成長
続く肯定側第一反駁、立ち上がったのは川上だった。
どうやら相手の側もパートは変わっていないらしい。
以前の練習試合の時は、それほど大した選手ではなかったが……今までの様子を見ると、多少なりとも相手も成長しているはずだ。
俺に様々な感情が入り混じる中、彼は壇上に立つと大袈裟な動作で一礼し、反駁を始めた。
「――はい! 皆様、否定側の方は本当に素晴らしい立論、反駁をして下さいました。
ですが! ワタシたちの立論を否定する、誤りであると言うには、不十分であると言わざるを得ません。
まず初めに、彼らの言う禁酒法は98年前。100年近くも昔の、海を隔てた地球の反対側、アメリカの話です。
98年前と言えば、日本は明治時代。テレビも無いような時代です。これほど昔のことが、本当に参考になるでしょうか?
彼らは大麻を例にして、お酒もそうなるはずだと言いましたが、本当にそうなるという保証は、全くありません。未来のことなんて、分からないのです。
よって、否定側の主張したことは、ほんの少しも、ワタシたちの立論を否定できていないことが、お分かりいただけるでしょう。
それに、アメリカと日本では、国民性に大きな違いがあります。
アメリカは自由の国と言われますが、日本人は規則に厳しくて臆病な民族です。
お酒が法律で禁止されたのに、今までと同じようにお酒を飲み続けることが、本当にできるでしょうか? いえ、できるはずがないのです。
もしもお酒を飲むとしても、それは裏で隠れて、こっそりと飲むことしかできません。つまりこれは、会社での飲み会による飲酒は、絶対に防げるということです。
同じように、人前でゲロを吐けばお酒を飲んだことがバレてしまいますから、人々は吐かないようにします。飲酒運転だって減るでしょう。つまり、クリーンな社会は実現します。
それから……そう、暴力団への資金が流れるということも、つまり起こりにくいことであり、もしも起こったとしても、それは警察が取り締まればよいのです。
日本は、とても治安の良い国であることは世界でも有名なことです。その治安のよい日本で少しくらい暴力団が力を付けたとしても、日本の警察ならば十分に取り締まれるはずです。
このように、時代の流れと国民性という広い目で見れば、ワタシたちの立論の方が正しいと、ご理解いただけるでしょう。
必要なことは、デメリットがあるからと言って何もしないことではありません。前へ進み、起きた問題へ対処することなのです。
立ち止まったまま未来を否定する否定側の意見は、確かに理論……ん? えーと、リロセイゼンと、していましたが、それだけです。
ワタシたちは未来を見据え、そのための解決策を提示しました。それが正しい選択であることは、間違いないことなのです」
芝居がかった語り口で、大きく身振り手振りを加えながら話す。
そして最後に「ご清聴、ありがとうございました」と言って、以前と同じように深く礼をし、反駁を終えた。
決まった、と言うような清々しい顔で、川上は席へと戻る。
俺が隣に目をやると、天王寺は微妙な表情で肩をすくめた。
きっと俺も、困ったような顔をしていただろう。
「……惜しい選手だな」
残念そうな様子で、部長が呟いた。俺もそう思う。
これが仮に即興ディベートだったなら、彼の反駁は決して悪いものではなかっただろう。
……いや、98年前は明治じゃなくて大正時代だとか、「未来のことなんて分からない」と言いつつ「ワタシたちは未来を見据えている」と言っていたり、問題は多々あるんだが。
彼らは、会社での飲み会における飲酒を問題として取り上げていた。
その点について、たとえ闇で出回っても、表立っての飲み会などはやりにくくなるだろう、という反駁は立論から一貫しているし、説得力がある。
問題はその点も、それ以外の部分も、何一つとして根拠となる資料を示していないことだ。
アカデミックディベートにおいて、これは……ゼロとまでは言わないにしても、説得力があるとは言えない内容になってしまっている。
と言うか、そんな事は教則本でも最初の方に書いてあるような事のはずなんだが……。
これだけ堂に入った弁論ができるのに、なんでそこがダメなんだ。本当に、惜しい奴だ。
「――全員一致で否定側、東龍学園の勝利とします」
結局、続く第二反駁でその点を部長に指摘されて相手の論が崩れ、流れるようにこちらの勝利となった。
前の二校と比べればまだ、まともな試合だったが……良い試合とは言えなかっただろう。
負けが決まったような状況で必死に第二反駁を行っていた菅さんの姿は不憫で仕方がなかった。
「……やれやれ、私ともあろうものがこんなミスを犯すとは。反省、モウセイいたしましょう」
試合が終わると、川上が相変わらず気取ったようなポーズを取りながら言った。
とは言え、さすがに本当に反省しているのか、声色には元気がない。
俺は一つ質問をした。
「なあ、お前たちって最初に教則本とか、読んでないのか?」
「愚問ですね。我々『アホウなん』が、本など読むと思いますか?」
本気で呆れた様子で彼は言った。呆れたいのはこっちだ。
「たわけ、ワシと孝は目を通したわ」
大林さんが川上の背を強めにどつく。
それから、俺たち全員に向かって言った。
「ともかく、ワシらはここまでだ。やはり全国出場は、おぬしらの方が相応しかったのだろう」
「けどぉ、来年はオレたちが勝つかもしんないッスからー」
茶谷が勝手に言葉を挟む。大林さんがギロリと睨んだ。
「来年は……かわいい後輩たちに期待しているさ」
そして、俺と天王寺、真勇へ目線を向けた。
天王寺が胸を張る。
「ま、猿がヘマしなきゃ安泰ッスよ」
「天王寺が暴力事件起こさなきゃ、安泰だろうな」
バツの悪そうな顔で軽く俺を小突く天王寺を見て、真勇がくすりと笑う。
部長が満足そうな顔をした。
「まあ、何だ。どうせ全国行くからには、いっそ優勝しちまってくれよ。それで俺たちに、優勝校に負けたって言い訳させてくれや」
菅さんが言う。声は爽やかな調子だったが、表情には少し悔しさが残っていた。
ガラじゃないと思いつつも俺は、その言葉に答えるように、教室を出てゆく彼らに手を振った。
「おつかれー。全国出場おめでとー」
部長の肩に手を置きながら、鹿野島先輩が言った。部長が微笑む。
だが、隣では真勇が微妙な表情をしていた。
「……ちょっと、思ってたのと違います」
「俺もそう思う」
これまでの三戦、決め手となったのは全て相手の自滅だ。あまり素直に全国出場を祝える気分にならない。
そんな俺たちの雰囲気を察してか、部長が言った。
「競技そのものがあまり盛んでない以上、こんな事も起こるさ。だが、さすがに全国は違う。気を緩めることなく、全力で当たろう。勝利を喜ぶのは、その後でもいいさ」
俺たちは「はい」と返事をして、頷いた。
天王寺が周囲をキョロキョロと見回す。
「あの、小夜は?」
「もう帰ったよ。ずっといても邪魔になるし」
素っ気ない様子で先輩は言った。天王寺が不満そうな声を出す。
あの妹の様子からして自分から帰ったとは考えにくいし、やはり無理にでも帰らせたのだろう。
俺は先輩に何か言おうかと思ったが、不意に前日の、強い敵意の込められた目を思い出して黙り込んだ。
この二日間、何だかすっきりしないことが多かった。
けれども曲がりなりにも、全国大会出場まで辿り着いたんだ。このまま一直線に全国優勝まで手にしてやる。
そんな楽観的なことを、俺は半ば確信をもって考えていた。
全国大会の第一戦目で、いきなり王麟学院と当たることを知らされるまでは。




