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VS王麟学院 3 水の月

 麗沙が壇上へ立つ。

 立場を考えれば、弱いはずがないが……俺が知っている彼女と言えば機械的にジャッジをしていたのと、あとは突然俺にキレてきたくらいだから、あんまり強そうな印象がないんだよな。

 俺の中に疑念と警戒が渦巻く中、麗沙が透き通った声で反駁を開始した。



「肯定側の主張は、法律を単なる罰則規定としか見ない、一面的なものです。


 2018 弁護士 木村

【確かにペットを傷付けられた場合は器物損壊に相当するため、動物愛護法を不要とする意見もあります。しかし、法とは悪事を犯した者を裁くためだけのものではなく、『悪いこととは何か』を周知させ、抑止する意味も持つものです。そのため、一概に動物愛護法を不要と断じることはできません】引用終了。


 そして動物愛護管理法の第一条にも、この法律により動物を愛護する気風を招来するという目的が記述されており、いわばこの法の存在そのものが動物を慈しむ精神を育んでいると言えます。

 肯定側は起訴された人数が少ないことを根拠に愛護法の意義を否定しましたが、これはあまりに短絡的な判断であり無効とすべきです。


 また、肯定側の主張は大きな問題を抱えています。野生動物と、誰かの所有するペットを一見で区別する方法が無いことです。

 首輪やリードの装着を義務付けたとしても、何らかの理由で外れる危険性があります。

 想像してみてください。散歩中に、犬のリードが外れたとしたら。首輪の外れた猫が、家の敷地を飛び出したとしたら。

 その瞬間、あなたの大切なペットが誰かに害獣と決め付けられ、駆除される危険性が発生します。

 もしも誰かに殺されてしまった場合。損害賠償は請求できたとしても、殺されたペットは当然、帰ってこないのです。

 そのような、ペットを安心して飼うこともできない殺伐とした社会を誰が望むでしょうか?

 事実、肯定側も『あくまで目的は野良猫などによる被害への対策であって、無害な動物まで積極的に殺そうと考えるものではない』と言いました。

 それならば、動物愛護管理法の廃止などという極端な方法は適していないはずです。


 この点について、ペットか野生動物かの確認を取れば良いと考えるのは極めて困難です。

 それを行う場合、もしも猫の被害に遭っていたとして、一度捕獲をした上で誰かのペットでないことを確認しなければなりません。

 さらに、捕獲して飼い主を確認する間は適切な飼養をする必要があります。もしも誰かのペットだった場合、それが衰弱したり、病気になった場合は器物損壊に問われる危険性があるためです。

 捕獲、飼養、飼い主の捜索、そして駆除。この一連の行為を行うのは、個人はもちろん、動物の駆除を請け負う業者にとっても、容易なことではありません。肯定側の主張する『誰でも簡単に行える駆除』とは、かけ離れたものです。

