事故
「おい、ヤベェぞ!!」
「――――真勇が崖から落ちて救急車で運ばれたって!!」
8月も下旬に入り、夏休みの終わりが見えてきた頃。
血相を変えて部室へ駈け込んできた天王寺の言葉に、俺たちは凍り付いた。
続けて入ってきたボンドが、事情を説明する。
事が起こったのは三日前、登山をしていた真勇が道中で転落し複数個所を骨折、頭にも傷を負った。
しばらく学校には来られないが、命に別状はないとのことだ。
動揺を抑えながら、部長が訪ねた。
「……面会は、可能ですか?」
「ええ。親御さんからも大丈夫だって言われたから知らせに来たの」
そう言うとボンドは、病院の名前と病室の番号が書かれたメモを差し出す。
俺たちは迷わず、その病院へと向かった。
走り出しそうになる足を押さえ付けながら、病室へ入る。
そこには頭に包帯を巻き、右手・右足にギプスを付けた真勇と、彼女の母がいた。
「あっ……!」
俺たちの姿を見て、真勇の表情が明るくなる。
その様子に、俺たちも少し安心した。
「ごめんなさい。この度はお騒がせして……。本当に、この娘は……」
真勇の母が、ぺこぺこと頭を下げる。
歳は40ほどだろうか。真勇より少し髪が長く、鋭い目をしているが、鼻や口の形は血の繋がりを感じさせた。
部長が「いえいえ」と頭を下げ、それから名を伝えた。
「はい、娘から話は度々伺っています」
真勇の母は、俺たちの名前と顔を一人ずつ確認する。
それが済むと、「後で」とだけ真勇に伝えて部屋を出た。
「あーあ。ったく驚かしやがって。何があったんだよ」
「ほんとほんと。心配したんだからー」
天王寺と鹿野島先輩がため息をつく。
真勇は照れたように笑って、その経緯を話した。
曰く、体力と勇気を付けたいと思った彼女は、ロクな装備も用意せずに周辺地域で最も登頂難度が高いと言われる山へ登ることを決意した。
その道中に切り立った崖を見つけ、"なんとなく登れそうな気がして"ロッククライミングに挑戦したところ、足場が崩れて真っ逆さまに落ちたのだという。
「……真勇、君は……頭を打ったのか?」
「あ、はい。打ちました……」
「む……そうだったな」
部長が納得したように頷いた。そういう問題じゃないと思う。
ともかく、意味が分からないのは俺だけではなかったようだ。
誰もが困惑する中、当の本人はヘラヘラと笑いながら話す。
「あと何ミリか頭の傷がズレてたら死んでたって言われました。えへへ……」
「笑い事じゃねーっ!!」
叫んだ天王寺に、部長が「静かにな」と小声で言う。
まあ、ツッコミたくもなるだろう。
元々、真勇は妙なところで行動的になる節があったが、今回はさすがに度が過ぎている。
本当は何か違う理由があるのではないか? 大変なことを隠しているのではないか?
心配そうに質問する部長と鹿野島先輩に対し、真勇は笑いながら否定した。
その様子は、嘘をついているようには見えない。
「まあ、とにかくさ……安静にして、早めに治せよ」
当たり障りのないことを言う俺に、真勇が頷く。
「ホントだぜ。夏休みも残り少ねぇってのに、これじゃ最後にパーッと遊ぶこともできやしねぇ……つーかお前、宿題終わってんのか?」
「……実は結構、残ってます。どうせ病院で退屈だから、ちょうど良かったかな、なんて。ふふっ」
「だーから笑ってられる状態じゃねーだろうが! ったく、時々手伝ってやるから、無理すんなよ!」
また天王寺が大きい声を出す。しかし、面倒見はいいんだよな、こいつ。
それからしばらくの間、談笑する。
どういうわけか真勇は、今まで部活に出ていた時よりも明るく、よく笑って話すようになっていた。
「わ、わたしの封印された腕と頭の傷が疼きます……!」
「あははは、それ冗談になんないってばー」
「えへへ、これ時々かゆくなっちゃって、困るんです」
「ちゃんと安静にしてなよー」
真勇ってこんなキャラだったか?
