作戦会議 上巻
ある日の昼下がり、俺たちは作戦会議のためと学校近くのカレーハウスに集合していた。
「――かつての海軍、それから現在の海上自衛隊において毎週カレーライスを食べることは、明治の時代より続くと言われている。つまり、それだけ日本に深く根付いた文化であり、日本人の国民食として十分な説得力を持つだけの歴史が……」
「渚ちゃん、食べるかしゃべるか、どっちかにしなよ」
大盛りのカレーを次々に口へと運びながら話す部長を鹿野島先輩が窘める。
部長は眉尻を下げて「すまない」と言った。
「……あ、そうだ。どうせならさ、食レポやってよ」
「食レポ……? なぜ私が」
「だって喋る部活やってるんだしー。食レポくらいできないとねー」
「待て、ディベートと食レポの関連性はさすがに……」
「はいはい、3、2、1、スタート!」
反論に耳を貸さない鹿野島先輩に急かされ、慌てて部長はカレーを口に運んだ。
じっくりと味わうように咀嚼し、飲み込む。
「うむ、これは……スパイスが効いて……ええと、まろやかで……肉の大きさも丁度良くて……ええと、美味しい」
鹿野島先輩は大きくため息をついて肩をすくめた。
「渚ちゃんって、こういうアドリブは全然ダメだよねー」
「おい、無理に振っておいてその言い草はないだろう!」
部長がわざとらしく怒ってみせる。
鹿野島先輩はケラケラと笑いながら、飲み物を差し出した。
「ほらほら、あたしのラッシーあげるから怒んない怒んないー」
「よし、許そう」
あっさりと部長は機嫌を直した。付き合いが長いだけあって、互いの扱いは心得ているのだろう。
そんな二人のやり取りを、俺たちは気の抜けた笑いを浮かべながら見ていた。
「話戻すッスけど。今の人に歴史がどうのって言っても、実感湧かないんじゃないスか? 学生が気軽に食いに行ったり、大人が飲み会のシメに食うとか、ラーメンの方がいろいろ親しまれてると思うスけど」
ラーメン親善大使……もとい、天王寺が先程の部長の話に反論する。
「ふむ、確かにそのような認識もあるな。だが、カレーは現代日本の家庭にも根付いていると言えるぞ。母の作る夕食や、学校の給食。今日はカレーだと言われて、心躍らせた者も多いだろう」
「……まぁ、そうッスけど。じゃあカップ麺とか含めるなら、ラーメンも日本の家庭に根付いてるって言えるッスよね」
「なるほど、確かにその通りだな」
部長は頷き、またカレーを口に運ぶ。今度は俺が口を挟んだ。
「けど、カップ麺と手作りのカレーは違うだろ。家でラーメン手作りするなんてほとんどないし、給食でラーメンは出ないぞ」
「自家製ラーメンくらい普通にやんだろ。ウチはしょっちゅう作ってたぜ」
「それはお前の家が特殊なんだろ」
「ンなわけあるかよ!」
天王寺が同意を求めるように他の部員たちの顔を見回す。
だが、部員たちは困惑の混じった表情で首を横に振った。
「え、マジで……?」
動揺する天王寺に鹿野島先輩が言う。
「秋華ちゃんちって、よくラーメン作ってるの?」
「週2くらいで食ってたッスけど……マジで他所ってラーメン作んないんスか?」
「あたしは聞いたことないなー」
「ウソだろ、おい……」
本気で落ち込んだ様子で天王寺は呟いた。
「……まあその、何だ。もしかしたら私たちの方が特殊な可能性もある……無くはないかもしれないからな。その事は一旦、置いておこう」
部長がフォローなのかどうか分からない事を言う。
しばしの沈黙の後、真勇が「あの」と口を開いた。
「……気になってたんですけど、グリーンカレーとスープカレーとか……あと、カップ麺とか。そういうのって、カレーやラーメンとして含めるんですか?」
「ふむ、そうだな……論題の定義が曖昧な場合、その点は肯定側、つまり先に立論をする側が条件を付け足したり、限定することができる。『カレーとは一般的なインドカレーライスとする』といった具合だな」
「じゃあ、そのときグリーンカレーとかも含まれる前提で否定立論を作ってたら……」
「当然、その場で立論の作り直しが必要になる。ゆえに、どちらにも対応できるようにしておくべきだろう」
そこで俺は質問した。
「そもそも今回の場合、国民食って言葉そのものが曖昧だと思うんですけど、そこは変えてもいいんですか?」
「本来の論題から逸脱しない範囲であれば、な。あまりに曲解した定義付けと判断した場合、相手側は異議を唱えることができる。結局、それを最終的にどう判断するかはジャッジの裁量次第なのだが……」
「……難しいですね」
思った以上に想定するべきパターンが多いことに、俺は頭が痛くなった。
「別に難しくはねぇだろ。要はラーメンがカレーより強いって分からせてやりゃいいだけじゃねぇか」
いつの間にか復活していた天王寺が発言する。俺は即座に言い返した。
「なんでラーメン派前提なんだよ。強いって意味も分からないし」
「だからよ、カレーは米と組まねぇと話になんねえけどラーメンはラーメンだけでも完成されてっし、ラーメンライスとかもいけるから強いとかよ」
「ラーメンは最初から麺とスープが組んでるだけだろ。第一、論題は国民食かどうかだぞ」
「強けりゃ国民食としても上に決まってんじゃねえか。どうせ論題がハッキリしねぇんなら細けぇこと忘れて料理のパワーでバトんのが一番分かりやすいだろ」
「ただの思考放棄じゃねえか」
「ンだとコラ!!」
天王寺が吠える。こいつと話すと毎回こうなってる気がする。
しばらく俺の体を揺さぶっていた天王寺だが、不意に手をポンと叩いた。
「決めた! じゃあ明日はラーメン食いに来いよ」
「来い、ってなんだよ」
「だから、アタシが作ってやるから食いに来いって言ってんの。そしたらてめぇもラーメンの強さが分かンだろ」
「お前、もう趣旨忘れてるだろ」
「そこでも会議すりゃいいだろ! 大体、カレーだけ食いに来てラーメン食わなかったら不公平じゃねえか!」
こいつ、多分先にラーメン食いに来てたら何も言わなかったんだろうな。
そう思ったが、俺は何も言わないことにした。
「みんなは問題ないッスよね? 明日、アタシんちで会議」
「私は問題ない。是非とも、天王寺流のラーメンを味わってみたいものだな」
空になった皿を前に、部長は頷いた。
鹿野島先輩と真勇も同調する。
「よっしゃ、そんじゃ決まり! 覚悟しとけよ、雄一郎」
「はあ」
そんなこんなで、翌日の予定が決まったのだった。




