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試合終了

 『異変』が起こったのは、すぐだった。

 両校の生徒が紹介され、挨拶を交わす。

 肯定側、大道西女学園の立論者が壇上に立った。


「えー……日本は動物愛護管理法を廃止すべきです。あ、資料。ジャーナリスト……じゅん? ん、あれ……」

 そこで立論者は黙り込み、もじもじとして西女の部員たちに視線を送った。

 席についていた部員の一人が何かのメモを書き、壇上の立論者へと手渡す。

「あ、ジャーナリスト、敦田(あつた)、2016年。動物愛護法における適正飼……し、かい? えー……」

 また黙り込む。再び、西女の部員が壇上にメモを持ってゆく。

「し、飼養(しよう)。適正飼養には……いつ……いつそう? 防止が定められているが、これは動物の自由を奪う行為であり、動物に対する適切な飼養との矛盾が……」


 俺は天王寺に小声で聞く。

「もしかして自分で持ってきた原稿、読めてないのか?」

「ああ。去年もそうだったぜ。教師が代筆してんじゃねーか?」

「それでも普通、確認はするだろ」

「知るかよ。あいつらはしてねぇんだろ」

 じゃあ何しに大会に来てるんだ、あいつら。

 同じく絶句する真勇と、目を閉じて「もはや何も言うまい」という表情の部長。

 俺はフローシートを書こうとして持ったペンを、机の上に転がした。



「全員一致で否定側、東龍学園の勝利とします」

 およそ40分後、ジャッジから予想通りの決着が告げられた。

 公式大会の、初勝利。

 そこに勝者のガッツポーズは無く、ただ「そりゃそうだ」と呆れた顔だけがあった。

「お疲れー」

 鹿野島先輩が、気の抜けたねぎらいの言葉をかける。

「疲れてないっすよ」

「あははは、そうだねー」

 俺たちは苦笑した。

「でも私、ちょっと安心しました。あんなカスでも大会に出ていいんだって思うと」

 安心したような顔で、そう言う真勇。

 自然に「カス」という単語が出てきたことに、思わず俺は噴き出した。

「真勇、それは言いすぎ……ではないが。まあその、何だ。言葉には気をつけてな」

 部長が軽く注意するが、フォローになっていない。

 代筆させた原稿と、一度の練習すらしていないほどのやる気の無さでは、さすがに擁護のしようが無いのだろう。


 俺たちは、選手控え室へと向かった。

 30分ほどの休憩を挟んでから、今日は二試合目を行うことになっている。

 次の相手は北帝高校で、論題は酒類の規制、こちらが肯定側だ。

 北帝と言えば、確か天王寺は――。

「……あれ?」

 ふと見ると、天王寺の姿がない。

 控え室に入る前までは、一緒にいたはずだったんだが。まあ、いいか。


 確か天王寺は北帝について「西女と大差ない」と言っていた。

 つまり、間違っても負けるような相手ではない。

 そして残る鳳南だが、以前の練習試合の様子から考えると負ける心配は無さそうだ。

 この調子なら、全国行きはほとんど決まったようなものか。

 誇らしい気もしなくはないが、拍子抜けした気分の方が大きい。

 ひょっとすると王麟だって、大物っぽく見せてるだけで実際は全然大したことないかもしれないな。

 全国優勝。日本一。そんな文字が俺の頭にちらついた。


「よう、猿渡。調子はどうだ」

 都合のいい妄想をしていると、声をかけられた。

 試合を終え、控え室へ入ってきた鳳南の選手――菅さんだ。

「どうも。まあ、勝ちました」

「そうか。俺たちは負けちまった」

「へ……?」

 俺はぎょっとする。

「鳳南の相手って、北帝ですよね」

「ああ」

「強かったんですか?」

「いや……どうだろうな。強いのかもしれないが……」

 歯切れの悪い返事。

 演習試合の日の、気っ風の良さそうな調子がない。

「実は俺たちの出した資料に、『その筆者は昔デマ書いたことがあるから信用できない』って言われたんだよ。それで立論がほとんど使えなくなって……そういうことだ」

 そう言って、彼は資料の一つを見せた。

 幸いと言うべきか、俺たちの資料にその筆者のものはなかった。

「負けた俺たちが言うのも何だが、相手の話は上手くはなかった。これさえ無けりゃあ、勝ってたはずだ。だから余計に悔しくてな」

「そう、ですか」

 俺には、かける言葉が見つからなかった。

 他の鳳南の部員たちに目を向けても、同じく悔しそうな様子をしている。

 元は他校の女子目当てで入った奴ばかりと言っていたが、彼らなりに大会には真剣に当たっていたのだろう。

「だが、まだ終わったわけじゃ無えさ。この後で2勝すりゃあ、他の勝敗次第で予選抜けられる可能性もあるからな。お前たちにも勝たせてもらうつもりだ。油断するなよ」

 気持ちを切り替えたように明るい調子で、菅さんは宣戦布告をした。

 俺は、「はい」とだけ言って頷いた。


 菅さんが鳳南部員たちの元へ戻ると、入れ替わるように天王寺が控え室へ戻ってきた。

「黙ってどこ行ってたんだよ」

「えっ、あ、いや、何でもいいだろ!」

 天王寺は、なぜかいきなり半ギレで言った。よく見ると、妙に顔が赤い。

 俺は少し心配になる。

「なあ、何かあったのか?」

「何でもねえっ!」

 言葉とは裏腹に、彼女の様子は明らかに「ある」と言っていた。

 試合前なのに、こんな調子で大丈夫なんだろうか?

