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新たなる戦い

「やはり、我が校の野球部は実に優秀だ。優勝こそ逃しはしたものの、今年も見事に甲子園への出場を果たし――」

 翌日、俺は悶々とした様子で現代文の授業を受けていた。

 俺は現代文の教師が苦手だった。彼が大の野球フリークだったからだ。

 自分が顧問をしているわけでもないくせに、授業中にも当たり前のように野球の話をする。


 そもそも野球というスポーツ自体、俺は嫌いだ。

 試合時間の半分はベンチに座っているような競技のくせに日本のスポーツの代表のように扱われ、みんな野球に興味があって当然のような顔をしている。

 大体、何が甲子園だ。要するに全国大会じゃないか。

 他の部活が全国大会に行った程度じゃ対して騒ぎもしないくせに、どうして"甲子園"だけは出場しただけで大騒ぎされるのだろう。


「じゃあ授業に戻るか。次のページを……小阪」

 野球への思いを気の済むまで語ると、現代文の教師は俺の一つ前の席の生徒を指した。

 小坂が指示された範囲を読み上げる。

「よし、じゃあ次は……猿渡!」

「え?」

 思わず、俺は声を漏らしていた。

 今まで通りなら俺を飛ばして、次の柴田を指していたはずだ。

「村田先生から聞いたが、お前たちも全国大会、行ったらしいじゃないか。見直したぞ」

 現代文の教師はそう言って微笑んだ。

 俺は野球を「嫌い」から「あまり好きじゃない」に格上げしてやることにした。



 授業を終え、部活へと向かった俺は、途中の廊下で鹿野島先輩に鉢合わせた。

 先輩は、ニヤニヤと笑う。

「ゆうべはお楽しみでしたねー」

「いや、まあ……」

 どうせこうなるだろうな、とは思っていた。

 続けて、さらなる弄りが飛んでくるかと思ったが、鹿野島先輩は真面目な顔をして「ありがとう」とだけ告げた。

「……なんか普段と、調子違いません?」

「ん、まあね。あたしじゃ、ダメだったから」

 少し寂しそうな顔で、先輩は言う。

「俺一人じゃ、きっと無理でしたよ。先輩のおかげです」

「ありがと。ゆー君、やっぱり優しいね」

「いえ……」

 どんな顔をしていいか分からず、俺は目をそらした。


「……それにしても、ツーショットかぁ。あの男嫌いの渚ちゃんがねー」

「へ?」

「あれ、聞いてなかったの? 渚ちゃん、すごい男嫌いなのに」

「いやいや、嘘でしょう。だって俺には普通に……」

「嘘じゃないよ。水泳やってた頃、着替えてる所とか男子に何回も覗かれてすごい嫌だったって言ってたし」

「は……」

「男子の友達なんか一人もいないし、部活の勧誘の時だって男子には絶対声かけないもん。確か、部の顧問だって女の先生指名してたはずだよ」

 ……確かに、そんな事があれば男嫌いになるのも頷ける。

 ディベート部は俺以外全員女子だし、部長が学校の男子と話している様子も見たことがなかった。

 水泳に対する未練をさほど口にしなかったのも、そうした理由で元々不満があったのかもしれない。

 だが……少なくとも、部長は俺に対しては一度として嫌厭するような様子を見せていなかった。

 それは、過去の事件で排斥された過去を持つ者としての親近感だろうか。

 だが、親近感だけであんな……並んで写真を撮るようなことまでするのか?

 それとも、他に何か……。

「ゆー君」

「え?」

「その先、壁だよ?」

 先輩に呼ばれて気が付く。俺は部室を通り過ぎようとしていた。

 慌ててきびすを返し、部室へと入る。鹿野島先輩が、変な目で俺を見ていた。


 部員が全員揃うと、俺たちは"五校戦"に向けての会議を開始した。

 五校戦とは、俺たちの地域で2月の中旬という無茶な時期に開催される部活動の大会だ。

 その名の通り地域の五校……つまり地区予選と同じく東龍、西女、鳳南、北帝、そして王麟の5校で行う。

 つまり今回の俺たちにとっては、夏の大会と全く同じ面子だ。

 非公式の大会ゆえか規則や雰囲気は緩く、真剣に競うと言うよりはお祭りのようなイメージの方が近い。

 一見いい加減なイベントのように見えるかもしれないが、公式の大会で結果を残せなかった選手に対する救済措置のような面もあり、単純に大規模なイベントということもあって学校行事としては非常に人気が高い。

「全国優勝した王麟に勝てばさー、もうあたしたちが全国優勝したようなものだよねー」

「……さすがに、それは無いが。私たちにとっては、王麟に雪辱を果たす最初で最後の機会だ。全力で当たろう」

 部長と鹿野島先輩が話す。

 確かに、今のメンバーで戦える機会はこれが最後だ。

 部長に恩を返すならば、この最後の戦いで勝利を飾るほかはないだろう。

「さて、それでは五校戦の論題だ」

 部長がプリントを差し出す。そこには、こう書かれていた。


 ・日本の国民食はカレーか?ラーメンか?

 ・日本人の朝食にふさわしいのはごはんとパン、どちらか?


