きのこたけのこ戦争 4 終幕
いずれにせよ、今は相手の反駁を聞くのが先決だ。
ここから一気にひっくり返されるとは考えにくいが、鹿野島先輩も案外、侮れないからな。
会場の空気など意にも介さず、いつも通りの気の抜けた様子で先輩は反駁を開始した。
「えーっと、なんだっけ。そう、たけのこ派の言ったことで、口直しがなくてもいいってとこ。
なくてもいいって思う人がいるから利点にならないって言うなら、たけのこ派の言ってるみたいな……調和とかそういうのも、利点にならないと思います。
だって、調和してなくても別にいいやって思う人もいるからです。
あと、たけのこの里に粉がつくのは大したことじゃないって言ってたけど、これはきのこの山と違って全部が粉だらけになってるから、一個一個は大したことなくても、全体で見たら大きい問題だと思います。
あ、それで……そう。ラーメンにケーキはダメって言ったけど、実際食べてみたら案外いけるかもしれないんじゃないかなって思います。
だってほら、コロッケそばだって絶対合わなさそうな組み合わせなのに意外といけるし。ね?
それにさ、カレーだってしょっぱいとか辛いとかの料理なのに、リンゴとかヨーグルトとか入れるんだしさ、試しもしないうちからダメだって決めつけちゃうのはどうかなーって思います。
だから……ん? なんの話してたんだっけ?
あ、そうだ。きのこの山。きのこの山も、調和してないって言うけどなんかこう、変わった味? みたいな楽しみがあるとかで、調和してないからダメってことはないんじゃないか、ってことです。
あとは……手が汚れなくて食べやすいって利点とかは残ってて……残ってたっけ?
まあそんな感じで、きのこの山の方が勝ってます。終わり!」
おどけた様子で反駁を終え、鹿野島先輩は軽い足取りで席へと戻っていった。
苦虫を噛み潰したような顔の天王寺と、苦笑する俺たち。
「鹿野島先輩、勝つ気、あったんでしょうか……?」
「笑いを取るのを優先した感はあるな」
勝敗よりも会場の空気の回復を優先した、と考えるのは買いかぶり過ぎだろうか。
会場には相変わらず困惑が広がってはいたが、所々から笑い声が聞こえていた。
「……あー、コホン。まあ何はともあれ、これで全てが終了した。これより勝敗の判定に入りたい」
少し困ったような顔をしながら、渚先輩が前に出る。俺たちの顔を見回してから、続けた。
「判定をするにあたって、自分が本来どちら派であるかは勿論、誰が言ったか、どんな雰囲気で言ったかは考えず、あくまで理論の完成度としてどちらが勝っていたか。どちらに説得力を感じたか。それを判定して頂きたい。それでは……そうだな、たけのこ派の勝利と思う者は、挙手をしてもらいたい!」
その言葉の直後に、数名。
それから、少し遅れてまた数名が、おずおずと手を挙げる。それから、また数名、数名。
挙手をする人は増えに増えて、全体の8割ほどとなった。
渚先輩は頷き、俺たちを手で示す。
「……うむ! それでは今回の勝負、たけのこ派の勝利で、決定だ!!」
会場から、意外なほどに大きな拍手と歓声が響く。
俺と真勇は渚先輩に促され、ステージの中央に立った。
「それでは、勝者の二人から、なにかコメントを頂こう」
マイクを手渡される。
何を言っていいのか分からない。だが、黙っていてはマズい。