 だが、今ここで追及しても泥沼になるだけだろう。

 ひとまず彼女のことは放っておいた方が良さそうだ。



 俺は気分転換を兼ねて、一旦校舎の外に出た。

 それから、少し考える。

 鳳南が北帝に負けたのは、資料の不備を突かれたからだと言った。

 ならば、その不備を発見し、指摘できるくらいに北帝は下調べをしていたことになる。

 去年までが弱かっただけで、今年の北帝は強いのか?

 けれど菅さんは、弁論そのものが上手いわけではなかったと言っていた。

 なら、資料の不備を指摘できたのは、単なる偶然なのだろうか。

 色々と悩んだが、結局俺は「今悩んでも仕方ないし、どうせ俺たちが負けるわけがない!」と強引に結論付け、校舎内へ戻ろうとする。


「いい加減にしろって言ってるんだ!」

 校舎脇から、若い男の怒号が聞こえた。

 声のした方に行ってみると、北帝の制服を着た男子が二人、喧嘩をしている様子だった。

 眼鏡をかけた男子が激しい剣幕で、長身の男子に掴みかかっている。

「言ったよ! 勝てるならいいって、俺も! けどな、こんなやり方するなんて聞いてないぞ!」

「で? 勝ったからいいじゃん」

「こんなの勝ったって言えないだろ! ちゃんと正々堂々と……」

「お前さ、バカじゃね? なに? もしかしてさ、スポーツマンシップが何とかってやつ? 『清く正しい試合をー!』みたいな? ウケんだけど」

「は……」

「部活やってた方がマジメっぽく見えるっしょ? 全国出たら推薦とか貰えるかもしんねーし。だから勝つんじゃん。アヤもエリも同じなんだけど、お前ひとりで熱血やってんの? バカだろ」

「この……ッ!!」

 眼鏡の男子が激昂し、殴りかかろうとする。


「おい!」

 俺はとっさに声を出していた。

 二人が怒りと驚きの混じった目で俺を見る。

「こんなところで騒ぎなんか起こしたらな、退学になるぞ」

「この程度で退学なんかなんねーし。つーか誰? あんた」

 吐き捨てる長身の男子。

 一方、眼鏡の方は震えながら言葉を漏らしていた。

「東龍の制服……まさか、あの……?」

 その呟きに、長身の男の顔色が変わる。

「まさか、東龍の暴れ猿っ!?」

「さ、三人殺して、最近まで少年院に入ってた男……!!」


 何だ、その凶悪犯。

 随分噂に尾ひれが付いて、とんでもない極悪人と思われているらしいが……今は好都合だった。

 俺は困惑を隠してわざとらしく笑いながら、いかにも余裕そうに言う。

「なんだ、知ってるなら話が早いな」

「くそっ……!」

 長身の男子は表情を歪めると、一目散に走り去ってゆく。

 残った眼鏡の男子に目を向けると、彼は腰を抜かしていた。

 カタカタと歯を鳴らしながら、ぎこちない感謝を口にする。

「あ、あ、ありが、とう」

 後退りしながら言って、彼も走り去っていった。

 ……誤解は解いておいた方が良かったかもしれない。

 だが、おかげで殴り合いの喧嘩にならず、一応は仲裁できたのだから結果オーライだろう。

 また乱闘事件なんて起こせば俺は間違いなく退学だし……何より、暴力以外の戦いを教えたいと言った部長の意志まで反故にしてしまう。

 それより気になるのは――何があったのか知らないが、北帝は何か問題を抱えているらしい。

 俺たちとの試合で、面倒なことにならなければいいんだがな。


「すいませーん!」

 再び校舎へ戻ろうとすると、元気のいい声が俺を呼び止めた。

 また北帝の生徒かと思ったが、違った。中学生ほどの女子だ。

 長い髪を肩のあたりで一つ結びにしており、ぱちりと開いた大きな目をしている。

「あの、姉さんの……姉の応援に来たんですけど、選手ってどこにいるのか、分かりますか?」

「ディベート大会の?」

「あ、はい! そうです」

「なら、こっちだ。ちょうど戻るところだったんだ」

 俺が手招きすると、その女子は「ありがとうございます!」と元気よく言って、俺に続いた。

「あなたもディベートの選手ですか?」

「まあ、一応な。まだ入ったばっかりなんだけど」

「わぁ、頑張ってください!」

 こうもストレートに応援されるのに慣れていなくて、俺は「ああ」とだけ返事をした。

 ぶっきらぼうな俺の様子にも構わず、彼女は明るく話す。

「うちの姉さん、本当にすごいんです。勉強も、運動も私よりできるし、すごく真面目で、それに私のことも考えてくれるし……なんて言うんだっけ、サイショクケンビ? 本当に、完璧なお姉ちゃんなんです」

 彼女は嬉しそうに、この間は自分の相談に乗ってくれたとか、宿題の分からない所を教えてくれたとか、姉を褒めちぎる。

 そんなに立派な人物なら、見てみたいものだ。


「でも、今は学生寮に行っちゃったから、あんまり話せてないんですけどね」

「今日はお姉さんの試合が?」

「あ、いえ。姉さんは選手じゃないみたいなんですけど……でも、応援も大事ですから。私は応援の応援です!」

 彼女は胸を張った。

 多分、ただ姉の顔が見たいだけというのが本音なんだろう。

「それで、お姉さんってどこの学校の人だ? 名前は?」

 控え室を目の前にし、俺は彼女に問いかけた。

「あ、ごめんなさい! 私、自己紹介してませんでした」

 ぺこりと頭を下げる。

 そして、彼女はその名を告げた。

「私、鹿野島(かのしま)小夜(さや)っていいます。姉さんは東龍の、鹿野島夕那。知ってますか?」

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