VS王麟学院 1 開戦
ピンと張り詰めた空気。
聞こえるのは衣擦れと、紙やペンの音。それから時々、誰かの咳払い。
慣れたとは言え、この緊迫は好きになれそうにない。
肯定側立論の天王寺が、壇上へ立つ。
萎縮も緊張も感じさせないその姿には、素直に感心する。
彼女は正面のジャッジをはっきりと見据え、立論を開始した。
「肯定側の主張するメリットは一点。野良猫の糞尿被害をはじめとした、野生動物による害へ対処が可能となることです。
環境省が全国の自治体に調査を行った結果、平成12年度から平成21年度までの期間、野良猫の被害に関する苦情件数は多い年で約3万件、少ない年でも1万件以上と発表されています。
苦情の内容は糞尿・悪臭や鳴き声による被害、さらにそうした猫の捕獲・引取依頼などであり、多くの人が野良猫の存在に悩まされていることが分かります。
こうした野良猫により、非常に深刻な害を受けている例もあります。
2015年 記者 江川
【家庭菜園のような柔らかい土のある場所は、猫にとってトイレとして絶好の場所なのだ。一度自分の縄張りとして認識した猫はあの手この手で駆除グッズすら掻い潜り現れるため、たちが悪い。たかが野良猫と思うかもしれないが、こうした害により転居を余儀なくされたり、うつ病やノイローゼを発症した例は、けして少なくないのだ】引用終了。
しかし、このような状況でありながら、野良猫の駆除を一般市民が行うことはできません。
2016年 弁護士 尾崎
【たとえ野良猫の被害に遭っていても、勝手に駆除をすることは『愛護動物をみだりに殺すこと』に抵触します。保健所も野良犬に関しては"狂犬病対策"を名目に駆除に応じますが、野良猫の駆除に関しては消極的であるため、現状は野良猫を寄せ付けないような対策を講じるしかないでしょう】引用終了。
動物愛護管理法の廃止を行えば、この問題が解決されます。
つまり市民が野良猫の駆除を行うことが可能となり、糞尿や鳴き声などの被害へ直接的な対策が可能となるわけです。
なお、動物愛護管理法を廃止することによりペットが危険に晒されることはありません。
これは誰かの所有する動物を傷つけた場合、現在でも動物愛護管理法違反のほか、器物損壊罪にも当たるためです。
この罰則は器物損壊罪が最大三年の懲役に対し、動物愛護法違反は最大二年と定められており、器物損壊罪の方が重い罪です。
よって、動物愛護管理法が無くなったとしても問題ないと言えます。
さらに現状、動物愛護管理法は十分な効力を持っているとは言えません。
環境省の動物の虐待事例等調査報告書によると、昭和49年から平成24年までの期間、動物愛護管理法の違反により起訴されたのは最も多い年でも平成21年の24名。
たった24名しか裁けない法の存在によって、数万件もの苦情が出されるほどの野良猫の被害が野放しにされていると言えば、これが明らかな悪法であることが分かるでしょう。
本来の意図であるはずの動物の保護としては全く意味を持たず、ただ害獣の駆除を妨げるだけ。
これでは動物を愛護するどころか、むしろ動物に対する憎悪を募らせる原因にすらなりかねません。
よって、動物愛護管理法は廃止すべきだと言えます」
完璧とまでは言えずとも、理想的な立論だった。
天王寺は、特に詰まりも噛みもせず読み上げることに成功したし、内容にも隙はないはずだ。
ペットの保護のためなら、動物愛護管理法は必要ないという事実。
そして、「万単位の野良猫への苦情」に対する、「裁けているのは最も多い年ですら24名」という対比。
ただの苦情の件数と起訴された人数を単純比較はできないとは言え、これだけ莫大な数字の差があれば十分すぎる説得力を持つだろう。
「……大丈夫、でしょうか」
不安げに周囲をキョロキョロと見回して、真勇が言う。
ジャッジや王麟の選手に、目立った反応をするものはいない。
「大丈夫さ」
部長が落ち着いた様子で答え、それから天王寺に視線を送る。天王寺は自信に満ちた目で返事をした。
準備時間が終わり、天王寺、そして泉水が壇上へ立つ。
