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決闘! 初めてのディベート2 否定側質疑~否定側立論

 それから一分、否定側質疑の準備時間に入る。

 向かい側に座った天王寺と三上が、軽く相談を始めたが、その内容は聞き取れない。

 こちらも何か相談をしようかと思ったが、どうせ一分だ。いまさら話すことは無かった。

 期間の短さのせいで、どうしてもデータが欠けた部分はある。だが鹿野島先輩との練習で、ある程度は質疑への返答も考えておいた。

 それに、質疑に出てくるのは一年の三上だ。経験は俺と大差ないはずだし、あまり饒舌そうにも見えない。たぶん大丈夫だろう。


「否定側の質疑を開始しよう。猿渡、三上。壇上へ」


 部長に促され、俺は再び壇上に立った。

 続いて、三上が席を立つ。右のポケットに手を突っ込みながら歩き、俺の隣に並んだ。

 近くで見る彼女の姿は、思っていた以上に小さかった。

 身長は150センチも無いだろうし、おどおどとしたような様子も華奢な印象を強めている。

 こいつ、まともに話せるのか?

 敵のことながら心配になる俺に、彼女が小さな声で「よろしくお願いします」と挨拶をした。俺も挨拶を返し、質疑が始まった。


「まず、幸福度の高い社会の例としてデンマークを挙げられましたが、ノルウェーやフィンランドについての記事やデータは存在しますか?」

 小さくも、はっきりとした声で、彼女は言った。

「……えー、データとして提示できるものはありませんが、同じ北欧、同程度の税率の国家である以上、福祉に大きな差があるとは考えにくいでしょう」

「分かりました」

 俺は用意しておいた答えを返す。だが、少し動揺していた。


 こいつ、最初から嫌な所を突きに来やがる。

 他の国は、なかなか分かりやすいデータが見つからなかったのだ。なので俺はデンマークだけを例として挙げ、後は黙っていた。

 しかし、こうして質疑で突かれては、「福祉が充実しているのはデンマークだけで、ノルウェーやフィンランドは違うかもしれない」と思われかねない。

 質疑の内容を考えたのがこいつ本人なのか、天王寺なのか分からないが、油断するのは危険らしい。

 気を引き締める俺に、彼女は更なる質問を投げかける。

「100%の税率は、北欧諸国の24%、25%と比較しても4倍もの差がありますが、どうして北欧諸国と同程度の倍率ではなく、100%にする必要があるんですか?」


 そんなもん、こっちが聞きてえよ。

 思わず泣き言を返しそうになったが、一応、これに対する返答も考えて……考えてあったか?

 考えたような気もするが、思い出せない。

「あー、日本の、現在の社会保障のシステムを破壊……改革、改善をもたらし、新たな福祉のシステムを早急に構築するには、25%という倍率でもまだ不足だと考えています」

「えっと、具体的に25%では不可能で、100%なら何が可能になるか、示すことはできますか?」

「……具体例としては挙げにくいですが、えー、75%もの税収の差を考えれば、大きな違いが発生すると思います」

「分かりました、では次の質問です」

 彼女はさらに質問を続けようとする。助けてくれ。


「消費税は高齢者の手によって高齢者を支えさせることができると言いましたが、貯蓄のない貧しい高齢者は生活が立ち行かなくなる可能性がありませんか?」

「あー、まあ、一時的には困窮するかもしれませんが、福祉が充実すれば手厚い社会保障により生活の問題は解消するはずです」

「そうですか。それでは、この大幅な増税による――」

 その時、質疑の時間の終了を告げるアラームが鳴った。俺には、その音が神の助けのように感じた。


 互いに挨拶を交わし、席へと戻る。

 俺は、引きつった笑いが顔から取れなくなっていた。

 どうするんだよ、これ。俺の目から見ても、今の時点でこっちの主張はボロボロだぞ。

 助けを求めるように鹿野島先輩に目をやったが、彼女の目に俺は映っていなかった。ただ黙って、フローシートを書いている。

 その様子に、俺は少しだけ闘志を取り戻した。

 そうだ、泣き言を言っても仕方がない。何とかして勝ち筋を探すんだ。

 データが足りないのは、相手だって同じはずだ。なら相手の主張にも同じく、穴があるはずだ。



「――それでは、否定側立論を開始する」

 天王寺が、壇上へと上がる。ぴんと伸ばした背筋で、真剣な表情をして歩く彼女の姿は、意外なほどに美しい。

 口を開けばスケバンとしか思えない女だが、黙って歩いていれば、長すぎるスカートさえ上品な淑やかさを感じさせた。

「始めます」

 鋭く、大きな声で、天王寺が話す。否定側立論が始まった。



「否定側は二点から、消費税率を100%に引き上げるべきではないと主張します。

 一点目、消費増税を行うと、消費が落ち込み、景気の悪化を招きます。

 日本で消費増税が行われたのは過去二回、1997年に3%から5%へ、2%の増税が行われ、その後2014年、5%から8%へ、3%の増税が行われました。

 そして、これらの増税が行われた年、景気判断の指標として使われる消費者物価指数は、一時的な上昇を見せましたが、その後下降しています。


 内閣府の長期経済統計によると、1997年の消費者物価指数の前年度比は、プラス1.8%。ですが翌年1998年ではプラス0.6%と鈍り、以後2007年までの9年もの間、下降もしくは横ばいが続いています。

