帯は、すぐに生活が立ち行かなくなるでしょう。
肯定側は現役世代に対する負担の軽さが消費税の利点だと言いましたが、100%という異常な税率では相対的な負担が軽くても、とても収められるものではありません。
これでは本当に福祉が充実させられるのかすら疑わしいですし、餓死者や自殺者の増加すら招きま……招きかねます。あっ、招きかね、招きかねません」
やはり緊張しているのだろう。彼女は上手く言えずに舌をもつれさせ、言葉に詰まってしまった。
そのまま焦った様子で、黙り込んでしまう。
……このまま終わりか?
そう俺が思ったところで、彼女は右のポケットに突っ込んだ手に、左手を重ねた。
そして、深呼吸。
すると彼女は落ち着きを取り戻し、反駁を再開した。
「……否定側立論で主張した、駆け込み需要の問題も残っています。
買い占めによる混乱は確実に国民の不満を高め、その後の買い控えによる消費活動の低迷は景気悪化を引き起こします。
100%もの増税を行うことによる景気悪化や混乱の問題が山積みであるのに対し、肯定側の主張する福祉の充実という利点の実現は不可能に近いでしょう。
仮に福祉を充実させられたとしても、それ以上に重い税による困窮した生活が待ち受けています。
よって、消費税率を100%に引き上げるというプランには、全く利点が無いと言えます」
声は小さく、早口気味だったが、彼女はギリギリで反駁を終えた。
その内容は一通りこちらの主張を否定しつつ、自分の主張をしっかり通したもので、明確な穴は無い。
特に北欧を例にした高税率の利点をほぼ完全に潰されたのは痛かった。
25%と100%じゃ全然違うことなんて俺でも分かっていたが、他に参考にできるものが無かったのだ。
無理があると分かっていても、使うしかなかった。つくづく、論題そのものの理不尽さを感じる。
これから二分の準備時間を挟んで、肯定側第一反駁に入る。今までより準備時間が長いので、しばらく相談する余裕がある。
穴だらけの主張を、いかにして通すか。俺は錆び付いた脳から知恵を必死に絞り、考える。
「ゆー君、どう?」
「……今の所だと、使えそうなのはこれでしょうか」
俺は手元の資料の一つを、先輩に差し出す。
子供の学習費に関するデータだ。字数の都合で立論には使わなかったが、きっと反駁で活かせるだろう。
先輩は「んー」とか「あー」とか微妙な返事をしながら、資料を受け取った。
一通りの相談を済ませると、俺は先輩に「頑張ってください」と告げる。先輩は、少しだけ笑顔を見せた。
三菱UFJ信託資産運用情報~バックナンバー 2014年 日本の消費増税とグローバル比較 (https://www.tr.mufg.jp/houjin/jutaku/pdf/u201410_1.pdf)