泉水は鋭くも落ち着いた声で、質疑を開始した。
「まず、野良猫の糞尿や鳴き声に対して『直接的な対策が可能になる』と言った点に関して。これは、被害に遭っている人が直接その猫を捕え、殺すと解釈していいんですか?」
「自分で駆除することも可能になるほか、誰かに駆除を依頼することも可能になります」
「誰か、とは?」
「今でも、ネズミやイタチなんかを駆除する業者があります。そうした業者です。もちろん、自分の知り合いに頼む事とかもできます」
そこ泉水は少し頷くと、ジャッジに対してアピールするように視線を向けた。
「なるほど、なら次です。野良猫の被害に遭っている人が存在するのと同じく、野良猫を可愛がっている人も存在すると思いますが、被害に遭っているからと言って勝手に駆除をすれば、可愛がっていた人は当然悲しみますが、これはどう考えますか?」
「そもそも野良猫を可愛がる行為自体が問題だと、私たちは考えています。……例えば現在でも、野良猫へ勝手に餌をやる人がいることで、周辺住人が野良猫の被害に遭っている例がありますが、これについて餌やりをしている人が責任を負うことはありません。ペットとして所有してるわけじゃないからです。ですが、こうした猫の行為に対して責任を負わない立場のくせに、他人が猫の駆除をしようとすることに口を出すのはおかしいわけで……つまり、保護したいならちゃんとペットとして飼って責任を負うべきで、そうしないなら止める権利は無いって事です」
天王寺もジャッジの側へ視線を送りながら、はっきりとした声で返す。
それに対し泉水は、不安も動揺もなく言った。
「つまり、ペットとして飼育されていない猫はどれだけ殺してもいいし、それに対して誰も文句を言えないと。そういう事ですか」
一瞬、天王寺が奥歯を噛んで言葉に詰まる。
違うとは言えないが、そのまま「はい」と答えるには過激な言い回しだ。
「……必要に応じて、です。あくまで目的は野良猫などによる被害への対策であって、無害な動物まで積極的に殺そうと考えるものではありません」
「分かりました。ありがとうございました」
その言葉とほぼ同時に質疑終了のタイマーが鳴り、二人は席へと戻る。
天王寺は浮かない表情をしていた。
「嫌な相手だな。真勇とは違うんだけど、何かこう、よ」
「こちらの主張の負の面を表面化させ、逃げ道を奪ってきた……といったところか」
部長の発言に、なるほどと俺は思った。
泉水は以前、質疑は反駁に繋げるためのものだと言った。それがつまり、こういう事なのだろう。
ならば泉水は、この質問からどんな情報を引き出したがっている?
それが予測できれば、相手の反駁の方向性が見えてくるはずだ。
俺は考える。おそらく重要なのは、最後の質問だ。
『つまり、ペットとして飼育されていない猫はどれだけ殺してもいいし、それに対して誰も文句を言えないと。そういう事ですか』
確かに間違ってはいない。だが、必要以上に悪く聞こえるような言い方だ。
要するに、泉水はこれを問題だと言いたいのだろう。
だとすれば、相手の反駁はおおよそ予測がつく。
野良猫だからといって殺していいとするのは残虐である。
もしくは、たとえ法で許されても、価値観や倫理性の差により衝突が起きる可能性がある。
きっと相手は、そうした反駁を狙っているはずだ。
ならば、それに対して俺はどう反駁をする?
そこで準備時間が終わり、否定側立論へ入る。
八木さんが壇上へ立ち、胡散臭い笑顔を浮かべたまま一礼した。
のんびり考えている時間はない。今は、これを聞き逃さないようにしなくては。
俺は素早く頭を切り替え、ペンを握りしめた。
環境省 飼い主のいない猫の繁殖制限について(https://www.env.go.jp/council/14animal/y143-19.html)
環境省 平成25年度動物の虐待事例等調査報告書(https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/pamph/h2603/full.pdf)




