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右ポケットの想い

 真っ黒な布地に、鮮やかな血飛沫。

 ドクロの頭にローブを着て、青緑のオーラを纏い、大鎌を持った死神のイラストの上には「Grim Reaper」という文字がデカデカと入っている。


 ……それが、真勇の着てきたパーカーだ。

 加えて明るいオレンジのミニスカートを穿き、その下には黒とピンクの縞模様のニーソックス。そして真っ赤なカバンを抱えている。

 強いて近いファッションを探すなら「サブカル系」だろうか。それでもここまでサイケではないと思うが。

 どぎつい色彩に彩られた真勇の小さな体は、きらびやかな遊園地の中でも明らかに浮いていた。


「……あの、やっぱり、引きましたか?」

「いや、まあ……引いては、ない、んだが」

 どう反応すればいいんだ、これは。

 "天才"であれば、この感情を的確に表現する言葉が浮かび出るのだろうか。

 だったら俺は一生天才になれる気がしない。言語能力の限界だ。



 夏休みが終わり、十日ほどが過ぎた頃。

 怪我からすっかり復活した真勇は、部活帰りに二枚のチケットを取り出して言った。

「遊園地、です。近くの。行きましょう、一緒に」

 緊張していたのか、やたらと倒置法で言いながらその一枚を俺に手渡した。


 ――そして、次の日曜日。その遊園地へとやってきたわけだが。

 俺はもう一度、真勇の姿を確認する。目がチカチカした。

「先輩は、今日も制服なんですね」

「持ってないんだよ、他の服」

「くすっ、さすがです」

 微妙にバカにしたような誉め言葉を口にして、真勇は笑った。

「……で、なんで遊園地なんかに? それに俺となんてさ」

「それは……えっと、色々、です」

 真勇は俯いて、何か含みのある言い方をした。

 ……まさか俺に惚れてるなんてことは、無いと思うが。


 部活に入って以来、女子と二人で出かけることも当たり前になりつつある。

 いちいち二人で出かけるたびに「俺に気があるのでは?」なんて考えてたらキリがない。

 だいたい、自慢じゃないが俺は天才と呼ばれていた小学生の頃ですら、女子にはモテなかった。

「面白い」と言われはしても、「かっこいい」と言われたことなんて一度もないのだ。

 思えば、バレンタインのチョコすら一度も貰ったことがない。

 ……俺、本当にクラスの中心だったのか? 当時からただの道化だったような気がしてきたぞ。


「あの、先輩」

「……ああ、何だ?」

「行きたいところがあるんです。いいですか?」

「どこだ?」

 真勇は「あれです」と言って遠くを指さした。

 その先にあるのは、フリーフォールだ。

「……お前、転落死しかけた直後によくあんなもんに乗る気になるな」

「いやあ、エヘヘヘ……」

 なんで笑ってるんだ、こいつは。

 彼女がどういう神経をしているのか、本気で分からない。

「先輩、絶叫マシン系大丈夫ですか?」

「あまり大丈夫じゃないな」

「くすっ、頑張ってください」

 嫌なら乗らなくてもいい、とは言ってくれなかった。


 実際、そんなに必死に拒絶するほど嫌なわけでもないんだが。少なくとも積極的に乗りたいとは思わないアトラクションだ。

 怖いと思う以上に、フリーフォールというやつは楽しさが分からないのだ。

 だって、まっすぐ落ちるだけだろう。ただ怖いだけだ。

 それに見てみろよ、あの景気の悪い見た目を。まるでギロチンじゃないか。

 苦手な人が無理矢理乗せられるときには、本当にギロチンにでも見えるんだろうな。


 無駄にネガティブなことを考える俺とは対照的に、真勇は明るく笑っていた。

 ギロチンのふもとで自分たちの番が来るのを待ち、案内されるままに席へと座る。

 いざ座ると、好奇心と興奮、そして恐怖心が急速に膨らんでくる。

 真勇は楽しそうに、足をぱたぱたと動かしていた。

 程なくして、座席が上昇を始める。昇る、昇る。

 遊園地の全景を見渡せる高さをもゆうに超え、遠くには海が見えた。

 上昇が止まる。この時間が一番嫌だ。殺すなら早くしてくれ。隣の真勇の様子をうかがう余裕もない。

 おそらくは数秒ほどの時間が、やけに長く感じる。

 空が青い。海も青いな。そういえば、水平線が少し曲線になっている。地球ってやっぱり丸い―――――

 瞬間、ガチャリと小さな音がした。


 床が抜けた、と思った。それから風圧。

 急速に近付く地面、視界から消える海に、ようやく俺は「落ちている」という事実に気付く。

「――――――っ!!」

 悲鳴は出ない。そんな余裕もない。頭の中が真っ白になり、恐怖を感じることにすら時間がかかった。

 やばいヤバイ降ろしてくれいや降ろすな止まれいや急に止まったらなんか絶対衝撃で内臓とかヤバイからゆっくり止まれ!!

 ……オイオイ、こんなこと考えてる間にも地面が近付いてくるぜ。地球が俺に口付けを求めてるんだ。まったく大胆な奴だ。モテる男は辛いな――――

 だが、俺たちは口付けを交わすことなく減速し、手前で止まる。そりゃそうだ。ぶつかったら死ぬからな。


 たかだか1分か2分の出来事だというのに、体はぐったりとしていた。俺はよろけながら地面に立つ。

 その一方で、頭はフル回転していた。きっと変な脳内物質でも出ていたんだろう。

「楽しかったですねっ!」

「そうかな……」

 今までに見たことがないくらい良い表情の真勇に、俺は半笑いで答えた。

「先輩、次はアレです! あっち行きましょう!」

 真勇は小さな手で俺の腕を握り、駆け出してゆく。向かう先はジェットコースターだ。

 予想はしてたんだよ。真っ先にフリーフォールに向かった時点で、次は多分こうなるだろうってな。

 俺は腹をくくった。諦めたと言った方が正しかったのかもしれない。

 そして、ジェットコースターの次はブランコみたいに動く船のアトラクションに乗せられた。

 なんか回った。酔った。あと怖かった。

 一通りの絶叫マシンを乗り終えると、また一周した。

 それが終わった頃には、フル回転していたはずの脳も思考を放棄していた。

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