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きのこたけのこ戦争 1 開戦

 学園祭当日、午前11時。

「――それでは、次はディベート部の皆さんです」

 体育館にアナウンスの声が響く。俺たちはステージの上に並んだ。

 天王寺がマイクを手に取り、声高に叫ぶ。

「よっしゃ! そんじゃ、きのこVSたけのこ、ガチバトル開幕だ!!」

 観客席から、笑いを含んだ拍手と歓声が上がった。

 体育館に用意された席は確か200で、そのうち6割か7割くらい人が座っているので、観客は少なくとも100名を超えている。

 人数だけで言えば、全国大会のときよりも多いだろう。


 俺が出した案は、「ディベートの試合をする」という単純極まりないものだった。

 これと言って道具も必要ないし、体育館を借りて試合を行えば宣伝効果も期待できる。

 問題はどんなテーマで試合を行うかという点だったが……それを考えた結果が、これだった。

 スクリーンに映し出される、「徹底討論! きのこの山VSたけのこの里」の文字。

 そう、誰もが知っているチョコレート菓子の対決だ。

 渚先輩がマイクを受け取り、スクリーンを切り替える。

「さて、選手たちには今から試合の準備をしてもらうが……まず、観客の方々にはこれを見てもらいたい」



・司会

水島渚(きのこ派)


・きのこ軍

天王寺秋華(本当はたけのこ派)

鹿野島夕那(本当はたけのこ派)


・たけのこ軍

キティ仮面(本当はきのこ派)

三上真勇(たけのこ派)


「ディベートとは、自分の意見を述べる競技ではない。今回は見ての通り、真勇以外の3名は自分が本来支持している商品とは逆のチームだ。どのような議論となるか、是非とも期待して頂きたい。なお、今回の勝敗は聴衆の皆の意見で決定したい。どちらの主張がより説得力があったか、皆の手によって判定してくれ!」

