部長
それから何日か過ぎた日、部員が全員揃うと部長が言った。
「今日はブレインストーミングを行う。だが、今回のテーマは五校戦の論題ではない」
「――テーマはこの私、『水島渚の短所について』だっ!」
ピシャリと音がするような勢いで、快活に叫ぶ。
俺たちの頭に、大きな「?」が浮かんだ。
「……うむ、皆が疑問を抱くのも自然だ。よって、これから説明してゆこう」
いつものように腕組みをして、部長は話す。
「今回、夏の全国大会においては、皆に苦汁を舐めさせる事となってしまった。これはひとえに、部長としての私の至らなさ故だろう。そして……私自身の短所を把握、改善するに、自己分析のみでは些か不十分と考えた。然るに、皆には私の短所について……どんな些細なことでもいい。けして遠慮せず、すべて伝えてもらいたい」
それから部長は部員たちを見回し、付け加えた。
「ああ、それから……これは部長としての、私の問題だ。皆に同じことを強いるつもりはないから、その点でも安心して意見を出してくれ」
「そうやって自分一人で全部背負えばいいと思ってるとこ」
なおも高いテンションで話す部長に、頬杖をついた鹿野島先輩が吐き捨てるように行った。
瞬間、部長が"石化"する音が聞こえた気がした。
「……は、はは。いやあ、しかしだな、部長という立場上、私は責任を――」
「じゃあ副部長の秋華ちゃんに責任負えとか言ったことある? いっつも自分ばっかりじゃん。何かあると全部私が悪いんだって落ち込んでさ。ウジウジウジウジして」
「いや、それはだな……」
「それで? 短所言ってあげたけど、直す気あるの? 今までずっと直してなかったけど」
珍しく、鹿野島先輩が強く責める。
この様子からすると、本当に何度も指摘していたのだろう。
だが、それ以上に俺が驚いたのは――。
「天王寺。お前、副部長だったのか?」
「そうだよ! じゃなきゃ誰が副部長だと思ってやがった!!」
まあ確かに、鹿野島先輩と比べれば彼女の方が向いているとは思うが。
そもそも彼女が副部長として扱われること自体見たことがなかったので、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。
……つまりそれは鹿野島先輩の言う通り、副部長という役職を形骸化させるくらいに、部長が一人で全てを切り盛りしていたことを証明している。
「あの」
いつものように、真勇が小さく挙手をして言った。
部員の視線が彼女に向く。
「えっと、今、聞くことじゃないかもしれないんですけど……うちの部って、部長の引き継ぎ……まだ、なんですか?」
その瞬間、鹿野島先輩が「あ」と声を出して目を見開く。
いつになくやる気に満ちた表情をして、大きな声でまくし立てた。
「真勇ちゃん、いいこと言った! 部長だから部長だからって言うなら、部長じゃなくなればいいんじゃん!!」
「え、あの、私はそういう意味じゃ……」
真勇に「いいの!」と言ってから、困惑する部長を無視して鹿野島先輩は俺を見据えた。
「ゆー君、今日から部長やって!」
「へ?」
俺は目が点になる。
「……いやいやいや、俺はまだ経験浅いですし、そもそも副部長やってた天王寺が居るなら、そっち繰り上げの方が――」
狼狽える俺に、天王寺はニヤリと笑って言った。
「アタシは別に構わねぇぜ。強ぇ奴が上に立つのが戦場の掟だろ」
「どこのバトル漫画の世界で生きてるんだ、お前」
「だいたい、てめぇは部長と反対に責任感が足りねぇんだよ。部長の看板でも背負えば、ちったぁマシになんだろ」
「いや、けどな……」
実際、俺は責任感なんてものとは無縁の生き方だった。
守るものがなかったからだ。
一応、部に所属してからはわずかながらも自分の行動による周囲への影響を考えていたが、部長ともなれば今の比ではないだろう。
「俺に務まるとは思えない」
「なんでだよ。経験不足はこれから埋めてきゃいいし、アタシらだってサポートはするぜ」
「……」
「それとも何だ? 前に事件起こしたからかよ? だからてめぇに部長任せたくないなんて言う奴、ここにはいねえぞ」
「でも、外からの目は違うだろ」
「だったら、ここからマジメにやってやり直しゃいいだけだろ。そうやってウダウダ言ってたって、何も始まらねえじゃねぇか」
「……そう、だな」
まるで返す言葉がない。
だが、当たり前のように俺を肯定して背中を押す彼女の言葉に、まだ俺は不安を感じていた。
意見を求めるように真勇に目をやると、彼女は何も言わずに首を縦に何度も振った。
鹿野島先輩が満足そうな顔をする。
「公式の大会はもう終わりました。これから受験に集中する必要があります。信頼されてる部長候補もいます。ねえ渚ちゃん、これでもまだ自分が部長続けるって言い張る?」
「む、う……」
眉間に皺を寄せ、部長は考え込んだ。
「……猿渡君。君の今の考えを、聞かせてほしい。部長という役職への意気だけではない。君は、ディベートという競技に対して、どう考えている?」
「俺は……」
競技そのものに対する想い。
それは今まで、俺が漫然と悩んでいたことだった。
俺はなぜ、この部に居る?
