表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/91

想定外

 鹿野島夕那。

 確かに、目の前の女子はそう言った。

 才色兼備の、完璧な姉。あの先輩が?

 いや、待て。もしかしたら同姓同名の別人かもしれない。

「……その姉さんって、三年の、髪の毛二つに結んでる人?」

「あ、はい。そうです」

 そんな事はなかった。


 控え室に到着すると、その事実を証明するように小夜は鹿野島先輩の元へと向かい、「姉さん!」と元気よく話しかけた。

 鹿野島先輩が、ぎょっとした表情をする。

「えへへー、来ちゃった」

「……来なくていいって言ったのに」

「だって姉さんの学校の試合、見たかったんだもん」

「私は出ないってば」

「いいの!」

 嬉しそうな妹と対照的に、居心地の悪そうな様子の先輩。

 そこに天王寺が楽しそうに割り込む。

「先輩、妹いたんですか」

「ん。小夜。中一」

 素っ気ない様子で、先輩が紹介する。

 それから小夜は、渋る先輩の代わりに天王寺から次の試合会場を聞き出すと、意気揚々と控え室を出ていった。

「いい妹さんじゃないすか。いるならいるって、言ってくれりゃよかったのに」

「言ってどうするの。会うわけでもないのに」

「今、会ったっすよ」

 天王寺にそう言われ、鹿野島先輩はそっぽを向いた。

 俺は不意に、先輩と水族館へ行った日のことを思い出す。

 先輩は、家族と妙に距離を置こうとしている節がある。今だってそうだ。



「先輩、やっぱり家族と何か、あるんじゃないですか?」

 試合の時刻が近付き、会場の教室へと移動する途中、俺は先輩に質問した。

 先輩は、答える代わりに俺に聞き返した。

「ゆー君ってさ、一人っ子でしょ?」

「へ? ええ、そうですけど」

「じゃあ、分かんないよ」

「分かるかもしれませんよ」

「どうでもいいよ。どうせ何も無いから」

「先輩」

 俺は少しムキになって、強い語調で先輩を呼ぶ。

「ゆー君」

 先輩は小声ながらも、威圧的な響きのある声で言った。

「言いたくないって言ってるの、分からない? 勝手にあたしの家庭の事情にまで首突っ込んでこないで」

 今までに一度として見たことのない、強い敵意の込められた目で、先輩は俺を睨んだ。


 教室に入り、試合の準備を始める。

 このまま先輩のことを放っておきたくはなかったが、今は試合に集中しなければと強引に頭を切り替えた。

 程なくして、北帝の選手が入ってくる。男女が二人ずつだ。

「あっ……」

 そちらを見ていた天王寺が、小さく声を出す。

「何だ?」

「いっ、いや、何でも無ぇ」

 俺が質問すると、天王寺はまた挙動不審になって顔を赤くした。

 何だ? 相手の選手に、何かあるのか?

 俺が北帝の選手を眺めていると、長身の男子と目が合った。

 その時、一瞬。彼が俺に向かって、気色の悪い笑みを浮かべたような気がした。


 試合の時間に入り、互いの選手が紹介される。

 長身の男子は北帝の部長で、渡良瀬(わたらせ)裕孝(ひろたか)という名前らしい。

 他の生徒の名前も紹介されたが、俺は記憶しておく自信がなかった。

「それでは試合を開始します。肯定側立論、始めてください」

 ジャッジが試合の始まりを告げる。


 だが、天王寺は動かない。

 俺は彼女の背を叩いた。

「おい、肯定側立論」

「あ、あ! はい……!」

 彼女は驚き、ビクリと体を震わせると、慌てて壇上へ向かった。

 本当に大丈夫なのかと不安になる俺の思いをよそに、彼女は立論を開始した。


「こ、肯定側は以下の二点から、動物愛護管理法を廃止――あっヤベっ」

 天王寺は狼狽し、固まる。

 当たり前だ。丸ごと原稿を間違えている。

 気付いた部長が素早く正しい原稿を取り出し、手渡すが、結構な時間を無駄にしてしまった。


「えー否定側は以下の……違う否定側じゃねえ、肯定側、肯定側は以下の二点から動物、じゃなくて、ああ、日本は酒類の製造及び販売を禁止すべきと主張して、します。主張します。昨今、日本では飲酒……喫煙の危険性が強調されるようになりましたが、一方で飲酒による被害は飲酒運転……あ、二次的なものを含めれば飲酒運転や喧嘩など多数の――」

