VS王麟学院 2 崩壊
八木さんは調子を確かめるようにマイクをポンポンと軽く叩く。
それから、まるで落語のようなひょうきんな語り口で話し始めた。
「デメリット、パピーミルなど悪質ペット業者の跋扈。
現在、日本においてペットの取扱業の経営を行うには、動物愛護管理法第十条により都道府県への登録・許可を得る必要があります。ま、免許制みたいなもんでござんすね。
それで、当然この愛護法に反するような事をしている、つまり動物の適切な管理を行っていないと判断された場合は、当然この登録は抹消されます。
そういうわけで、ペットの取扱業はいい加減な輩が簡単に始められるような仕事ではなくなっとるっちゅうわけです。
では、愛護法がなくなれば当然、これが成り立たんくなるわけで、パピーミル、これ英語で『子犬工場』っちゅう意味なんですが、そんな悪質なペット業者が跋扈することが予想できます。
天明新聞 2016
【6月25日、ペット販売業の男が動物愛護管理法違反で刑事告発された。(中略)その飼育小屋に広がっていたのは目を覆いたくなるような光景だ。不衛生で異臭の漂う小屋の中、犬種が分からないほどぼろぼろになった大量の犬たちが、体の向きを変えることさえ難しい小さな檻に押し込められていた。(中略)男の弁によると、このような命を命とも思わない業者は決して珍しくないという】引用終了。
このように、日本でも既に悪質なペット業者は存在し、問題となっとります。
登録せんと開業できん、雑な扱いがバレたら捕まる今でさえこんな業者があるわけですから、もし愛護法がなくなれば状況が悪化するのは明らかなこってす。
さて、これが当然倫理的に問題あるっちゅうのもそうなんですが、さらにペットを欲しがる消費者にも害が出てきます。
何かっちゅうと愛護法がなくなった場合、病気の動物とか売りつけられても文句言えんくなるんですわ。
いやいや不良品売りつけたんなら詐欺とかの罪になるでしょうと思いそうですけど、これが難しいんです。
弁護士 神山 2015
【詐欺罪の成立には欺罔、つまり犯人に騙すつもりがあったことを立証する必要がありますが、これは極めて困難です。購入したペットが病気だった場合でも、相手が「自分は健康だと思っていた」と主張すれば詐欺とは立証できなくなってしまいます】引用終了。
ほんま胸クソ悪うなるような話ですが。こういうわけで愛護法がなくなった場合、調子悪いペット掴まされたとしてもほとんど泣き寝入りするしかないって事でがす。
動物愛護管理法、その名前の通り、愛護するんと同時に、ちゃんと管理もしなきゃいけませんよって法律です。
それがもしも撤廃されてしまったら、酷い扱い受ける動物が増えるんは、火を見るより明らかでござんす。
今は大量生産・大量消費の時代なんて言いますけど、命までそうしてモノみたいにバカスカ作って、余ったら捨てるなんちゅうのは許されることやありません。
環境省の提示しとる『犬・猫の引取り及び負傷動物の収容状況』によりますと、殺処分される犬猫の数は毎年どんどん減っとりまして、平成16年度には418,413匹も引き取られた上でその中の94%以上、394,799匹も処分されとったんが、平成29年度には引き取られる数自体が100,631匹まで減った上で、殺処分されたのは全体の約43%、43,227匹にまで減っとります。殺される数よりも、返還されたり里親見つけて引き取られる数の方が多くなっとるんです。
14年かけて、少しずつ少しずつ、不幸な動物が減らされてきたんです。それを台無しにするようなことは、したらあかんわけです。
で、それに加えて、人にまで害が出てくるわけですから。ま、動物愛護管理法。なくしたらあかんっちゅうわけでござんすね」
軽い調子だが、けして聞きにくくはない。
堅苦しさを感じさせず、すっと胸に入ってくる。そんな立論だった。
八木さんは軽く頭を下げ、席へと戻る。どこからか、小さな拍手が聞こえた。
