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月明かりの下で

 期末試験を危なげなく突破し、夏休みに入った。

 大会の日も近付き、いよいよ最終確認の段階へと入る。

「星を見に行かないか?」

 部長が唐突に提案したのは、そんな日のことだった。

 面食らう俺たちの中、鹿野島先輩だけが「いいねー」と間延びした声で賛同したのを覚えている。


 何だかんだと話は進み、その翌日の深夜、俺たちは近くの駅に集合していた。

「けど部長たち、大丈夫なんですか?寮って夜間外出とか、禁止だったと思いますけど」

「ああ、一応はな。だが、その程度の規則は破ってこそ学生の本分……と言うことにしておいてくれ」

 少しバツが悪そうに部長は言った。

 それに鹿野島先輩が「楽しければいいよねー」とか何とか言って同調し、さらに天王寺が頷く。

 俺は深くツッコまないことにした。


「先輩、どうぞ」

 改札を通ろうとしたところで、真勇が俺に小銭を差し出す。往復分の電車賃だ。

「いや、いいって」

「よくないです」

 そう言うと彼女は、俺のポケットに小銭を突っ込んだ。

 俺は何とも言えない居心地の悪さを感じたが、それが彼女の狙いなのだろう。

「そういや、真勇って寮なのか?」

「いえ、実家です」

「じゃあこんな時間に出てくるの、止められたりしなかったか?」

「大丈夫です。窓から出てきましたから」

 楽しくて仕方が無さそうに彼女は言った。

 やっぱり彼女は、どこか頭のネジが飛んでいる。


 目的地に到着したのは、それから30分ほど経った頃だった。

 都心からそれほど離れていない割に、随分と田舎臭い駅。

 粗末な駅舎の蛍光灯の明かりに、大きめの虫が飛び回っていた。

「実家思い出すぜ。自販機にカエルとか入ってそうだな」

 貶すように言いながらも、どこか懐かしそうな様子の天王寺。

 まあ、星はよく見えそうだ。と言うか、今の時点でも都市部よりずっと、はっきりと星が見える。

「さあ、少し歩くぞ。あっちの丘の上が、よく星が見えるんだ」

 部長は田んぼの広がる道の先を指差し、歩き出す。

「この辺り、よく来るんですか?」

「以前に一度、来たくらいだな。夜中に寮を飛び出して、知らない町を歩くのはなかなか楽しいぞ」

「……部長、変な事件とかに巻き込まれないでくださいよ」

「ははは、まあ最近は控えているさ」

 肩をすくめる部長を見ながら、俺は苦笑した。

「別にいいだろ。学生の夜間徘徊なんて珍しくもねえし、アタシもゲーセンとか行くぜ」

「お前を基準に考えるな」

 当たり前のように言う天王寺に、俺はツッコむ。

 今度は部長たちが笑った。


 シューッという音がして、そちらに目を向ける。

 真勇が虫よけスプレーを使っていた。

 俺の視線に気付くと、「どうぞ」と言って差し出してくる。

 用意が良いと思いながらも、俺は少し呆れたような気持ちになっていた。

「あの、どうかしましたか?」

「何て言うか……これから星見に行くのに、虫の心配ってさ。ロマンが無いと言うか……」

「先輩、ロマンじゃ生きていけないんですよ」

 真勇はため息をついた。ごもっともだ。

「ゆー君ってさ、意外とロマンチスト?」

 こちらの様子を見ていた鹿野島先輩が言った。

 俺は「さあ」とだけ答えた。


 話しながら田んぼを抜け、坂道を上ってゆく。

 街灯どころか家の明かりも無くなり、周囲を照らすのは星と月の明かりだけになる。

 駅を出てから再び30分ほど経った頃、木々の並ぶ道を抜け、開けた場所に出た。

「さあ、この辺りでいいだろう」

 部長がそう告げて、空を見上げる。俺たちも、空へ視線を移した。



 ……正直なところ、俺は星を見ることに大して期待していなかった。

 星なんてどこでも見られるし、わざわざ星を見るためにどこかに行く必要もない。

 そう思っていたのだが、俺はその考えを撤回しようと思った。

 通り道で眺めたよりもずっと鮮明になった星々は、街で見上げるような、空にぽつぽつと散らばる光の粒とは、まるで違っていた。

 空の全てを覆いつくすような、大小さまざまな星の光。

 感動とか、圧倒されるとか、そんな大袈裟な言葉を遣おうとは思わない。

 ただ素直に綺麗だと、見に来た価値はあったと、そう思った。

「綺麗、ッスね」

 同じことを思ったか、独り言のように天王寺がそう零す。

 普段の彼女からは、想像もできないような言葉だ。

「お前、静かに星とか見られたんだな」

「うっせえな、てめぇは星よりバナナだろ」

「今は星がいい」

 俺がそう言うと、天王寺は「へぇ」と言って空に目を戻した。


「今は確か、夏の大三角形が見えるはず……だったか。どれがその星なのか、忘れてしまったが」

「渚ちゃん、星はよく見るのに、星座はぜんぜん詳しくないもんねー」

「はは、星が好きと言っても、星座に込められた物語が好きな人もいれば、広大な宇宙の存在に心惹かれる人も、ただ夜空を眺めるのも好きな人もいるさ。星の名も、大きさや温度も知らなくたって、この光景は変わらない。そうだろう?」

「うん、わかるよ」

 部長の言葉に、俺も頷いていた。

 星のことなんか、俺だってロクに知らない。それでも今、五人で過ごしている時間は、何も変わらないんだ。

「なんかさ、いいよね。こういうの。このまま時間が止まっちゃえばいいとかさ、そんな感じ」

 鹿野島先輩が、しみじみとした様子で口にする。

「先輩の方が、よっぽどロマンチストじゃないですか」

「あはは、そうだね」

 軽い調子で先輩は笑って、また空を見上げる。

 月と星に照らされた横顔は、本当に綺麗だった。


 俺は、月に目をやる。

 輝く空の中、それはひときわ強い光を放っていた。

「猿猴月を取る……か」

「何だよ、それ」

 呟いた俺の言葉に、天王寺が問う。

「猿が水面に映った月を取ろうとして、溺れて死んじまったって話。身の程知らずは失敗する、ってことわざだ」

「お前、いちいち猿のことわざ覚えてんのかよ」

 天王寺は呆れ笑いをした。

「俺はまだ、ディベート始めて三か月くらいだろ。大会で勝つなんて、身の程知らずかもしれないけどさ。……今ならなんか、取れる気がするんだよ。月だってさ」

「……ああ、当たり前だろ」

 柄にもなく詩的な事を言って、笑われるかとも思ったが、天王寺は力強く頷いていた。


「――勝ちましょう、大会」

 改めて、俺は言葉にした。

 部員たちの、頷く声が聞こえた。

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