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現実を突きつけろ

 天王寺は雄々しく胸を張り、立論を開始した。



「私たちは、酒類の製造及び販売を禁止すべきではないと主張します。

 その理由は一つ。かつてアメリカで酒の製造販売を禁じた、いわゆる『禁酒法』が明確な失敗をしたからです。


 ジャーナリスト宇都宮 2016

【1920年、アメリカ合衆国において、0.5%以上のアルコールを含有する飲料の製造・販売・輸送・輸出入を禁じる禁酒法が施行された。(中略)だが実際にはギャングによる酒の密造が横行し、実際には全く酒を排除できなかったどころか、むしろ消費量は増加する事となる。そして、資金を得たギャングの影響力の増加による治安の悪化・社会の混乱は大衆の圧倒的反発を呼んだ。(中略)結果、1933年に禁酒法は撤廃された。つまるところ、禁酒法は大失敗に終わったのである】引用終了。


 そして、現在の日本においても、これと似たような事象は発生しています。


 天明新聞 2017

【雑居ビルやマンションの一室に作られた『大麻工場』では、早ければ三ヶ月ほどで大麻が収穫される。こうした水耕栽培は密輸を行うより低リスクかつ、安価で手間もかからない。(中略)末端価格にして数十億円にもなる大麻は、暴力団のシノギとして、今や欠かせない存在となりつつある】引用終了。


 これらの例から、安易な規制は対象を根絶するどころか、むしろ違法な流通を促進し、それによる反社会勢力の台頭を招くことが分かります。

 現代の日本において、大麻の使用経験がある国民は、ほとんどいないでしょう。

 しかし、それでも裏で流通しているものが、暴力団にとっては大きな資金源となっているんです。


 酒類は現在、日本では当たり前に流通しており、そして国民の誰もが当たり前のように飲酒を行っています。

 生活習慣病のリスクを高めるほど多量の酒を摂取している者の数も多く、厚生労働省の調査によると男性の13.9%、女性8.1%が、これに該当するとされています。

 その総数は、約1000万人。それだけ日本国民と酒は、強く結びついているのです。

 もしも酒類の完全規制が行われたとして、それでスッパリと酒を諦められる国民ばかりとは、到底考えられません。

 かつてのアメリカ同様、暴力団が酒の密造を行い、地下で流通する。酒類の根絶は全く達成できず、暴力団の勢力が強まり、治安の悪化と社会の混乱を招く。そうした未来が、容易に考えられます。


 理想論を掲げた安易な規制によって、曇りなき社会は作れません。

 酒を規制すれば酒がなくなる。飲酒運転などの酒による被害もなくなるというのは、都合の良い空想にすぎないのです。

 現在の日本において酒類を規制することは、アメリカの禁酒法の二の舞となるだけです。

 酒は社会に対して、有害な面を持つかもしれません。しかし、暴力団による密造酒を流通させ、彼らに資金を与えるのに比べれば、現状のまま酒類を流通させていた方が、ずっと安心できる社会を作れます。

 よって、日本で酒類の製造及び販売を禁止すべきではないと言えます」



 立論を終えた天王寺は席へと戻ると、「これが本調子の自分だ」とアピールするように、後ろの席の小夜に向かって手を振った。

 俺は周囲を見回す。ジャッジの表情は見えなかったが、鳳南の選手が動揺しているのは見て取れた。

 予想通りの反応に俺はガッツポーズをする。同調するように部長が頷いた。


 俺たちは最初、酒を規制することで酒屋・居酒屋が閉店へ追い込まれることの、経済への影響を問題とする立論を作ろうとしていた。

 だが調査したところ、飲酒による労働生産性の低下や、疾患の治療による経済損失の大きさを示す資料が多数発見され、これは使いにくいと分かった。

 そこから何通りかの案を考えた末、最も有効と考えた立論がこれだった。

 かつての禁酒法が、明確な失敗をしたという動かぬ事実。

 そして、「アメリカと日本は違うはず」という反論を許さぬため、日本でも同じことが起こると考えられるという証明。

 これに反駁するのは、容易ではないはずだ。


 準備時間が過ぎて質疑へと入り、自信に満ちた表情の天王寺が壇上へ再び立つ。

 鳳南の茶谷がそこに並び、ぼさぼさの茶髪をガリガリと掻いてから、質疑を始めた。

「んーとぉ、何スっけ? 生活習慣病になるくらいお酒飲んでる人? って言ったッスよね?」

「生活習慣病のリスクを高めるほど多量の酒を摂取している者、ですね」

「あのぉ、それってつまりアル中って事ッスか?」

「……アルコール依存症には、飲酒量による明確な定義があるわけではないので、必ずしも同じだとは言えません。ただ、アルコール依存症の代表的な症状として『自分の意志で飲酒をコントロールできない』ということが挙げられています。生活習慣病のリスクを高めるほど多量の酒を摂取している……体に悪影響を与えるほどの酒を飲み続けてるって事は、体に悪いって分かってても酒をやめられないって事でしょう。つまりアルコール依存症の患者に近い、患者を多く含むとは言えるはずです」

