進化する人類
「ああーーっ!?」
全国大会が終わった、その翌日。
午後8時のゲームセンターに天王寺の絶叫がこだました。
俺が初めて、格闘ゲームで天王寺に勝利したのだ。
やはりと言うべきか、俺たちとの試合の後も王麟は順当に勝ち上がり、見事に優勝を果たした。
そして、俺たちはと言うと……。
今日、部長と鹿野島先輩が部活を欠席。なぜか真勇も「用事がある」と欠席。
俺と天王寺だけでは大会の反省会もロクにできないということで、仕方なくゲームセンターに来ていた。
「今日はずいぶん荒れてたな」
「……まあな。けど、言い訳はしねぇよ。てめぇが上達してたのも事実だろ」
「さすがに毎週通ってれば嫌でも上達するよ」
席を立ち、飲み物を買いに行った天王寺についていく。
「やっぱり、大会で負けたの気にしてるのか?」
「当たり前だろうが。気にしてねぇと思ったのかよ」
「けど初参加であれなら、上出来だろ。チームの半分は一年生と猿だしさ」
「あ?」
その瞬間、天王寺が怒りを露わにして俺の胸ぐらを掴む。
慰めのつもりで言った言葉の何が彼女の逆鱗に触れたのか分からず、俺は戸惑った。
「てめぇこそ、なんでそんなにヘラヘラしてられんだよ。猿だから仕方ねえとか、そんなハンパな気持ちで戦ってたのか? てめぇがそんなんだからアタシらは――」
出かかった言葉を呑み込み、手を放す。彼女は眼を逸らした。
「悪ぃ、今のは無し」
「何だよ」
「お前一人のせいじゃねえってこと」
そう言うと、彼女は自販機でコーラを一本買う。それを一口飲んでから言った。
「お前よ、言い訳みたいにに猿って言葉使うの、やめとけよ」
「どういう意味だ?」
「格ゲーでも居ンだよ。自分から弱キャラ使っといて、負けたらキャラ性能のせいにするヤツ。そういう奴に限って、勝ったときは実力だって言い張ンだよ。そういうの、ウゼェだろ」
「……ああ」
「大体、戦いなんて不公平で当たり前だろうが。初参加とベテランが当たろうが、勝ちたきゃ経験差ひっくり返して勝つしかねえの。経験で負けてるから仕方ねえなんて言ってたら一生勝てねぇンだよ」
返す言葉もなかった。
言われてみれば、俺は調子のいい時には「昔は天才と言われていた」なんて胸を張るくせに、失敗したときは「どうせ俺はダメだ」と諦めたような顔で正当化するようなことを考えていた。そんな調子では成長できるはずもない。
俺は、何のためにこの部にいる?
ただ何となく、部の中に混ざって、居心地のいい時間を過ごすためか?
ディベートという競技に、そして、話すという行為自体に、意味を感じたからじゃないのか?
「天王寺」
「ん?」
「俺、猿やめるわ」
「カニにでもなんのか?」
「退化させんなっ!」
「へへっ。で、ホントは何になるんだよ」
「天才」
「ほー」
天王寺は素直に感心するような声を出した。
「笑わないんだな」
「なんで笑うんだよ。てめぇは才能あるし、ちゃんとココに熱いモンも持ってる。本気出しゃ、余裕だろ」
彼女は白い歯を見せながら、俺の胸をドンと叩く。
俺は少し顔が熱くなる。
「えらくストレートに褒めるな」
「だって今日、負けただろ」
「多分、まぐれだぞ」
「マグレでも何でも、勝ちは勝ちだ。最近アタシに勝ったのなんて、てめぇ一人だしな」
「……そう言えば天王寺って、毎週俺ばっかり誘ってるけど。他に誘う奴いないのか?」
「いたらお前ばっか誘ってねぇだろ。男はアホしかいねぇし、女は一人で便所にも行けねぇ雑魚ばっかだ」
そんな調子だからスケバン扱いされるんだろ、と喉まで出かかった言葉を俺は呑み込んだ。
「一応、部活のメンツは全員誘ったけど、お前以外は――あ、真勇は見込みあるわ」
「真勇が?」
少し意外だ。部の中でゲームが好きそうな人と言えば、鹿野島先輩のイメージだった。
「あー、まあ。ゲーセンには来てねぇんだけど。下手だから恥ずかしいって」
「それのどこが見込みあるんだよ」
「バッカお前、フツーこんなゲーム、上手い方がオタクっぽくて恥ずかしいだろうが。下手なのが恥ずかしいって思えンのは、もうゲーマーの魂持ってるぜ」
