波乱は続く
******
予選が終わった翌日。麗沙たちは部員たちの取ってきたフローシートを確認していた。
「これで、全国出場校のフローは全部ですね」
「え。いやはや、部員が多いとこういうのは楽で、ほんと助かりますわ」
「練習試合の相手にもならない部員ですよ。こんな時くらい役に立ってくれないと困ります」
「おや、相変わらずお姫様は手厳しいことで」
「……そのバカにしたような呼び方、やめろと言ったはずですが」
「へへ、こりゃ失礼」
麗沙は不愉快そうに八木を睨んだが、すぐに表情を戻す。
「全国出場の学校は、ほぼ例年通りですね」
「ま、お世辞にも流行っとる競技とは言えませんからね。妥当なとこでしょう」
八木が言うと、泉水が口を挟んだ。
「そういや、去年言ってた九州の高校はどうなってる? 結構イイ線いってるって言ってたじゃねェか」
「部員不足で潰れました」
「なら、去年全国来てた名古屋んとこは?」
「今年は予選の最初で敗退しとりますね」
泉水は大きくため息をついた。大抵は、どこの学校もこんなものだ。
「ンじゃ、今年期待できそうなのは東龍くらいか」
「……残念ですけど、この様子では期待外れになりそうですわ」
東龍の試合のフローを眺めながら、比嶋が口を開く。
「ァあ? あの猿、つまんねー試合やってやがんのかよ?」
「彼は……可もなく不可もなく、ですわね。気になるなら、自分で読んでみては?」
「はぁ、めんどくせェな」
泉水はフローに目を通す。そして、すぐに言った。
「あぁ、こりゃ分かってねェな。ダメなのはあいつより、水島の方か」
「彼女が主張の方針を決めているのだとすれば、ですけれど。彼女に期待したのは、間違いだったかしら」
「まァ経験3年つっても、出たことあるのはお遊びみてェな試合だけで、ちゃんとした試合経験は全然だろ。なら、こんなもんだ」
話す二人に、麗沙が再び不愉快そうな目を向けた。
「勝手に決め付けないでください。どうせ、あの男が無駄に出しゃばってきたに決まってます」
「何だよ。テメェも決め付けてんじゃねェか」
泉水が挑発するような視線を向けると、麗沙が睨む。
「あんな男があの人より優れているなんて、有り得ません」
「そうでもねェさ。ディベートなんて、マトモな奴のやる競技じゃねェんだからよ」
「自虐ですか?」
「キャハハ、そうかもなァ」
泉水は気にせずに続ける。
「議論ってのはな、自分の主張を通すって目的があってやるもんだ。手段なんだよ。なのにディベートってのは議論するの自体を目的にして、自分が思ってねェことまで正しいって言い張る勝負だ。こんな非生産的な勝負、マトモじゃねェ奴の方が向いてんだよ」
ニヤニヤと笑いながら泉水は講釈を垂れる。
麗沙は一笑に付した。
「競技として楽しめていれば、非生産的とは言いません。野球やサッカーだって、体験以上のものは生み出しませんから。それに、異なる立場から意見を考えることで思考力が身に付いたり、新しい考え方が生まれたりもする。これは教則本でも初めに書いてある事です」
「キャハハハッ! けど実際、ディベートの強い奴なんて大体どっか頭が――――痛ってェ!!」
慣れた手つきで、比嶋が泉水の耳を引っ張った。
「不毛な口論はやめて頂けるかしら。ディベートは口喧嘩では無いのですから」
「だったら暴力もやめろっつってんだろォが! オレの耳が伸びたらどうしてくれんだよ!」
「あら、その方が弁論を聞き取りやすくなりましてよ。それに、お猿さんみたいな耳になれば、例の彼と仲良くできるのではなくて?」
「テメェの耳も伸ばしてやろうか……?」
泉水は歯をぎりぎりと鳴らして比嶋を睨む。
そこに、八木がなだめるように言った。
