VS王麟学院 4 最後の砦
双方の第一反駁が終わり、戦況は……少なくとも、こちらの有利ではないだろう。
だが、勝ち目がないほど酷い状況でもない。ない、はずだ。
部長は険しい表情でフローシートを眺め、こめかみのあたりをトントンと叩きながら考え込んでいた。
何か俺も意見を出した方がいいのか、それとも邪魔をしない方がいいのか。
考えるうちに準備時間が過ぎ、第二反駁に入る。比嶋さんが壇上へと立った。
「さて、肯定側はわたくしたちの主張に関して、矛盾と仰りましたけれど。失礼ながらこれは、考えの足りない反駁だと言わせていただきます。
なぜならペットの需要が低迷するほど、悪質ペットショップにとって都合の良い……ううん、それよりも、適正な飼育を行っている業者にとって苦しい状況となってしまうのですから。
応答の際に申し上げましたように、適正な飼育を行っているペットショップの利益はせいぜい400万円程度。もしも需要が低迷すれば、すぐに赤字に陥りかねません。
一方で悪質な業者はコストが大幅に少なくて済む上、売り物を大量に生産することで販売の機会を稼ぐこともできますわね。
それに、たとえ悪評が広まったとしても、移転し、名前を変えれば消費者からの区別は困難ですから大した問題になりません。
つまり需要が低迷するほど、生き残れるのは悪質な業者ばかりになる、ということですわ。
里親を募集している動物を引き取るという選択は、残念ながら多くの飼い主が望んでいませんの。
2017年、『月刊超猫世界』で実施されたアンケートによると猫を飼っている人のうち、ペットショップで購入した割合は93%という結果が出ていますわ。
その理由としては、『欲しい種類が決まっていたから』が最も多く、次いで『ペットショップで見かけて一目惚れ』という回答でした。
身勝手なことですが、自分が欲しいと思った猫でなければ嫌という飼い主が多いという事ですわ。
これらの点を考慮すれば、多少信用が落ちてもペットショップで動物を購入する人は減らないし、そのペットショップは悪質なものばかりが有利になる、ということがお分かりいただけるのではなくて?
ペットと野生動物の区別、という点に移ります。
確かに体に印を刻むという方法は、首輪やリードよりは識別に機能しますわ。けれども、こうした例はどうかしら。
例えば私が、野良猫に勝手に餌をやっていたとします。その野良猫に、私が勝手に印を刻んだなら?
私は飼い主としての責任を負う必要がないまま、飼い猫に見せかけて猫を保護することが可能になってしまいますわね。
そして、これは逆も言えますわ。殺した動物から印の刻まれた部位を取り除く、もしくは焼き殺すなどして判別を不能にしてしまえば、証拠はなくなります。
つまり飼い猫と知って殺した場合でも、『自分が見たときには既に印の部位はなくなっていた』と言い張れば、罪を逃れられる可能性が出てきてしまいますわ。
結局のところ、判別のために体に印を刻んでも不十分という事ですの。
肯定側の主張する害獣による被害は、問題かもしれません。
けれど動物愛護法を廃止しても、彼らの思うような手軽な駆除はできず、問題ばかりを引き起こします。
冷静にメリットとデメリットを比較していただければ、当然否定側に投票すべきだとご理解いただけると思いますわ」
席へ戻る彼女を見ながら、俺は頭を抱えていた。
想定の範囲内ではある。ただ、悪い方の想定だ。
俺が聞くより先に、天王寺が部長に声をかける。
「部長、どうっすか?」
「……相手が反駁を行わなかった部分がある。こちらの主張も生きている以上、打つ手はあるが……あとはジャッジ次第だな」
部長がペンでフローシートをなぞった。
相手は、俺が「愛護法がむしろ憎悪を生む」と言った点に何も触れなかった。
まさか見落としではないと思うが、時間が足りなかったのか、それとも単に反駁の必要が無いと判断したのかは分からない。
明確なデータを示した発言ではないので有効性は怪しいが……現状では、数少ない武器だろう。
「頑張ってください」
陳腐な応援の言葉をかける。部長は無表情で「ああ」と言って、壇上へと向かった。
最後の反駁の始まりだ。
「まず、適正な飼育を行っている業者にとって苦しい環境になると否定側は主張しましたが、我々はそうは考えません。
悪質な業者が移転や名前の変更を繰り返すとすれば、当然新規開店のショップに対して消費者の目は厳しくなります。
経営者の名前をチェックしたり、飼育環境の見学を求めるなど、対策を取るようになると考えられるでしょう。
それに加え、これは裏を返せば長期的に経営を続けており、そして悪評のないショップの信用度が上がるとも言えます。
ゆえに、悪質な業者・良質な業者の判別は可能であるし、良質な業者が苦境に立たされることはありません。
次に、ペットと野生動物の区別について。
そもそも駆除を目的として動物を殺す際に、焼き殺すなどという非効率で残酷な方法を用いる必要は全くありません。
このような方法を用いた時点で、ペットとしての証拠を隠滅するための行動と判断できるでしょう。
よって証拠隠滅により罪を逃れることが可能という理論は成立せず、体に印を刻むことでペットの保護は十分に可能であると言えます。
さらに否定側は逆の例として誰かが野良猫に勝手に印を刻む可能性も指摘しましたが、これは耳にカットを入れるような単純な印でなければ困難です。
つまり、例えば……焼印のように個人で真似をすることが困難なマーキングを行えば対策が可能となります。
このため、野良猫を飼い猫と錯覚させるような行為も防ぐことができます。
否定側は、我々が主張した『愛護法が駆除を妨げることで、愛護精神を育むどころかむしろ憎悪を生む』という点について、第二反駁で触れませんでした。
よって、この点は否定側も認めたこととなります。
さらにこれまでの議論において、否定側は駆除の必要性自体に関しては一切の反駁を行っていません。
野良猫などによる害が深刻であり、対処が必要であるという事実は認めているのです。
そして、否定側が主張するような愛護法撤廃による弊害は実際には起こらない、もしくは対処が可能なものばかりであり、我々の主張するメリットを覆すものではありません。
以上の点から我々、肯定側の主張が正しいと言えます」
やや早口に反駁を終えると、部長は細く息を吐いて席へと戻った。
教室内は、しんと静まり返っている。聴衆やジャッジがどう考えているのか、俺には分からない。
俺自身は……互角くらいには持ち込める反駁だったと思いたいが、それは希望的観測だろうか。
そのまま俺たちは言葉を交わさず、講評が始まるのを待った。