部長に救われたことへの恩返しか?
それとも、ただ単に居心地のいい場所だからか?
一つ、思い出す。
あれは確か、小学校5年の、発表会の日だった。
女子のグループの発表が終わり、感想の時間。
「よし、じゃあ次の感想は…猿渡!」
「はい!」
先生に指され、元気よく返事をした俺は、感想を口にした。
「白い模造紙に黄色の細マジックで文字を書くのは良くないと思います。文字も小さくてよく読めないし、あと、発表の声も小さかったからよく聞こえなくて、わかりにくいところが多かったです!」
胸を張って、大きな声で言う。普段なら感想の後、すぐに拍手がされるところだが、クラスは静かだった。
そこに聞こえてきたのは、小さな泣き声。
発表をしていた女子の一人だ。
「よく言った、猿渡。ちょっと厳しく言い過ぎたが、こうした意見も必要だな」
先生に肯定されて、俺は鼻を高くした。
そうだ。俺は正しいことを言ったんだ。
けして愉快そうではない顔で俺を見るクラスメイトの視線に薄々気付きながら、俺は自分に、そう言い聞かせるようにしていた。
「……思えば、あの頃からだったのかもしれません。俺が『めんどくさいヤツ』みたいに言われ始めたの」
それを話すと、俺は俯きながら息を吐いた。
「その頃からです。人と話すのが、どんどん嫌になっていきました。間違ったことも指摘しないのが優しくて、正しいことなら、嘘ついて優しい言葉だけ掛け合ってればいいのか。なら、無駄じゃないですか。話すのなんて。どうせ相手が泣いたり、逆ギレして殴ってきたら、何言ったってこっちの負けです」
俺は、再び部員たちの顔を見回す。
「けど、今は違う。指摘して、指摘されて、それで空気が悪くなったりしない。話すことが無駄じゃないって、信じられるんです。だから俺は……ディベートを続けたいって、思ってます」
部長に目を合わせる。
「部長になるのは……正直、今でも不安はあります。俺なんかが……俺が、責任持って部長として、やっていけるのか。けど、みんなが俺を信じてくれるなら……それを反故にしたくないとは、思ってます」
「そうか」
部長は目を閉じて少し考え、言った。
「……私が君を、部に誘った理由は覚えているか?」
「暴力以外の戦いを知ってほしい、ですか?」
「ああ。君はそのことを、十二分に理解してくれた」
そう言うと、部長は大きく深呼吸をした。
「――よって、猿渡君! 今日から君を、我が東龍学園ディベート部の部長に任命する!!」
ビシリと手で示しながら、大きな声で告げる。
鹿野島先輩が楽しそうに「おー」と言いながら拍手をした。
天王寺と真勇も、続けて拍手。
俺がおずおずと頭を下げると、鹿野島先輩がひときわ強く、ぱん、と手を叩いて言った。
「はい! じゃ、これで渚ちゃんは部長じゃなくなりました。もう部長としての責任がどうとか、ウジウジ言うのは禁止ね」
「あ、ああ……」
どこか腑に落ちないところがあるような顔をしながらも、部長は同意した。
そこで俺は、一つの問題に気付く。
「ちょっと待ってください。部長が部長じゃなくなったら俺、部長のことどう呼べばいいんですか?」
「最初に気にすんのがそれかよッ!」
天王寺がオーバーリアクション気味にツッコんできた。