「えっと……キティ仮面です。ありがとうございました」
焦りながら述べて一礼すると、笑いに混じって再び拍手がされた。
俺はマイクを真勇に手渡す。
「あ、あの、勝てて嬉しいです。……あ、お祝いに、キティ仮面さんにたけのこの里をプレゼントしようと思いますっ!」
「きのこの山にしてくれ!」
俺がツッコミを入れると、会場は笑いの渦に包まれた。
もう俺のしたことが全て許されたんだと、みんなに受け容れられたんだと、そんなことを思うつもりはない。
だが、こうして学校の生徒から普通に祝福される日が来たことが嬉しくて、俺は少し泣きそうになっていた。
「ええと、お疲れ。一応、成功……ってことで、いいかな」
部室へ撤収し、俺は慣れない労いの言葉をかける。
「なーにが一応だ。大成功だろ」
天王寺が俺の肩を叩く。
「うんうん、あたしたちも楽しかったしねー」
鹿野島先輩がそう言うと、少し控えめに渚先輩も頷いた。
「その……猿渡君。さっきは、すまなかった。私のせいで……」
「いえ、結果オーライっすよ。笑いも取れましたし」
事実、最後まで俺の正体を隠しっぱなしにするよりも、良い結果を迎えられたと思う。
「あの……それで、これから、どうしますか?」
「残りは自由時間でいいんじゃないか? 呼び込みとかしてもいいし、普通に学園祭回ってもいい」
「じゃあ、猿渡先輩は、これから……」
「俺は……」
真勇に聞かれ、俺は少し言葉に詰まる。
「……ちょっと用事あったんだ。行ってくる」
そう言って、逃げるように部室を後にした。
そのまま俺は、確かめるように他の教室を見て回る。それから中庭、校庭を。
やはりと言うべきか、あちこちにカップルらしき男女が歩いている。
学園祭とは言え学校で堂々と過ごすカップルはそう多くないだろうし、実際はもっと多いはずだ。
そんな光景を遠巻きに見ていると、自分の存在が酷く場違いに思えた。
今年の4月まで、ずっと俺は同性の友人すらいない状況で無気力に過ごしていたのだから。
渚先輩は俺のことが好きだ。
これまでの話を聞いた限り、きっとそれは正しいんだろう。
俺にだって、思い当たる所がないわけじゃない。
だが、なぜだろうか。嬉しいと思うよりも、「これでいいのか?」と思ってばかりいる。
俺では渚先輩に釣り合わないから?
けれど渚先輩がそれでいいと思っているなら、俺が拒む理由はないだろう。
なら、俺が渚先輩に対して不満がある?
そんなはずはない。あの人は美人で、頼れる人だし……何より、俺の恩人だ。
暴力事件を起こした問題児として退学になるところだった俺を救い、俺に新しい世界を教えてくれた。
信頼して、笑い合えて、心地の良い時間を過ごせる居場所を作ってくれた。
俺はそれを、ずっと守っていきたいと思って……。
「――待てよ」
思わず、声に出して言う。
一つの理由が思い浮かぶ。
……俺は、今の関係が変わるのが怖いのか?
冷たい声が聞こえる。
俺が渚先輩と付き合って、上手くやっていけるのか?
もしも俺が振られたとしたら、今までのような関係に戻れるのか?
渚先輩に対して、俺が幻滅する可能性は?
俺と渚先輩が良かったとしても、周囲……天王寺や真勇に迷惑がかからないか?
[そんなリスクを犯すなら、今のままの関係をずっと守っていた方が、みんな幸せだろう?]
