ふるさと
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ただ空虚で、退屈だった。
いちばん古い記憶は、何歳のころだったかも覚えていない。
私は父の背中を追って、歩いていた。
父が振り向くことはない。もしも私がついて来なければ、それでいいと言うように。
むしろ、わざと置いてゆこうとしているようにすら見えて、私は必死に、小さな体で駆けていた。
どこを走っていたのかも、なぜ父が私を無視して歩いていたのかも、何一つ覚えていない。
私に母はいない。その顔を見たことも、声を聞いたこともない。
自分がどこで生まれたのかも、なぜこんな髪の色をしているのかも、私は何一つ知らない。
父は私に、何も語らない。何一つとして、私のことを知ろうとしない。
ただ同じ家で寝泊まりし、法律上の保護者である。それ以上のことを、何もしない。
どうして私は、絵本で見るように暖かな家庭に生まれなかっただろう。
どうして私は、他の人と違うのだろう。
どうして私は、ここにいるのだろう。
分かるのは、誰も私に興味がないこと。
そして私には、帰る場所がないことだ。
次に古い記憶は、小学校に入ったばかりの時。
「ヘンな髪の毛」
そう言って私を笑ったヤツの髪を、ハサミでめちゃくちゃに切った。
そいつの泣きわめく姿を見て、胸がスッキリすることも、不愉快になることもなかった。
ただ、そいつの髪の毛が服の中に入り込んで、チクチクしたのを覚えている。
学校に呼び出された父は、私を叱ることも慰めることも、事情を聴くこともしなかった。
何をしたって、変わらなかった。
成功したって失敗したって一緒だ。褒める人も、叱る人もいない。
ただ遠巻きに、「あの子は普通じゃない」と言うだけだ。
中学に進学してからは誰もが私を一目見て、持てはやした。
「どこから来たの?」
「なんで日本の名前なの?」
「英語喋ってみてよ」
ひとしきり騒ぎ立てると、一人残らず去ってゆく。
羨ましいと、半ば敵意のこもった眼差しを向けた女子も。
可愛いねと、私に愛の言葉を囁いた男子も。
結局はみんな、私の中身には何の興味もないのだ。
その証拠に、ほら。私が僕に変わったって、誰一人として気にしない。
空漠の中、こんな日々がずっと続いて、そのまま、いつか老いて死ぬのかと、漠然とした憂いを抱いていた。
ある日、驚くほど簡単に、その空漠は崩れた。
「君のような人材を求めていた!」
何の根拠もない馬鹿げた言葉を、あの人は何よりもまっすぐな目で投げかけてきた。
戸惑う僕の手を引き、あの人は熱心に水泳への思いを語った。
僕は何も思わなかった。ただ、この人は僕と違う世界を生きているんだと、そう思っていた。
けれど、その日から……僕の世界は、急速に色付いていった。
あの人は僕を気にかけ、僕に期待をした。
成長する楽しさを、期待に応える喜びを、僕は知った。
そして愚かにも、そんな日々がずっと続くと思っていたんだ。
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