妙に説得力のある言葉だった。
俺と天王寺が対戦している格闘ゲームは、このゲームセンター内でもぶっちぎりに人気がない。
やたらとシステムが難解な上に対戦バランスも非常に尖っているため、相当な物好きでなければプレイしないのだ。
それを練習して上達することに抵抗がないのは、かなり希少と言えるだろう。
「今アイツに家庭版貸してんの。上達したら対戦やるかもってよ」
「途中で挫折しなきゃいいけど」
話しながら俺もコーラを一本買い、ゲームセンターを出た。
「そういや、聞いたか?」
「何をだよ」
「北帝のヤツら、ほとんど全部の試合で不正やってたってよ」
「酷いな。何だそりゃ」
「資料の捏造とか、相手の資料に嘘ついて難癖付けるとか」
「もしかして、鳳南との試合で相手の資料を無効だって言ったのもか」
「多分そうだろ。山森ってのが言ってたぜ」
「誰だ?」
「北帝の男子のメガネの方」
「ああ」
校舎の脇で渡良瀬と争っていた姿を思い出す。
おそらく彼だけは、正々堂々とした試合を望んでいたのだろう。
わざわざ不正をバラしたのは、渡良瀬への当てつけだろうか。
「北帝にも、まともな奴はいたってことか」
「どうだろうな。だったらやる前に止めるべきだろ」
「……まあ、お前は酷い目に遭ったしな」
天王寺が表情を強張らせる。
「思い出させんなよ。アレ、マジで黒歴史だからな。ほんっと有り得ねえ。あんなクズに一瞬でも騙されたの。一生の恥だぜ」
俺は苦笑いする。
一瞬じゃなかっただろ、とは言わないようにした。
「ったく。あんなのと付き合うくらいなら、猿とでも付き合った方がまだマシだぜ」
そっぽを向いたまま、天王寺が言う。俺は軽く笑ってみせた。
そこで一度、会話が途切れ、しばらく黙って歩く。
時間が時間なので、空は真っ暗だ。街灯も多くない道なので、少し離れて歩く天王寺の表情も、よく見えない。
「なあ、雄一郎」
唐突に天王寺が口を開いた。あまり大きくない声だ。
「何だよ」
「お前さ……本当に、アタシと――」
その瞬間、俺のポケットから高い振動音が鳴る。
通話の着信だ。発信者は、鹿野島先輩だった。
俺は天王寺を制止して、通話に出る。
「はい、猿渡」
「あ、ゆー君。助けて」
「何ですか、突然」
「渚ちゃんが使い物にならないの。ベルギーワッフル買ってきても食べないし」
「ベルギーワッフル?」
「渚ちゃんの大好物。……って、それはどーでもいいの。とにかく、何とかして」
「何とかって言われても。どうすりゃいいんですか」
「二人でデートにでも行ってきてよ。なんか渚ちゃんって、ゆー君の言うことなら聞きそうだし」
「いや、なんでそんなこと……第一、デートってどこ行くんですか」
「どこでもいいよ。水族館とか」
「この前行ったじゃないですか。先輩と」
「じゃあ動物園。明日の10時ね。渚ちゃんに言っとくから」
「え、ちょっと……ちゃんと部長来るんですか?」
「行かなかった絶交するって言う」
そう言って、先輩は通話を切った。
マジかよ。
冷静に考えれば、部長と二人で出かけたことは何度もある。
一度は、二人でボートに乗ったことすらあった。
だが、それでも……「デート」と言われると妙に緊張した。
そもそも俺、女子どころか男子の友達すらいなかったんだぞ。
なのに、今はこうして毎週遊びにも誘われてるし……。
そこで俺は我に返り、天王寺のいた方を向く。
彼女は何も言わず、立ちつくしていた。
「わざわざ待たなくても、先に帰ってくれてよかったのに」
「い、いや。別に……」
「……?」
天王寺はまた、挙動不審になっていた。
「そう言えば、さっき……電話の前。何言おうとしてたんだ?」
「……何でもねえ。じゃあな」
言い終わるより早く天王寺は駆け出し、俺を置いて帰ってゆく。
「あ、おい……!」
いつもは天王寺の家の前まで、そのまま二人で歩いてたんだが。
俺は何か引っかかるものを感じながらも、明日のことを考えて帰路についた。