 さらに焦りが出たのか、天王寺は大小様々なミスを連発した。

 いつもの堂々とした様子は微塵も無く、惑い慌てながらの立論は、全体の半分も読み上げられなかった。


「……すいません」

 真っ青な顔で席に戻った天王寺は、震える声で謝罪を口にした。

 ディベートにおいて、立論で主張しなかったことを後から付け足すことはできない。

 つまり立論が不完全であれば、その後の反駁も大幅に制限されてしまう。

 たかが一つのパートのミス、では済まされない大失態だ。

 しかし俺たちは、彼女を責めも慰めもしない。

 たとえ立論がボロボロになろうとも、勝つことは不可能ではないのだ。

 慰めや責任の押し付けを行う暇があれば、今からの勝ち筋を探さなくてはいけない。


 程なくして相手の質疑に入るが、大した質問はなかった。

 俺たちの中に、わずかに希望が芽生えてくる。

 そして相手の立論が始まった時、状況は一変した。


「酒類の製造販売を規制することはできません。日本には酒屋も居酒屋もたくさんあるので、今から規制するのはどう考えても無理です。お酒をなくすことはできません」

 北帝の女子選手が、そう読み上げる。だが、これは……。

「……これ、フィアットに引っかかりますよね」

「ああ、そうなるな」

 同じく気付いた真勇が、小声で部長に確認する。

 ディベートは基本的にプランを実行したと仮定した上で、それが有益であるか否かを論じる。

「プランの実行自体が難しいからダメ」と否定することは、そもそも認められていないのだ。

 つまり、この相手の立論は丸っきり成立していないことになる。



「――全員一致で肯定側、東龍学園の勝利とします」

 結局、わずかながらも立論が通った俺たちの側が勝利を収めた。

 俺は胸をなで下ろす。しかし、前回に続き全く達成感の無い勝利だ。

 今一つ明るくない雰囲気を察したか、それとも先輩に言われたのか、試合が終わると小夜は何も言わずに教室を出て行った。


「……本当、すみませんでした」

 天王寺が深々と頭を下げた。

「何があったんだよ。お前らしくもない」

「っ、それは……」

 俺に対し煮え切らない返事を帰す天王寺に、鹿野島先輩が言った。

「もしかしてさー、渡良瀬って人に告白されたとか?」

「なっ――!?」

 瞬間、天王寺の顔が真っ赤になる。

 その顔は明らかに「そうだ」と言っていた。

「なん、で……」

「だって、渚ちゃんも口説かれてたしー」

「は?」

 恥ずかしさに赤面していた天王寺の顔が、一気に険しくなる。

 そこに真勇から追撃が放たれた。

「あの、私も……一目惚れしたから、付き合ってほしいって……」

「はああああっ!?」

 天王寺の叫びが、部屋に響いた。


 天王寺に、真勇と、部長。

 全員が準備時間の間に一人ずつ呼び出され、全く同じ言葉で口説かれていた。

 君に一目惚れをした、返事は試合の後に聞かせてくれ……と。

「本当に手当たり次第に告白して当たるのを狙ったか、もしくは……」

「こっちを揺さぶるつもりで、ウソの告白したとか?」

「わざわざ返事のタイミングを試合後に指定したり、試合に出ない夕那だけ無視した所を見ると、そちらが有力だろうな」

 部長と鹿野島先輩が、冷静に考察する。

 だが当然、それに黙っていないものがいた。


「あンの野郎――ッ!!」

 怒りにわなわなと身を震わせ、天王寺は教室の外へ走り出そうとする。

 俺は天王寺の腕を掴んで止めた。

「――ッ!!」

 彼女は歯噛みし、睨みながら振りほどこうとする。

「お前、何するつもりだ」

「あのクソ野郎ブッ飛ばすんだよ、決まってんだろうが!」

「なら行かせない」

「なんでだよ! アイツの味方する気か!?」

「俺と同じになるな」

 天王寺の動きが止まる。俺は手を放した。


 部長がなだめるように言う。

「秋華、君の怒りは分かる。だが、騒ぎを起こせば私たちも処分を受ける可能性がある。堪えてくれ」

 天王寺は大きくため息をつき、席に座った。

「……腹立つ、マジで。あの野郎もだけど、何なんだよ、アタシ。すっかり騙されてバカみてぇにテンパって、あーアホ臭ぇ。バカだろ」

 顔を覆い、体を震わせる。

 ……こいつ、こんなに純情だったんだな。

 それから天王寺は少し拗ねたような様子で、真勇と部長を見た。

「つーか、二人はなんで普通にしてたんすか」

「一目惚れしたと言われるのは、気分が悪くてな。その場で断らせてもらった」

 部長が答える。その目には、珍しく不愉快さが浮かんでいた。

 続けて、真勇も似ような表情で言った。

「ああいう人、嫌いです。初対面でいきなり呼び出して、勝手なこと言って……」

 二人の冷めた反応に、天王寺は大きくため息をつく。

 そして顔をバシバシと叩き、立ち上がった。

「あーもう、終わり! 二度とこんな失敗しねぇし……次勝って、全国行きましょう!」

 俺たちは頷く。

 想定外の事ばかりの大会だが、だったら俺たちが優勝するような想定外があってもいいはずだ。

 そんな事を言うのは、少し気取り過ぎだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