決闘! 初めてのディベート1 肯定側立論
「来たか、サル野郎。逃げたかと思ったぜ」
部室へ踏み入った俺を、天王寺は相変わらずの口調で迎えた。
遅れて来たんならともかく、俺は授業が終わるなり、まっすぐに来たんだが。
実際、部室にはまだ、天王寺と鹿野島先輩しかいない。
帰りのホームルームの終わる時間に左右されるとは言え、部長より鹿野島先輩が先に来ているのは、なんだか意外だ。
俺は天王寺の向かい側、鹿野島先輩の隣の席へつく。そして、相変わらずの敵意を向ける天王寺へ言い返す。
「早いなスケバン。そんなに暇だったのか」
「スケバンって言うんじゃねえッ!」
彼女は激昂し、食い気味に叫びながら、バン、と机を叩いて立ち上がる。
……こいつ、狙って今のファッションやってるんじゃなかったのか。
驚く俺の前で、彼女は舌打ちしながら席に着く。その姿は、やっぱりスケバンにしか見えない。
「あははは、ゆー君地雷踏んだねー」
「知ってたなら、言ってくださいよ」
苛立つ天王寺の目の前で、ヘラヘラと笑いながら鹿野島先輩が言う。俺は不満の目を向けた。
それから少しして、まず部長が、そして三上が部室へ入ってきた。
「よし、みんな揃ったな。お互い、準備はいいか?」
問いかけた部長に、俺たちは頷いた。
「なら、さっそく試合を始めよう。肯定側立論者は、壇上へ」
指示された通り、俺は原稿を手に壇上へ立つ。
立論と第二反駁が、俺の担当だ。これは天王寺の指定で、あいつも同じパートを担当する。
俺が壇上に立つと、部長はフローシートを乗せたバインダーを持って、その正面に向かい合う位置に立った。
今回の試合は、立論4分、質疑2分、第一反駁、第二反駁がそれぞれ3分だ。
そして質疑の前には1分、反駁の前には2分の準備時間が、それぞれ与えられる。
現在はこれが、最も一般的なフォーマットらしい。
「――始めます」
部内の視線が、一斉に俺に注がれる。緊張した空気。
怖さは、あった。人前に立って話すなんて、ずいぶんと久しぶりだ。
それでも俺にさほどの緊張が無かったのは、半ばヤケクソになっていたこともあるし……なにより、ジャッジとして俺を見据える部長の視線がとても暖かだったからだろう。
もしも、この部屋に味方と思える人が誰もいなくて、周りが第三者の敵、観客で一杯だったりしたら……いや、そんなことを考えても仕方ない。
俺は軽く呼吸を整えてから、立論を開始した。
「肯定側は以下の二点より、『日本は、消費税率を100%に引き上げるべきである』と主張します。
まず一点目、福祉の充実と、それに伴う国民の幸福度の上昇です。
World Happiness Report 2018によると、国民幸福度の高さは1位ノルウェー、2位フィンランド、3位デンマークと、いずれも北欧の国家です。また、同じく北欧のスウェーデンも9位と、高い順位に位置しています。
これら北欧の社会保障は『高福祉・高負担』と呼ばれており、消費税率はノルウェー、スウェーデン、デンマークが25%、フィンランドが24%といずれも高く、これらの重い税負担と引き換えに手厚い福祉予算を確保、高い幸福度の社会を作り上げています。デンマークの例。
ジャーナリスト青木 2016
【デンマークにおいて歯科を除く医療費は無料、出産費用も不要であり、育児休暇も日本と比較して、はるかに長い。教育費も小学校から大学まで全て無料であり、子供を健やかに育てる環境が整備されている。(中略)無料の介護サービスなど高齢者への社会保障も充実しており、デンマーク国民は互いの助け合いにより幸福な社会を作り上げているのである】引用終了。
一方、日本の消費税率は現在8%と、これら北欧諸国と比較して低めですが、国民幸福度は54位と、決して高くありません。そして、福祉予算は明確な不足をしています。政府広報オンラインより引用。
【少子高齢化にともない、年金や医療、介護などの社会保障費用は急激に増加しており、現在では国・地方の財政の大きな部分を占めています。その一方で、経済の成熟化によってかつてのような、高い経済成長率が望めなくなったことから、税収は歳出に対して大幅に不足しており、現在では国の歳入の約3分の1を借金(国債の発行)に頼るという厳しい状況になっています。】引用終了。
2008年に消費税率が5%から8%に引き上げられた際、税収は増加しましたが、やはり解決には至っていません。よって、この致命的な税収の不足を解決するためには、大幅な増税が必要であると考えられます。
では、なぜ増税の対象が消費税である必要があるのか。それは、消費税こそ現役世代への負担が軽く、勤労意欲を損なわない税であるためです。二点目。
日本では少子高齢化が進行を続けており、1990年時点では現役世代5.1人が高齢者1人を支えればよかったところ、2014年では現役世代2.4人で高齢者1人を支える必要がある状況となっており、現役世代の負担は2倍以上に増加しています。そして、この負担は今後も増加すると考えられています。
ここで所得税や法人税の引き上げを行った場合、その負担は現役世代に、さらに集中します。 一方、消費税であれば、高齢者に対しても等しく課されるため、高齢者自身の手によって、同じ高齢者を支えさせることができます。
また、消費税は誰にでも同じ税率で課されるため、累進課税のある所得税を増税するよりも、現役世代の勤労意欲を削ぎにくいと言えます。
よって、日本の税収を改善するためには、消費増税が最も適していると言えます。
大幅な増税は当然、国民に対して大きな負担を強いるものになるでしょう。しかし、税収の問題が改善され、福祉の充実が行われれば、増税による負担を補って余りある社会保障が、国民に与えられます。
そうなれば、北欧諸国のように幸福度の高い未来を迎えることができるでしょう。
小規模な改革では改善の望めない税収不足を解決するためには、100%という一見荒唐無稽なほどの思い切った増税が必要なのです」
特に読み間違えたり、噛んだりすることもなく、立論を読み上げた。
時間には、20秒ほどの余り。少し早かったが、読み切れずに終わるよりは、ずっと良かっただろう。
反応が気になって周囲を見渡すが、目立つような反応をする人は居なかった。
わずかに不安を感じながら、席へと戻る。
「おつかれー。ゆー君上手いねー」
「……まだ始まったばっかりですよ。それに、原稿読んだだけじゃないっすか」
「んー、でも、あんなにしっかり読める人ってあんまり居ないよー」
先輩の軽口を受け流しながらも、俺はその誉め言葉に少し安心と言うか、プライドを取り戻すのを感じた。
そうだ、元はと言えば俺は、話すのは得意なんだ。それを今日、ここで証明してやる。
俺は自分に言い聞かせるようにして、気合いを入れた。
本作中における新聞記事や論文等は架空のものですが、
国家機関等の提示しているデータは基本的に現実のものを引っ張ってきています。
World Happiness Report 2018(http://worldhappiness.report)
政府広報オンライン(https://www.gov-online.go.jp/tokusyu/syaho/naze/hitsuyosei.html)
財務省(https://www.mof.go.jp/faq/seimu/04.htm)
財務省(https://www.mof.go.jp/zaisei/matome/thinkzaisei11.html)
全国間税会総連合会 世界の消費税(付加価値税)152カ国(ポスター図柄)……実施国と税率……平成29年4月版(http://www.kanzeikai.jp/img/f_users/r_6823811img20170905114008.pdf)