一方、部長は冷静に言う。
「私は……好きに呼んでくれて構わないが」
こういう時の「何でもいい」ほど困るものはない。
「……じゃあ水島先輩で、いいですかね」
「んー、ダメ」
口を挟んできたのは鹿野島先輩だ。
「ダメって、何ですか」
「それじゃあたしが面白くないもん」
「なんで先輩の面白さが必要なんですか」
「だってゆー君、あたしのことゆー先輩って呼んでくれないし」
この人、まだ覚えてたのか。
「……苦手なんですよ。あだ名とか、下の名前とかで呼ぶのって」
その時、俺の視界の隅で真勇がニヤニヤと笑っているのが見えた。
お前の呼び名、「三上」に戻してやろうか。
「じゃあさ、どっちかにしよ。あたしのことゆー先輩って呼ぶか、渚ちゃんのこと名前で呼ぶか」
「なんでその二択なんですか」
「なんでもいいの。はい、3、2、1」
多分、このまま押し問答をしても無駄だろう。
「……渚先輩、で」
「わー、ゆー君ひどいなー。そこまでしてあたしのことゆー先輩って呼びたくないんだー」
口ではそう言いながらも、その顔は「面白くて仕方がない」と言っていた。
俺は少し赤くなった顔で渚先輩を見る。
「あ、ああ。私は構わない。これからも、よろしく頼むぞ。猿渡君。いや、新部長か」
「俺の呼び方はそのままでいいですよ。そっちで慣れてますから」
「む、そうか? それでは改めて、猿渡君。これからもよろしく頼む」
渚先輩が差し出した手を、しっかりと握る。
その手の暖かさに、のしかかろうとする冷たい不安が溶かされていくように感じた。
「……それで、部長って具体的に何するんでしょうか」
「そうだな、まずは前回の大会の反省として……」
そう言いかけたところで部長……じゃない、渚先輩が鹿野島先輩に睨まれ、咳払いを一つする。
「こほん、それはもう十分だから、次はやはり学園祭の計画だろうな」
学園祭。確かに、そんな季節になろうとしていた。
「去年は何やったんですか?」
俺が質問すると、鹿野島先輩が答えた。
「宣伝とか呼び込み。おかげで部員が0人も増えたよー」
「昔のゲームの変数みたいな言い方しないでください」
「あははは」
まあ部員3人の、大会にも出られないような部では仕方なかったのかもしれない。
「……今年も呼び込みってのは、ちょっと味気ないですよね」
「だよねー。もっとさ、お化け屋敷とかやろうよー」
そこで天王寺が身を乗り出して言う。
「やっぱ学園祭つったらアレっすよ、コスプレ喫茶」
「暴走族のコスプレでもするのか?」
「そん時ゃ、てめぇに撲殺死体のコスプレさせてやるよ」
天王寺は俺の足をぐりぐりと踏みつけた。
「確かに、飲食店は定番っぽいけど」
俺は渚先輩に目をやる。
もし本当にコスプレ喫茶をするとなれば、客の大多数は男子になることが想定できる。
渚先輩はそれを快く思わないだろう。男子から体をまじまじと見つめられるなら、尚更だ。
それを抜きにしても、衣装や料理などの問題は尽きない。
「猿渡君」
「あ、はい」
「君自身は、何をしたいと考えている?」
「俺は……」
渚先輩に問われ、俺は考え込んだ。
「……つまらない考えかも、しれないですけど」
俺は、自分の考えを告げた。