 俺は少し安堵した。

 法律の勉強から始める必要があるような堅苦しい論題は、正直言ってやりにくいのだ。

 しかし、気になる点もある……と思っていると、ちょうど真勇が部長に訪ねた。

「あの……これって即興ですか?」

「いや、アカデミックのはずだ」

「……あんまり、アカデミックらしくないですね」

 この論題はどちらも、二つの物事からどちらが優れているかを決める、いわゆる「価値論題」というものだ。

 俺たちが以前行った「犬VS猫」の論題も、これに含まれる。

 しかし価値論題、それもこのような緩めのテーマの場合、即興の方が適していそうに見える。

「――おそらくは、公式の大会と同じ形式を取りつつ、大会の雰囲気に合わせてエンターテイメント性の高い論題を選んだ……といったところだろう」

 部長に言われ、なるほどと頷いた。

「ま、どんな論題だろうと勝つだけッスよ」

 天王寺が気合十分に言う。こいつは相変わらずだ。


「ねえねえ、みんなホントはどっち派ー? あたしはカレーとパンだけどー」

「あ、俺もです。カレーとパン」

「おー、気が合うねー」

 鹿野島先輩は楽しそうに俺の手を握る。少し小さくて、柔らかかった。

 次に答えたのは天王寺だ。

「アタシは逆ッス。ラーメンと米」

「お前はイメージ通りだな」

「そうか? 褒めても何も出ねぇぞ」

「褒めてはねえよ」

 こいつはラーメンと米に何の誇りを持ってるんだ?

「私はカレーと白米だな。海上自衛隊でも毎週カレーライスを食べると言うし、国民食という印象も強い」

「わたしは……逆です。ラーメンとパン、です」

 部長と真勇も答える。見事にバラバラだ。

 その結果に、天王寺が不満そうな顔をした。

「おい、なんでまたアタシが少数派なんだよ。それも両方」

「いいだろ別に。数で競ってるわけでもないし」

「そりゃそーだけどよ……あ、じゃあアレはどうだ? ラーメンの味。アタシは塩だ!」

「もう論題と何の関係もないんだが」

「いいじゃねえかよ! それとも何だ、てめぇ逃げンのか?」

 何から逃げるんだよ。まあいいけど。

「醤油」

 俺が答えると、また天王寺は不満そうな顔をする。

「あたしは担々麺ー」

「……それ反則じゃないスか?」

「えー? いいじゃん担々麺。ダメなら味噌」

 鹿野島先輩に続き、部長は「醤油」、真勇は「豚骨」と答える。醤油だけが2票だ。

「クソッ、世界がアタシの敵してきやがる……」

 こいつ、面白いな。


「……それで、朝食とか国民食とかって、どんな資料集めればいいんですか?」

 俺は話を元に戻した。部長が答える。

「今回の場合……"数"を示す方法は、あまり有効とは言えないだろうな。仮にパンより白米の方が日本ではポピュラーだと主張しても、猿渡君がパンを好きであることは変わらないだろう?」

「そうですね。と、なると……要するに料理の魅力とか、栄養とか、そういう主張を考えて、相手を自分の陣営に引き込む必要がある、と」

「おそらく、そのはずだ。今回の場合は大会の雰囲気も考えると、堅苦しいデータよりは大衆の共感を引くような主張が有効と考えられる」

 そこで、俺は一つのことを思いつく。

「例えば……学校でどっち派が多いかアンケート取って、それを資料にするってのはどうですか?」

「それは有効とは言えないだろうな。ディベートのデータは誰でも確認できるものであることが前提だ。個人で勝手にデータを取ったと言うだけでは、信憑性が無い」

「ああ、確かに」

 それから、真勇が言う。

「学校の人だけじゃ、サンプル数も少なすぎますからね……」

 言われてみれば、その通りだ。

 たかだか数十人から数百人程度では、国家全体について議論する材料としては弱すぎる。

「やっぱ、料理自体の魅力をアピールしろって事だな。ラーメンならスープの種類がいくつもあるけど、カレーは似たようなもんばっかだとかよ」

 背もたれに体重をかけながらそう話した天王寺に、俺はすかさず反論する。

「カレーだって肉の違いとか、スパイスの違いとか、色々あるだろ」

「そんなもん、大して変わんねぇだろ。けどラーメンは塩と醤油と味噌でも全然違うじゃねえか」

「いや、変わらなくはないだろ。カレーはライスともパンとも組めるし、スープカレーとかグリーンカレーとか全然違うしさ」

「ンなこと言ったらラーメンライスもラーメンバーガーもあるじゃねえか! ラーメン舐めてんじゃねぇぞ!!」

 天王寺は叫び、立ち上がる。鹿野島先輩がケラケラと笑い始めた。

「あははは、二人とも面白いよねー」

「……その熱気は、ぜひとも大会で発揮してもらいたいものだな」

 少し呆れたように微笑みながら、部長が言う。

 不貞腐れたように席に着く天王寺の様子に、真勇が声を殺して笑っているのが見えて、俺も笑いそうになった。


 そんなこんなで今一つ緊張感に欠けながらも、俺たちの新たなる戦いが幕を開けたのだった。

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