 観客席から「へぇ」とか「おぉ」という声が上がる。


 俺は真勇と並び、ステージ上に用意された「たけのこ軍」の席に着く。

「先輩、似合ってますよ」

 キティのお面を付けた俺を見て、くすくすと笑いながら真勇が言った。

「嬉しくねえよ」

 そう、「キティ仮面」とは俺のことだ。

 事件から日が経ったとは言え堂々と人前に出るのは気が引ける俺のための策として渚先輩が考案したのだが、余計に目立っているような気もする。

 もう深く考えたら負けだ。俺は立論の作成に取り掛かることにした。

「で、どうするかな」

「先輩、何か考えてますか?」

「まあ一応はな。真勇は?」

「わたしは……考えてあるけど、まだ言いません」

「は?」

「こういうのって、きのこ派の先輩が頭を使うべきだと思いますから」

「この野郎っ」

 イタズラっぽく笑う真勇の肩を俺は小突いた。

「形の違いで攻めるのはどうだ? きのこの山は箱開けた時点で何本か折れてることがあるけど、たけのこの里はそれが無いとかさ」

「やめた方がいいと思います」

「え、なんでだ?」

「そんな消極的で相対的な利点じゃ、たけのこの里の魅力が伝わりませんから」

「むぅ……」

 確かに、相手を落として相対的に自分の地位を上げるのは、こうした勝負において弱い気はする。


 俺は考えた。

 今回、相手は天王寺と鹿野島先輩のチームだ。ということは、主張の方針を決めるのは十中八九、天王寺だろう。

 天王寺はああ見えて案外、堅実な思考をしている。リスクのある奇策に出る事は考えにくい。

 誰からも一定の支持を得られそうな方針。そう考えると、相手の主張はおおよそ読める。

 ならば、その一手先を行けるような主張は……。

 俺は過去の記憶から、「たけのこ派」の人間の言っていたことを思い返す。

 道は見えた。

「味の差でいこう。チョコと生地の調和だ」

「はい、よくできました」

 満足そうに言う真勇に、俺はデコピンを食らわせた。



「――そこまで! では、試合に入ろう。まずはきのこ派の立論だ!」

 なんとか俺たちが原稿を作り上げたところで、ちょうど試合開始の時間になる。

 立論に出てきたのはもちろん天王寺……ではなかった。

 出てきたのは鹿野島先輩だ。

「あいつ、逃げたな」

「逃げましたね……」

 今回の試合はチーム分けこそ事前に行っていたが、担当するパートは互いに明かしていない。

 だが俺のチームに真勇がいる以上、彼女が質疑をするのは分かりきっている。

 天王寺はそれを考え、立論の担当を避けたのだろう。普段立論やってるくせに。

 俺たちが冷ややかな視線を送ると、天王寺は視線を外して口笛を吹いた。もうちょっと上手く誤魔化せよ。


 そんな俺たちをよそに、鹿野島先輩はいそいそとステージ中央の演台に立った。

 戦争の始まりだ。



「えーっと、私たちはたけのこの里よりもきのこの山のほうが優れているって主張します。

 理由はきのこの山のほうが形が完成されてるからです。

 このメリットは2つあります。ひとつ目は、手が汚れないこと。

 みんな分かると思いますけど、きのこの山は傘の部分がチョコ、茎のところがクラッカーになってます。

 なのでクラッカーのところを持てばチョコが手に付きません。あと、細いから持ちやすい。

 反対に、たけのこの里はほとんどチョコで包まれてて、つまんで持っても大体ちょっとチョコが手に付きます。

 それにクッキーの部分の方が太いから持ちにくいし、クッキーが柔らかいせいで細かいクッキーのカスも指に付きやすくて、手を汚さずには食べにくいです。

 だから、持ちやすくて手も汚れないきのこの山のほうが優れてます。


 ふたつ目は、チョコとクラッカーを分解して食べられることです。

 普通に一緒に食べてもいいし、チョコだけ先に食べてから、今度は残ったクラッカーだけ食べるってことができます。

 たけのこの里は全体をチョコが包んでるからチョコだけ食べるってことができません。


 アポロとかも、みんな上と下で分けて食べたことがあると思います。

 お菓子は楽しく食べられることが大事で、こうやって変わった食べ方ができるのもいいところです。

 なので、それができるきのこの山のほうが優れてるって言えます。


 えっと、やっぱり味の好みとかは人によって違うと思います。だから、そこはどうとも言えません。

 でも、手を汚さずに食べられる、変わった食べ方ができるっていうメリットは、絶対にきのこの山にしかないです。

 形の完成度できのこの山が勝ってるのは間違いないので、きのこの山のほうが優れたお菓子だってことが分かると思います」



 観客の笑いと納得の入り混じった声を受けながら、鹿野島先輩は席へと戻った。

「よし、勝った」

 すぐに俺は、そう呟いた。

「くすっ、頼もしいですね」

「考えた甲斐があった。これなら立論から反駁にスムーズに繋げられる」

「えへへっ、じゃあ質疑はどうしますか?」

「そうだな……真勇の好きなようにしていいと思うけど」

 一応、俺はいくつかの提案をした。そこで準備時間が終わり、質疑に入る。


 鹿野島先輩と真勇が並んで立った。こうして見ると、やはり真勇は小さい。

 先輩もどちらかと言えば小柄な方だが、それと比べても真勇は10センチくらいは低く見える。

「あの、きのこの山は手を汚さずに食べられるから優れている、って所なんですけど」

「うん」

「汚れたら拭けばいいだけじゃないですか?」

「んー、まぁね」

 肯定しちゃったよ、この人。

「でもさ、ほら。いちいち拭くのって結構めんどくさくない? 手ベタベタするのもアレだしさ、汚れない方がいいにはいいじゃん」

「確かにそうですけど……じゃあ、先輩は手が汚れないって理由だけできのこの山を買いたいって思いますか?」

「それはないかなー」

 会場に笑いが起こる。あまりにも雑な受け答えだ。

「えっと……じゃあ次の質問です。きのこの山は分解して食べられるって言いましたけど……たけのこの里も、やろうと思えば分解できると思うんですけど」

「チョコだけ舐めるとか?」

「えっと……はい。あと、こう……歯で、チョコだけそぎ落としてみるとか……」

「まあ、やろうと思えばできるけどさー。きのこより面倒じゃない? あたしはあんまりやらないかなー」

「わたしはやります」

「あははは、意見が割れたねー」

 もはやただの雑談のような調子だ。

「あ、それと……きのこの山の分解も、結構難しくないですか? 折れちゃったり、中途半端にチョコが残ったり……」

「あー、あるある。でもさ、それが楽しいんだよねー。ほら、プチプチとかもさ、うまく潰れるときと、そうじゃない時があるから楽しいみたいな?」

「それは、そうですけど……やっぱり、きのこの山の利点としては……」

 そこで、質疑の時間が終わる。


 釈然としない表情の真勇が戻ってきた。

「……うまく誤魔化されちゃった気がします」

「まあ鹿野島先輩はそういうの、得意そうだしな」

 それから真勇は「天王寺先輩なら崩せたと思うのに」と言って頬を膨らませる。

 俺もそう思うけど、天王寺に聞かれたら怒られるぞ。

「あの、先輩。大丈夫そうですか?」

「立論はこっちが勝ってるはずだからな。きっと大丈夫だ」

 崩せなかったことに少し責任を感じている様子の真勇を勇気付けるように俺は言って、立論へと向かった。

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