 以上の点より、動物愛護管理法の廃止により野生動物の駆除が可能となるという主張は、まったく成立しないことがお分かりいただけると思います」



 彼女の反駁を聞きながら、俺は自分の顔からどんどんと血の気が引いてゆくのが分かった。

 恐怖も、絶望もない。ただ、「どうすりゃいいんだよ」と半ば自暴自棄になった思いだけがあった。

 暑くもないのに、背中が汗でぐっしょりと濡れて冷える。

 そう言えば、この部屋は少し冷房が効きすぎているな。

 真っ白になった頭の中、無意味な思考だけが浮かび上がる。


「5人もいるのに、誰も気付きませんでしたね……」

 自虐交じりの真勇の声が聞こえる。部長が顔を伏せた。

 全くもって、その通りだ。問題点を指摘された今では、なぜこれで勝てると思ったのかと思う。

 試合前まで、俺たちはこの立論に対し、倫理面くらいしか反駁の余地はないと考えていた。

 野良猫に大量の苦情が出ているのは事実だし、それを駆除できる利点は大きい。自分で駆除をするのが嫌なら、業者に頼めばいい。それで全てが終わると思っていたのだ。


 だが、麗沙はこちらの主張を倫理・実利の両面から、完膚なきまでに叩き伏せてきた。

 どうする? 次は俺の番だ。相手の立論と第一反駁、両方に反駁を行う必要がある。

 時間が無い。考える時間も、反駁の時間も。頭の中がふつふつと煮え立つような不快感がする。


「おい、雄一郎」

「何だ」

「何だじゃねぇよ! 反駁、大丈夫なのか?」

 とっさに俺は、助けを求めるように部長を見る。部長は眉間にしわを寄せ、唇を噛んでいた。

 続けて真勇に視線を移す。不安げな顔で、俺を見つめ返す。

 天王寺が舌打ちをした。

「……耳カットだ」

「え?」

「不妊手術したノラ猫は、その証明に耳に切れ込み入れンだよ。体に直接印付けときゃ、首輪みたいに外れねぇだろ」

「……そうか!」

 言われてみれば、そんなことを聞いた覚えがある。

 これで勝てるかどうかは分からない。だが、黙っているよりはずっとマシだ。

「猿渡君」

 続けて、部長が口を開いた。

「こちらは愛護法が駆除を妨げることで、愛護の精神を育むどころか憎悪の原因になりかねないと主張している。これはそのまま反駁になるはずだ」

 俺は素早くメモを取る。

 天王寺と部長が案を出したことで、俺の頭の中に点在していた思考がわずかに線でつながり始める。

 改めてフローシートを見返す。

 その時、一つだけだが相手の主張に矛盾を見つけた。

 かすかな光明に希望を感じながら、俺は全速力で立論を組み上げる。

 出来上がったものは相手の論を完全に崩せはしなくても、五分くらいには持ち込めそうに見えた。

「任せてください」

 精一杯の力強さを込めて、俺は言う。そこで準備時間が終わった。


 半ば破れかぶれになりながら、俺は壇上に立つ。

 聴衆は、全員敵に見えた。それでも俺が怯えなかったのは、たぶん勇気でも絆でもない。感覚が麻痺していただけだろう。

 もう何でもいい。とにかく、一気に終わらせよう。

 俺は反駁のメモを軽く指でなぞって確認すると、一気に話し始めた。



「まず、ペットか野生動物かの区別は可能です。例えば現在でも、不妊手術をした猫の耳には、その証明として切れ込みを入れています。

 体に直接印をつければ、首輪やリードのように外れる心配はありません。よってペットを守ることも、野生動物を簡単に駆除することも可能となります。


 法の存在そのものが動物を慈しむ精神を育むという主張に対してですが、我々は初めから愛護法が害獣駆除の妨げとなっており、そのせいで動物への憎悪を募らせる原因になりかねないと主張しています。

 法律を罰則規定としか見ていないのではなく、意図した効果を挙げていない、むしろ逆に作用しているからなくすべきだ、ということです。


 ……それから、否定側は悪質ペットショップの跋扈をデメリットとして挙げていましたが、この点に矛盾があります。

 反駁において『ペットを安心して飼えなくなる』と主張していましたが、それならペットの需要は当然下がるはずです。

 当たり前ですが、買い手がいなければ利益も出しようがないわけですから、安易に多くの人が開業して数を増やすとは考えられません。


 えーと、それから病気のペットを売りつけられても罪に問えなくなる、という主張も需要の低迷に繋がります。

 そもそもショップの側だって悪評が広まれば困るわけですから、病気の動物を何匹も平気で売りつけるようなことをするとは考えにくいはずです。

 特に現在はインターネットのレビューサイトなども多いので、悪質なショップはすぐに広まるはずです。

 あと、消費者には里親を募集している犬や猫を引き取る選択肢もあるわけで……ペットショップが信用できないなら、そうした動物を引き取ることもできます。

 とにかく、需要が落ちれば売り手も困るわけですから、実際は……そんなに悪質なところが増えるとは考えられません。


 それで……そう、否定側の主張には矛盾があり、実際に問題が発生するとは思えません。

 こちらの主張は現在、確かに野良猫などによる被害が出てるってわけで……それに対処できるメリットは確かにあります。

 で、あー……否定側が言ったような区別とか愛護精神の問題も実際には無いので、こっちの……肯定側の主張の方が正しいってことになります」



 もはや最後の方は自分でも何が何だか分からなくなってきて、口の動くままに喋っていた。

 それでも、破綻はしていないはずだ。必要な反駁は、しっかり行った。

 なぜだか小刻みに震える体を押さえるようにしながら、俺は席へと戻る。

「あ、大丈夫そう、ですかね」

「現状ならば、十分な内容だろう。よくやってくれた」

 部長の言葉が本心なのか、それとも優しい嘘なのか分からない。

 キョロキョロと周囲を見回しても、特に聴衆が変わった反応をしているようにも見えなかった。

「ビシッとしろ」

 天王寺が俺の背を叩く。

 何かを言い返すような余裕もなく、俺は体を硬くしながら前を向いた。

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