 堂々とまくし立てられ、茶谷は参った様子で頭を掻きながら、うーん、と唸る。

「あー……何スっけ、アメリカの禁酒法? 何年って言ったスか? 始まったの」

「1920年です」

「それってほら、だいぶ昔じゃないスか。今が2018年で、もう100年くらい前スよね。今の日本と、違うんじゃないスか?」

「だから現在の日本でも、大麻で同じようなことが起こっているって話をしました」

「えっとぉ、でもほら、大麻とお酒って違うじゃないスか。何だろう、法律も違うし、今の広まり方? とか……ほらあの、なんか違うみたいな」

「ですから、現在広く流通している酒は依存者も多く、もし暴力団の資金源となれば大麻とは比較にならないほどの悪影響をもたらすはずです」

「何だろう。なんか、違うんだよなぁ……」

 釈然としない様子で茶谷が唸るうち、質疑は終わった。

 彼の中では反駁に繋がるような「酒と大麻の違い」があるらしいが、言葉にできなくては意味がない。

 席に戻り、「どうってことない」という様子を見せる天王寺に、俺は頷いてみせた。


 互いの立論・質疑が終わり、状況はこちらが優位に見える。

 今のところ、予想通りの流れだ。俺たちの立論がそのまま相手への反駁となっており、こちらが一手、先を行っている。

 なら俺の役目は、リスクを取って攻めに行くことじゃない。相手の反撃の芽を確実に摘むことだ。

 再び議論の流れを読み返し終えたころ、準備時間が終わる。

 俺は真勇と部長に目配せをしてから、壇上へ立ち反駁を始めた。



「肯定側は、酒が有害だと主張しました。それについては、一切の反駁をしません。

 なぜなら酒が有害であればあるほど、こちらの立論の正しさが証明されるからです。

 否定側立論で主張した通り、禁酒法は失敗に終わりました。規制は酒を排除することはできず、むしろ更なる酒の蔓延と、暴力団の台頭による治安の悪化を招きます。

 要するに、規制によって有害な酒を排除できるという肯定側の立論は、完全に潰れます。


 飲酒が違法とされながら、排除できない。この状況には、さらに大きな問題があります。

 違法な飲酒によってアルコール依存症となった患者は、治療を受けられないことです。

 治療を求めると言うことは、自分は違法な飲酒を行っていると自白するに等しいことですから、当然のことでしょう。

 これは患者自身が苦しむのはもちろん、治療を受けられずに患者が暴れたりすれば周囲の人間にも迷惑がかかります。

 それに、患者が病院へ来られなくなるということは、病院が客を失うことでもあります。

 表向きは酒が違法とされながらも、密造酒が出回る。そんな歪んだ社会は、あらゆる方面にとって害となるわけです。


 それから肯定側は、酒屋や居酒屋に対して各自で生存戦略を考えろと言いました。

 それらの業種には多大なダメージ・混乱があるはずですが、そこに何の保障もしないわけです。

 これは言うまでもないデメリットです。ましてや、彼らに支払われていたお金が暴力団に流れるようになるのですから、なおさらです。


 繰り返しますが、酒類を規制すれば社会から酒を排除でき、クリーンな社会を作れるというのは都合のいい幻想でしかありません。

 あらゆる人々を苦しめ、治安の悪化を招き、得をするのは暴力団だけ。

 そんな悪法を施行することにメリットは何一つありません」



 俺が反駁を終えると、ジャッジが納得の表情で頷いていたのが見えた。

 よし、と安心し、同時に胸に充足感が満ちる。

「何ニヤついてんだよ」

 からかうように言う天王寺とハイタッチを交わし、席に戻る。

 部長が確認するように言った。

「今のところ想定の範囲内、と言ったところか」

 真勇が同調する。

「やっぱり鳳南は、アレですね……えっと、単純……素直で。分かりやすいと言うか……」

「ああ、だが油断はしない。万が一にも、みんなの努力を無駄にはさせないさ」

 部長の表情に不安そうな様子は少しも無い。

 流れは完全に、こちら側だ。

厚生労働省 平成27年 国民健康・栄養調査結果の概要(https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/kekkagaiyou.pdf)

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