話している鹿野島先輩も若干、苦笑気味だ。
やっぱり頭を打ったせいじゃないかとも思うんだが……さすがに大丈夫だと思いたい。
「さて、そろそろ私たちは出ようか。あまり真勇に負担をかけるわけにはいかないからな」
部長がそう言ったころには、話し始めてから二時間ほどが経過していた。
「真勇。君は私たちの、大切な仲間だ。けして拘束する気はないが、体は大事にしてくれ。君が傷つけば、心配する者がいるのだから」
「……はい」
真剣な顔で話した部長に、真勇が頭を下げた。
――そんなわけでしばらくの間、真勇は部活に顔を出せなくなったのだが、実際のところ大して影響はなかった。
スマホが一台あるだけで、情報収集も情報共有もできるからだ。
入院生活が退屈なのか、むしろ真勇は今まで以上に積極的になっていた。
[片手だとご飯は食べにくいですけど、パンなら食べやすいんです。これって使えませんか?]
[病院食でもラーメンって食べられるんですね。つけ麺でしたけど]
[もうカレーラーメンが最強ってことで手を打ちませんか?]
[テレビでゴリラの特集やってます]
最後のは俺への個人チャットで送られてきた。いらねえよ、その情報。
とにかく暇で暇で仕方なさそうな彼女のために、俺たちは頻繁に彼女の見舞いに行った。
傷の経過は良好らしく、この調子なら夏休みが明けた一週間後くらいには学校にも出られるようになるらしい。
夏休み最後の日、俺は一人で彼女に会いに行った。
どんな顔をされるかとわずかに不安があったが、彼女は今までと同じく、明るい笑顔で俺を迎えた。
「夏休みも、もう終わりですね」
「ああ。けど……楽しかった」
「先輩って、去年までの夏休みは何してたんですか?」
「寝てた」
「……え?」
「友達もいないし趣味も無かったからな。一日14時間くらい寝て、たまに散歩とか行ってた」
「あ、あははは……」
ちょっと引かれたな、と思ったが、真勇は意外なことを口にした。
「ちょっとわたしと、似てますね」
「真勇と?」
「はい。わたしも去年まではほとんど引きこもりで……一日12時間くらいネトゲとか、そんな生活でした」
「あと一歩で廃人じゃねえか」
「エヘヘ、そうですね」
言われてみれば、真勇は自分のプライベートのことをあまり話さなかった。
俺と同じで、他人に話せるほど中身のある生活をしていなかったんだろう。
「一応、友達はいたんですけど、遊びに行ってもあんまり、楽しいと思えなくて……一人でいる方が気が楽だって、ずっと思ってました」
真勇は窓の外に目をやって、話を続ける。
「たぶん、あの頃の友達なら……わたしがこうなっても、お見舞いになんて来てくれなかったと思います。……あ、でも、その人たちが悪いって言いたいんじゃなくて……多分わたしだって、いちいちお見舞いとか、行かなかったと思うんですけど」
今度は俺の方に目線を戻して言う。
「今は……部の人たちがみんな、来てくれて。嬉しいんです。こんなに幸せなら、ずっと入院しててもいいって、思うくらいに」
「それはダメだ」
「エヘヘ、そうですよね」
屈託のない顔で真勇は笑った。
「なんて言うか、真勇……ちょっと変わったな。明るくなったような……よく喋るようになったし」
「……気付けたから、かもしれません」
「何にだ?」
「一人でいるのが寂しいって思ったの、初めてなんです。わたし、思ったより寂しがりやだったみたいで……本当はもっと、みんなのことを知りたいし、わたしのことも、知ってほしいって思ったんです」
「そう、か」
今度は俺が、窓の方を向いた。
「俺も……そうだ、と思う。要するに……俺も、真勇のこと、もっと知りたいとか、俺のことも、あれだ……知ってほしいとか、思う」
改めて口に出すと、妙に照れくさい。
何度も言葉に詰まりながら言うと、くすくすと真勇が笑った。
「おい、笑うなよ」
「あははは、ごめんなさい」
俺は怒った顔をしてみせる。だが、悪い気分ではなかった。
「先輩」
真勇が真面目な顔をして言った。
「わたしが退院したら、ですけど。どこか……一緒に行きたいんです。二人、で。あの、いいですか?」
「ああ、いいけど。どこに?」
「えっと……考えておきます」
くりっとした丸い目で、真勇は俺の目をまっすぐに見据えた。
その時俺は、自分でも不思議なくらいに落ち着いていた。