「やはり倫理面での問題は主張してきた、か」
「けど、それだけじゃないのが厄介っすね。詐欺がヤバいっての」
「ああ。身近な問題として危機感を意識させている。だが……」
天王寺と話しながら、部長はフローシートに目を移す。
「愛護管理法がなくなったとして、悪質な業者が本当に増えるどうか。ここは突けそうだな」
部長が真勇の方を向く。真勇は小さく「はい」と言ってメモを取った。
「猿渡先輩は、どうですか?」
「えーと……動物愛護管理法の違反で起訴されたのって、今まで一番多い年でも24人なんだよな。なら悪質ペット業者って、実際はそんなに多くないんじゃないか?」
「……そう、ですね」
再びメモを取りつつも、これまでの試合よりも不安そうな様子。
一気に相手を崩せるようなほころびが、見つからないのだろう。
そして、それは俺も同じだった。
決して全く反論できない内容ではない。だが、相手を完全に潰せるビジョンが見えないのだ。
しかし当然、ゆっくり悩んでいる時間はない。
質疑の時間へと入り、真勇と八木さんが壇上へ立った。
「あの、えっと……初めに、です、ね」
「へぇ」
「愛護法がなくなってペットの取扱業のハードルが下がったとしても、その、本当にペット取扱業が増えるって言える根拠はあるんですか?」
「ああ、そうですね。ま、増える根拠っちゅうと、つまりそれだけ利益が上がるかって話になるんと思いますが。それなら、こちらの資料にですね……」
八木さんは資料の一つを取り出す。
「これ、さっきの資料の天明新聞ですが。これで捕まった悪質ペット業者は毎月約60匹の子犬を"生産"して、一年で5000万近くの売り上げを出しとったと書いとります。ま、これは売り上げの金額なんで純利がどんなもんか分かりませんが、設備に金もかけんでほとんど世話もしとらんっちゅうのですから、コストは無に近いでしょうね」
「……あの、それって普通のペットショップとはどのくらい違うんですか?」
「ああ、それでしたら。ここに載っとる例やと、ちゃんとした所は月に10匹足らずしか生ませられないし、コストを差し引いた年間の利益は多くて400万くらいと書いとりまして。悪質業者の売り上げから多少のコストを引いたとしても、その10分の1以下くらいでがすね。これじゃ、慈善事業でもなきゃ誰も真面目に育てませんって」
そうでしょう、と同意を求めるように八木さんはジャッジの方を見る。
重い表情をしたジャッジが確かに頷いた。
真勇の表情に、焦りの色が強まる。
「あの、でも、その……法的に認められたとしても、そんな残酷なことをする人が増えるとは、あの、増えるか分からないと思うんですけど」
八木さんが首をかしげた。
「ま、未来の話ですから絶対そうだとは断言できませんが。そもそものところ、法で許されても残酷な事はできんっちゅうのでしたら、そちらさんの、誰でも駆除ができるようになるっちゅうメリットの主張も通らんくなるのと違いますか」
「あっ……」
しまった、という顔をして真勇が固まる。
そんな彼女を嘲笑うかのように、質疑終了のアラームが鳴った。
「ごめんなさい……私……っ」
席へ戻ってきた真勇は、泣いていた。
部長が、彼女の肩に手を添える。
「気に病まなくていい。君一人のせいではないし……まだ負けたわけでもないさ」
「でも……っ!」
悲痛な表情の真勇に、天王寺がハンカチを手渡す。
「泣いてたって勝てやしねぇよ。無理しろとは言わねえけどな、泣いてる暇あんなら次の反駁のこと考えろ」
それから俺に向かって「分かってんだろうな」と言うような視線を向けた。
俺はそれに答える。
「……次の相手の反駁次第だけど、まだ十分勝機はある」
ほとんど、根拠のないハッタリだ。
だが、ハッタリすら言えなくなったら本当に負けてしまう。少なくとも、まだ諦める気はない。
部長も、「ああ」と言って俺の言葉に頷く。
ここからが、正念場だ。




