表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/91

弱者の唄

 さすがに真勇も少しは疲れたのか、休憩を取ることにする。

「あ、先輩……あれ、奢ってくれませんか?」

「へ?」

 彼女が指したのは、ソフトクリームの店だ。

「……まあ、いいけど」

 その発言に疑問を持ちながらも、俺はソフトクリームを二つ買う。

 一つを真勇に手渡し、俺たちは近くのベンチに並んで腰かけた。

 ようやく、勝手に動かない場所に座れた。それだけで、何か感動を覚えそうになる。

「……いいのか? 俺の方が奢ったりして」

「あ、はい。ちょっと……色々、あって」

 真勇はソフトクリームを両手で握ったまま、俺の方を向いた。

「あの、先輩。先輩って……部活を辞めようって思ったこと、ないですか?」

「辞める? なんでだ?」

「あっ、いえ。その、変な意味じゃ、なくて。無いなら、それでいいんですけど」

 唐突な質問だ。どう答えるべきか少し悩んだが、答えは決まっていた。

「辞めようと思ったことは無いな。上手くやっていけるのか、不安になったことは多かった……いや、今も不安なんだが。辞めたいとは思ってない」

「そう、ですか」

「真勇はあるのか?」

「少し、思ったことはあります。あっ、でも、今は違って……それに、あの、先輩たちが悪いんじゃなくて……」

 慌てて言った後、真勇は少し黙り込む。


「……たまに、思うんです。わたしみたいなのが、ディベート、やってていいのかな、って」

「どういう意味だ?」

「ほら、わたしって……先輩たちと違って、話すために生きてるみたいな人じゃないですから」

「俺も別に話すために生きてるわけじゃないんだが」

「えっ……そう、なんですか?」

 本当に意外そうに、彼女は言った。

「でも猿渡先輩って……誰かと言い合いしてるときが、一番楽しそうに見えます。天王寺先輩とか……」

「まあ、あいつは話しやすいからな」

「わたしは話しにくいですか?」

「ぐっ、いや……」

 急に俺の目をまっすぐに見据えて鋭く言う真勇に、俺はたじろいだ。

 中途半端な言い訳で凌ごうとすれば、より深く追求されるだけだろう。

「……要するに、不用意なこと言ってまた怖がらせるのが嫌なんだよ」

「あっ……」

 真勇は表情を曇らせた。

 沈黙が訪れる。

 こんな時、どう言えばいいんだ。

 焦燥感に駆られながら言葉を探す。

 一方の真勇は、俺をチラチラと見てはカバンの中を何度も覗き込んでいた。

「先輩」

「……何だ?」

「観覧車、乗りましょう……乗って、くれませんか?」

 眉を強張らせ、少し潤んだ目で俺を見ながら、震える声で彼女は言った。

 俺は黙って頷き、立ち上がった。



 ゆっくりと上るゴンドラの中、向かい側に座った真勇は外の景色を眺めることもなく、カバンの中ばかり見ている。

 その様子が気になりつつも俺はどう声をかけていいか分からず、ただ黙ってその様子を見ていた。

 そうして、沈黙のうちにゴンドラがほぼ頂点まで来た頃、真勇が口を開いた。

「今日……」

 小声で言って、また黙り込んでしまう。

 あちこち目線を泳がせてから、再び言った。

「……今日、先輩とここに来たの。渡したいものが、あったからです」

「渡したい?」

「はい」

 そう言うと、ぎこちない動作で真勇はカバンの中から細長いものを取り出し、俺に突き出した。

 ずしりとした重みのあるそれを受け取り、俺は確認する。


 ごつごつした持ち手を握り、黒い革の鞘を外す。鈍い光を放つ銀の刀身があらわになる。

 少し古びたサバイバルナイフだ。

 全長は20センチを少し超える程度だろうか。

 刃物に関する詳しい知識は無いが、公道で持ち歩いていたら間違いなく捕まる代物だろう。

 突然こんなものを渡されて俺は困惑した。

「何だ、これ……」

「お守り、です」

 真勇はカバンを強く握りしめて、言った。

「ずっと、怖かったんです。自分以外の人が、みんな。話すのも、一緒にいるだけでも……」

 それから真勇は大きく息を吸い込み、自分の右膝を握るようにしてみせた。

「だから、お守りだったんです。いつも……膝のところに付けて、怖くなったら、こう……握って考えるんです。他の人なんかいつでも殺せるんだ、わたしは強いんだって……そう、言い聞かせて」

 それで、ようやく今までの彼女の行為に合点がいった。


 緊張した時、何かを怖がったときにポケットに手を突っ込んでいたのは、ポケットの中に何かを入れていたんじゃない。

 その内側に仕込んだ、ナイフを握っていたんだ。

「……弱い自分が、嫌でした。見る人がみんな、わたしを笑ってるみたいに見えて……このままじゃダメだって思うのに、ずっと怖かったんです」

「真勇は弱くない」

 考えるより前に、口をついて出ていた。

 確かに、彼女を臆病だと思うことは何度もある。

 それでも彼女は、他の誰にも負けない強さを持っているのを、俺は見てきたのだ。

 真勇は俺に答える代わりに、言葉を続けた。

「誰かの下に見られるのが嫌でした。だから、誰かを下に置けば安心できるはずだって。そう思ったんです。でも……それが続くほど、また嫌になるんです。貸し借りで縛り付けた関係なんて、なんの意味もないって」

「なるほど。さっき俺に奢らせたのは、それを終わらせたいってことか」

「……はい。試すようなことして、ごめんなさい」

「いいよ、そんなの」

 真勇は少し、口元を緩めた。

「部のみんながお見舞いに来てくれたとき、思ったんです。みんな、私のこと……対等な仲間として、大事にしてくれてるんだって。だから……」

 真勇が俺の目をまっすぐに見据える。


「もう、変な関係は終わりにしましょう。普通の、部の仲間として……それに普通の、と、友達として……あの、よろしくおねがいします、って。そう、言いたくて。だから、それは……先輩が、受け取ってください」

 少し顔を赤くしながらたどたどしく言って、ぺこりと頭を下げる。

 俺が答えようとすると、真勇が付け加えるように言った。

「お金で縛るとか、ナイフで威圧するとか……そんな方法じゃ、本当の勇気……真の勇気は、生まれないと思いますから」

 数秒の沈黙。

「……真勇、ちょっと上手いこと言おうとしただろ」

「えへへへ、やっぱりバレちゃいました」

 俺たちは笑った。

 真勇は、今までで一番素直に笑っていたように見えた。

「先輩」

「なんだ」

「わたし、もう先輩のこと怖くないです」

「はは、知ってる」

 きっと俺も、素直に笑えていただろう。


 それから俺たちは、周りの景色を眺めながら他愛もない話をした。

 変わった色の建物があるとか、学校はどっちの方角だとか、地球の丸さを感じたとか。

 そんな話の一つ一つに、真勇はあどけない笑顔をみせて笑った。


 観覧車から下りると俺は、少し汗ばんだ真勇の小さな右手を握った。

 特に意識したわけではなく、当たり前のようにそうしていた。

 遊園地を出る頃になって、夕日に伸びた影が繋がっているのを見て、少し照れて笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