「まあまあ皆さん、その辺にしときましょ。部内で争っても仕方ありませんし、試合の日になれば、東龍の人たちのことも分かるやないですか」
「ふん……まァ、そうだな」
不貞腐れた顔をしながら、泉水は引っ張られた耳をさすった。
「どっちみち、今回はオレたちの勝ちだ」
******
「――いやー、それにしても災難だよねー。いきなり優勝候補と当たるなんてさー」
全国大会当日、開会式の20分ほど前に俺たちは集合した。
相変わらず間延びした声で言う鹿野島先輩に対し、天王寺が臆することなく言う。
「ま、いいじゃないスか。優勝する気なら、どうせいつかは当たるんスから。むしろ初戦で潰してやれば、アタシらの名も知れるってやつっスよ」
「ああ、その意気だ。全力で戦おう!」
部長が同調し、鼓舞する。俺たちは頷いた。
予選と大して変わらない開会式を終えて、俺たちは試合会場へと向かう。
広い教室へ踏み入った瞬間に感じる、むわっとした人の熱気。観客は、50人か60人は集まっているように見える。
さすがに俺も緊張を感じていると、真勇が右のポケットに手を突っ込んで縮こまっているのに気付く。
「緊張してるのか?」
「あ、いえ……はい。でも、大丈夫です。あ、先輩、これ……」
真勇は固い動作で、ペットボトルの水を差し出す。
こんな時でも……いや、こんな時だからこそ、彼女にはこの「儀式」が必要なんだろう。
俺は黙って受け取り、そのまま水を半分ほど飲んだ。
「ありがとう」
俺がそう言うと彼女は少しだけ、頬を緩めた。
王麟の選手たちが教室へやってくる。
他の三人が俺たちに視線を向ける中、麗沙だけが一人、足早に席へ着いた。
「や、ども、皆さん。ほんまに戦えることになって、こいつは嬉しい限りでがす」
八木さんが小さく何度も頭を下げながら、相変わらず西か東かも統一されていない訛りで俺たちに話かける。
それから、比嶋さんが部長へ一礼した。
「ご機嫌よう、水島渚さん。こうして戦える機会を得られて、嬉しい限りですわ」
「うむ。私にとっても、一日千秋の思いだった。良い試合をしよう」
「ええ、宜しくお願いいたします。けれど当然、負けて差し上げるつもりなど毛頭ございませんわよ」
「それはこちらも同じことだ。負けるつもりはないし……負けるとも思っていない」
不敵に微笑む部長へ対抗するように、比嶋さんも笑みを浮かべた。
その横で聞いていた泉水が甲高い声で笑う。
「キャハハッ! テメェんとこの部長、随分な余裕じゃねェか。なァ猿渡」
なんで俺に言うんだ。部長に言えばいいだろ。
「……まあ、今回の俺たちの主張は完成度高いですから。負けませんよ」
「ほ~ォ? どう高いってんだよ」
「どう頑張っても覆しようのない事実を握ってます。これなら勝てるって、部長も太鼓判押してますから」
「……部長が、ねぇ」
珍しく、泉水は含みのある言い方をした。
「ま、やってみりゃ分かんだろ」
そう言い放つと、彼らは席へと向かっていった。
俺は何か、モヤついた思いを感じていた。
試合開始の時刻となり、試合の論題と両校の選手が紹介される。
今回の論題は動物愛護管理法の廃止についてで、俺たちが肯定側、王麟が否定側だ。
なお、予選と違い全国大会はジャッジが5人になるが、人数以外の違いはない。
王麟の選手およびパートは、立論が八木さん、質疑が泉水、第一反駁が麗沙、第二反駁が比嶋さんという構成となっていた。
つまり第一反駁では、麗沙と俺がぶつかり合うことになる。
優勝候補の高校の部長。立場だけで強さを断定できないとは言え、彼女が日本でトップクラスに強いことは、ほぼ間違いないだろう。
だが萎縮する気はない。俺は、月を取りに来たんだ。
俺は意識を集中し、大きく息を吸い込んだ。




