作戦会議 下巻
「おっし、ここだぜ」
天王寺が前方のアパートを指差す。俺にとっては、見覚えのある建物だ。
「こんな近くに住むなら、秋華ちゃんも寮にすればよかったのに」
「相部屋とか、苦手なんスよ。こっちの方が気楽ッスから」
「そう? 寮もけっこう楽しいけどねー」
鹿野島先輩が部長に目をやる。部長は苦笑した。
「この部屋っすよ」
招かれた天王寺の家はよくある1Kのアパートで、思った以上に片付いていた……と言うより、ひどく質素だった。
さすがにキッチンには一通りの家電や調理器具が揃っていたが、8畳の和室に置かれた家具らしい家具はちゃぶ台とテレビ、そしてゲーム機程度しかない。
それ以外に目につくのは小さなゴミ箱と、部屋の隅に置かれたダンボール箱くらいだ。
「あんまり女の部屋っぽくないな」
「そうか? 一人暮らしならこんなもんだろ」
「俺の部屋だってここまで殺風景じゃないぞ」
「てめぇが片付けてねぇだけだろ。つーか、女の部屋ってどんなの想像してたんだよ」
そう言われると、あまりハッキリと答えられない。
「……キティとかマイメロのグッズが置いてあるとか?」
「ンな女、現実に居るわけねーだろ。バーカ」
天王寺がそう言うと、俺の背後で鹿野島先輩が必死に声を押し殺して笑っていた。
「ぷっ、くくっ……居ないって、現実に居ないってさ……くくっ……」
笑いながら肘で部長の脇をつつく。部長は目をそらした。
……ああ、そういう事か。
俺が納得する一方、まだ部長の趣味を知らないのか真勇だけが不思議そうにしていた。
「んじゃ、テレビでも見ながら待っててくださいよ。麺はもう作ってあるし、すぐ出来ます」
「何か、手伝いは必要ないか?」
「どーせ茹でてスープにぶち込むだけだから大丈夫ッスよ」
「そうか? では、お言葉に甘えさせてもらおう」
少しそわそわした様子で、部長は席についた。俺たちも、適当な位置に座る。
天王寺の言葉通り、10分もしないうちにラーメンは完成した。
「へい、お待ちっ!」
小気味の良い音を立てて、部長と真勇の前にドンブリが置かれる。
ネギとチャーシューの乗った、オーソドックスな醤油ラーメンだ。
それから鹿野島先輩にはシリアル用の皿が、俺にはフライパンが置かれた。
「……俺の食器、酷くないか?」
「仕方ねぇだろ。5人分のドンブリなんか用意してねぇんだからよ」
そう言う天王寺は、スープを作っていた鍋にそのまま麺を放り込んで食器代わりにしている。
「まーまー、食べちゃえば一緒だって。じゃ、いただきまーす」
全く気にする様子なく鹿野島先輩は言う。
俺たちも軽く手を合わせると、天王寺流のラーメンを口にした。
麺は固めだが、芯があってゴリゴリするような硬さじゃない。
噛みごたえのある麺は、煮干しの香る濃いめの醤油ベースのスープと良く合っている。
「どうよ?」
若干のドヤ顔をしながら天王寺は俺に問いかけた。
「……普通に旨いからコメントに困る」
「ンだよ、つまんねぇなぁ。喋る部活やってんなら食レポくらい上手くやれっての」
「先輩みたいなこと言うな」
不満そうなことをいいながらも、天王寺の頬は緩み切っていた。
「ところで、あの」
真勇が天王寺に向かって言う。
彼女の大きめのドンブリに入っていた麺は、既に半分くらいになっていた。
「これ、醤油ですけど……天王寺先輩って、塩ラーメンが好きって言ってませんでしたか?」
「あー、まぁな」
天王寺は部屋の隅のダンボールを指差す。
「実家から腐るほど醤油送って来やがっから、それ消化してんの。別に醤油ラーメンも嫌いじゃねぇけど、実家で毎週食ってたから食い飽きてんだよ。だから外で食いたいのは塩。マジで醤油は腐るほどあるぜ」
「あ、なるほど……」
それから天王寺は、ニヤリと笑って言った。
「ま、発酵調味料だからとっくに腐ってんだけどなっ!」
沈黙。
それからラーメンをすする音と、気を遣ったように苦笑いする部長の声だけが響いた。
顔を赤くした天王寺が言う。
「……今の無し」
「どうするんだよ、この空気」
「うるせえっ!」
恥ずかしさを隠すように、天王寺はラーメンをすすり込んだ。
「あの、天王寺先輩」
「んぁ?」
「替え玉とか、貰えませんか?」
おずおずと言った真勇が、麺のなくなったドンブリを指す。
「おっ! あるぜ。ちょっと待ってな」
急いで自分のラーメンを平らげる天王寺に、真勇が「多めでお願いできれば……」と呟いた。
「すまないが、私も頼めるか? 少なめで構わない」
「勿論ッス。気に入りました?」
「ああ、結構なお手前だ。ラーメン屋も顔負けだな」
「へへっ」
部長に褒められ、得意そうな顔で天王寺はキッチンへと向かっていった。
「真勇ちゃん、よく食べるねー」
「恥ずかしながら……」
「あははは、でも全然太ってないの、羨ましいなー」
「いえ、そんな……」
鹿野島先輩に言われ、真勇は少し恥ずかしそうにする。
実際、部の中では彼女が一番の大食いのようだ。
その小さな体のどこに食べ物が収容されているのか、不思議で仕方ない。
「それにしてもさー。ゆー君も幸せ者だよねー。JKの手料理食べられるなんてさー」
「先輩、言い方がオヤジっぽいですよ」
「あははは。でもさー、秋華ちゃんって結構すごくない? 成績いいし、料理も上手なんてさー」
「まあ、確かに……」
否定の余地はなかったが、全面肯定するのも気が引けた。
食べ終えて手持ち無沙汰なのか、鹿野島先輩は俺の方に近寄って話を続ける。
「ゆー君ってさ、料理上手な女の子、好きじゃない?」
「いや、まあ……上手いか下手かなら、上手い方がいいと思いますけど」
「じゃあさ、秋華ちゃんのことは?」
「なんでそういう話になるんですか」
「だって気になるからー」
俺は助けを求めるような気持ちで部長に言った。
「そんな事より作戦会議しましょうよ。ラーメンの話とか」
「む……ああ、そうだな。それでは……」
部長が言いかけたところで、天王寺が替え玉を用意して戻ってきた。
「へいお待ちっ!」
部長にはさっきの半分ほど、真勇には最初と同じくらい量の麺が盛られている。
「おお、ありがとう!」
「ありがとうございますっ」
二人は再び軽く手を合わせ、食べ始める。
「今断言できることは、このラーメンが美味しいということだ!」
そう言って、部長は笑顔を浮かべた。
「それじゃ会議になんないですってば」
俺は呆れながらも、今はこの時間を素直に楽しみたいと思った。