ふらふらと校舎の外に出て、大きくため息をつく。
ダメだ。どうすれば良いのか分からないが、とにかく今のままじゃダメだ。
憂鬱な気持ちを抱えたまま、ぼうっと俺は空を見上げていた。
「猿渡さん!」
不意に声をかけられる。
部員ではないが、聞き覚えのある元気な声だ。
「小夜……か」
「はい! 覚えててくれて嬉しいです」
「流石にそんなにすぐには忘れないって」
「あはははー」
小夜は結んだ髪を犬の尻尾のように揺らして、楽しそうに話す。
普段は姉とあまり似ていない彼女だが、だらけたような笑い方はよく似ていた。
「さっきの試合、見てましたよ。面白かったです!」
「ははは、それは良かった」
どういう意味での「面白い」なのか、少し気になるところだ。
「今日も鹿野島先輩……お姉さんに会いに?」
「そのつもりでした。姉さんにはダメって言われちゃいましたけど」
「ダメ?」
「はい、忙しいみたいですから」
「もう試合は終わったし、あとは自由時間だから暇だと思うが」
「そう……ですか」
小夜は少し暗い表情をして俯いた後、俺の目をまっすぐに見据えて言った。
「聞きたいことが、あるんです」
「なんだ?」
「姉さんって、学校ではどんな感じか知りたいんです。簡単な印象でいいんですけど」
俺は今までのことを思い返した。
「最初は、変わった人だと思ってた……いや、今でもそうか。ダラッとしててやる気なさそうで、最初から馴れ馴れしくて、俺に変なこと言ってからかってきたりさ。だから、小夜が立派なお姉さんみたいに言ってた時、ちょっと信じられなかった」
「あ、だからこの前……ちょっと驚いてたんですね」
「ああ。けど意外としっかりしてたり、頼れる所もあるし、何だかんだ一緒にいると楽しいからな。いい先輩だと思ってる」
それを聞いた小夜は、嬉しいのか悲しいのかよく分からない表情をした。
「学校で、私の話とか……しないですよね」
「そう、だな」
俺が踏み入っていい話題なのか不安だったが、どうしても気になった。
「家族で、何かあったのか? 先輩、家族のことを隠すって言うか……話したくなさそうに見えるんだが」
「……やっぱり、そうですよね」
小夜は遠い目をして言う。
「昔から、姉さんは……家族で一緒に過ごそうとか、ぜんぜん言わなかったんです。怒ったりすることはないんですけど……ほんとに、他人みたいにしてて……すごく優しいんです。自分はぜんぜんワガママ言わないのに、私がワガママ言っても、何も言わなくて……優しいのに……寂しいんです」
それから深く俯き、わずかに震えた声で続ける。
「……一度だけ、姉さんが、母さんに頼み込んだことがあるんです。高校に行くときは絶対、寮に入りたいって。それで、東龍に来てからは本当に……私のことも避けてるみたいでした。今日だって……」
そう言いかけて、小夜は黙った。
「一応、聞くけど。喧嘩したとかじゃないんだよな?」
「はい。でも、もしかしたら姉さんがずっと私に嫌だって思ってることがあるのかもしれません。もし、そうなら……ちゃんと謝りたいんです。姉さんは何でもないとしか言ってくれないし……何がダメなのかもわからないまま、ずっと姉さんに避けられるのも……それに、姉さんがずっと嫌だって思ってることがあるなら、直したいんです」
今にも泣き出しそうにする小夜を見ながら、俺は悩んでいた。
小夜を今すぐ鹿野島先輩のところへ連れて行くことはできる。
だが、先輩はきっと何も答えないだろう。無理に聞き出そうとしても、関係を悪化させるだけだ。
どうしようもない、と思った。
自然に聞き出す手段は無い、細かな手がかりも無い、本人が話す気も全く無い。
俺にできることなんて、何もないじゃないか。
ずっと不満を抱えている先輩がいる。目の前で泣きそうになっている女の子がいる。
なのに俺は、何もできないのか。ひどく己の無力を感じた。
黙り込んだ小夜を、拳を握りしめ、ただ見ていた。
その時、俺を呼ぶ大きな声がした。
「ゆー君!!」
鹿野島先輩だ。焦りと怒りに満ちた表情で俺に駆け寄ると、小夜から引き離すように腕を引いた。
呼吸を整え、小夜を睨み付ける。
「……来ないでって、言ったはずだけど」
「あのね、姉さん、私……」
「もういい!」
小夜に言葉を叩きつけ、俺の腕を掴んだまま踵を返す。
「来て、ゆー君」
「え、俺は……」
「来て!!」
いつになく怒りをあらわにした先輩に、俺は校舎へと引きずり込まれる。
離れていく小夜の不安そうな表情が、ひどく目に残っていた。




