四人目の男
大会当日。
俺たちは試合会場の王麟学院へと集合していた。
……そう、王麟学院だ。まあ、この辺りでは一番大きい学校なので、確かに妥当なのだが。
二か月ほど前の練習試合で来たばかりの場所が会場というのは、拍子抜けした感があった。
おかげで緊張しなくて済むのは、良いのかもしれないが。
開会式の行われるホールへと向かうと、各校の選手たちが集まっていた。
中には、見知った顔もある。
鳳南の部長……菅さんはやたらと長身なので、すぐに見つかった。
それから、王麟の選手たち。予選の出場者ではないが、やはり視察には来ているらしい。
麗沙の金髪や泉水の赤メッシュは、嫌でも目を引く。
だが、それ以上に気になったのは……。
「王麟の生徒、20人くらい居ません?」
「おそらく全員、ディベート部員だ。王麟は元々層が厚いが、今年は特に多いようだな」
「うへぇ」
部長の言葉に、俺は気を重くした。
つまり試合に出る選手は、ただでさえトップクラスの偏差値を誇る王麟の、さらに多数の部員の中からの選りすぐりの人材というわけだ。
「ビビんなよ。別に全員で袋叩きにしてくるわけじゃねえんだからよ」
「それは当たり前だろ……」
微妙にズレた励ましの言葉をかける天王寺。
しかし相変わらず緊張と無縁な彼女の姿には、少し元気付けられた。
「や、ども、お世話になっとります」
突然俺に声をかけたのは、これまた王麟の制服を着た男子だ。
口調も妙だが、見た目も怪しい。
マッシュルームカットの髪に丸眼鏡をかけ、キツネみたいな細い目でニタニタと笑いながら、エアコンの効いた室内だというのに手にした扇子をひっきりなしに振っている。
言うまでもないが、俺はこんな奴の世話をした覚えはない。
俺が戸惑っていると、部長が言った。
「王麟の八木か」
「え。そうです。覚えとってもらって光栄なこってす」
「これから戦う相手のことを忘れはしないさ」
「へっへ、ま、今年はちゃんと戦えるといいですがね」
「戦えるさ。必ずな」
八木と言われた男はニヤニヤと笑うと、俺の方を向いた。
「八木琢磨、三年生。王麟の四人目です。よろしくお願いしますよ」
そう言って、畳んだ扇子を、握手でも求めるように軽く突き出す。
俺が扇子の先を指でつまんで、握手するように握ってみせると、面白そうに彼は笑った。
「あなた、猿渡さんでござんすよね。いやあ、鳳南との練習試合の日ね、もちろんボクも行きたかったんですが、審判が偶数じゃ良くないってんで一人だけ置いてかれまして。ま、そんな扱いされとるようなチンケな男でがすよ」
「はあ、どうも」
卑屈そうなことを口にしながらも、彼の目には確固たる自信が宿っていた。
しかし、勝手にベラベラと話しかけてきたことと言い、やりにくい相手だ。
「今年は珍しく、地域の5校……ああ、まあウチは予選は出んので今日は偵察なんですが――とにかく学校全部揃いよったっちゅうことで、なかなか盛り上がっとりますね」
「揃うのって珍しいんですか?」
「え。大体どこか一つは少なくとも欠けよりますね。……居っても居らんでも変わらんようなとこは毎年出とりますが」
小声で言いながら、彼は『西女』に目をやった。
天王寺も言っていたが、本当に弱いらしい。
「しかし、ま。ウチも最近は大変でござんすよ。あのお姫様がね」
「お姫様……?」
「木戸川さんです。二年になったばっかやっちゅうのに、比嶋さんから部長押し付けられましてね。プレッシャー掛けた方が伸びるとか言うとりましたけど、実際はアレですわ、ヒステリーっちゅうのか、余裕無さそうになってしまいまして。やっぱ重荷なんですかね」
「前は違ったんですか?」
「そりゃあもう。元気で頑張り屋さんで、笑顔もよう見せとりました。それにほら、見た目がアレでしょ、べっぴんさんですからね。今の王麟の一年生部員、男子ばっかりですけど、アレほとんどお姫様目当てですわ。ま、お姫様ってボクが勝手に言っとるんですけど」
どこの部も、男の考えることは同じらしい。
胡散臭い上にやたらとお喋りな男だが、情報を聞き出すには良い相手かもしれない。
もう少し何か質問をしてみようか。そう思ったところで、開会式の始まりを告げる声が聞こえた。
八木さんは「それじゃ失礼」と言って、王麟の生徒たちの元へと戻った。
「あははは、変わった人だよねー」
「まあ……そうですね」
鹿野島先輩が笑いながら言った。
正直、普段の怪しさなら先輩も負けてないと思ったが、俺は何も言わなかった。
試合の日程や注意点等が説明され、開会式はすぐに終わった。
最初の試合の相手は、大道西女学園だ。論題は動物愛護管理法廃止で、こちらが否定側となっている。
こちらの出場選手は結局、鳳南との練習試合の時と一緒になった。
ただし試合ごとにパートを変更することはできないため、俺は肯定側・否定側を問わず第一反駁、部長が第二反駁だ。
「……む、真勇は、どこだ?」
試合を行う教室へと向かおうとしたところで、真勇の姿が無いことに気付く。
何かあったのかと不安になったが、彼女はすぐに戻ってきた。
「どこ行ってたんだよ」
問いかけた天王寺に、真勇は「いえ、ちょっと」とだけ答えた。
トイレにでも行っていたのだろうか。彼女の性格なら、黙って席を外すことは無さそうだが。
まあ大した事でもなさそうだし、あまり気にせず俺たちは教室へと向かった。
部屋には既に何人かの学生と、それから大人の姿があった。
ピリピリとした空気と、大人の審判、そして観客の存在。
部内の試合では選手を含めて5人だし、鳳南との練習試合の日も10人そこそこだったが、今日は室内に30人ほどの姿が見える。
その多くは、他の学校の「偵察者」だろう。他校の試合のフローシートを取り、その内容を把握しておくことで、自分たちが戦う時に備えるのだ。
練習試合ともまた違う様子には俺も緊張を感じたが、もう委縮することはなかった。
俺たちが席につき、程なくして大道西女学園の選手たちも揃う。
生徒の数は、ぴったり4人。仲良くおしゃべりをしながら、緊張など無縁の様子で席についた。
余裕の表れか、単に能天気なだけか……今までの評判から考えると、後者だろう。
「去年と面子変わってねーな。もう勝ったぜ」
横目で相手の選手を見ながら、天王寺が吐き捨てる。
いくら弱いとしても、ここまで言うほどなのだろうか。
だが数分後、俺は天王寺の言葉の意味を知ることになった。