 同じく2014年も前年度比2.7%上昇しましたが、翌年には0.8%と鈍り、2016年にはマイナス0.1%と下降しています。


 このように、消費増税は一時的に経済を上向きにしますが、その後確実に経済を悪化させています。

 2%や3%の増税でさえ明確な影響があるのですから、100%もの異常な増税を行えば、大幅な景気悪化を招くことは明白です。

 特に、消費税は累進課税が存在しないため、その負担は所得の低い世帯ほど重くのしかかります。

 8%から100%への増税を行った場合、消費税の課税対象となる商品の価格は約1.85倍にまで上昇します。


 考えてもみてください。現在、540円で食べられる定食が、突然1000円に値上がりしたら?とても、今までと同じようには食べられないでしょう。

 もしも増税後も食事代を540円に抑えようと思った場合、現在の価格で291.6円相当のものしか食べられなくなります。

 これほど出費を切り詰めることを要求され、経済活動が低迷しない理由は、全くありません。


 また、食事の質が落ちれば健康を保つことも難しくなります。そして病人や、介護の必要な人が増えた場合、それらの治療や介護のために税金が必要となります。

 消費税は主に社会保障のために用いられますが、これを増税した結果、社会保障費の支出を増加させてしまっては、まったくの本末転倒です。



 二点目、極度な増税にあたり、駆け込み需要による大規模な買占めや混乱が引き起こされます。資料。


 天明新聞 2016

【たばこ税の値上げ前日、スーパーマーケットやコンビニエンスストアには大量のまとめ買いを求めた客が多数訪れ、その様子はさながら暴動のようだった。同日の売上高は前年同期の8倍もの額になったという】引用終了。


 誰でも、安く品物を手に入れたいと思うのは当然のことです。よって、今回の増税時にも、駆け込み需要の発生は予測されます。

 ましてや、タバコに限らず多くの商品が対象となる消費税が、100%もの異常な税率への増税がなされるとなれば、直前の駆け込み需要による混乱は計り知れないでしょう。

 さらに、駆け込み需要による買占め後には、反動減が発生します。当然、駆け込み需要が大きいほど反動も大きくなりますから、その影響は計り知れません。 


 このように、異常な消費増税は税収の増加による豊かな社会を作るどころか、大きな混乱と消費活動の低迷による極度の景気悪化を引き起こします。

 税収の増加を望むとしても、それが消費税である必要も無ければ、100%という異常な税率である必要もありません。

 よって、日本が消費税率を100%に引き上げる必要は、全く無いと言えます」



 読み上げ、細く息を吐くと、天王寺は席へと戻った。

 俺はフローシートを必死に書きながら、つくづく「まともな立論だ」と思っていた。

 あんなスケバンもどきのことだから、「100%なんて有り得ねえ、以上!」くらい雑な立論をやってくれないかと密かに期待していたのだが。

 考えてみれば、あいつは二年生だ。既に一年、活動しているのだから、ルールくらいは理解していて当然だった。

 俺みたいに、二年になってから部活を探しているようなハミ出し者を基準に考えてはいけない。


 景気悪化と混乱。

 誰でも真っ先に思い付くような問題点だが、それゆえに「増税すべき」と主張するなら必ず反論が必要となる点だ。

 こんな単純な指摘にすら反論できないなら話にならない、とでも言う気だろうか。



 俺は情報を整理する。

 ディベートは裁判のゲームと似ている。

 だが、ゲームのように必ずしも相手の発言に矛盾があるとは限らない。

 必要となるのは、比較的に相手の理論の弱い部分を崩し、自分の理論の完成度の高い部分をぶつけることだ。

 ……多分。


 準備時間に入り、俺は鹿野島先輩に声をかける。

「先輩、大丈夫そうですか?」

「んー、まあね」

 先輩は、フローシートを見たまま、俺に返事をした。

「ゆー君は、何か思った?」

「一応、一つだけなら」

 相手の立論で提示されたデータ。それに対して、どうにも疑問の残る点がある。俺は、それを伝えた。

「うん。やっぱり、それはあるよね」

 先輩は頷いて、答える。やはり先輩も気付いていたらしい。

 二人して疑問を持つような点ならば、やはり大きな穴だろう。ここは、確実に崩せるはずだ。

 俺がそうして確信を持ったとき、準備時間が終わった。

内閣府 長期経済統計(http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je17/index_pdf.html)

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