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家族

 店内にはかなりの人がいたが、まだ満席ではなかった。安堵し、二人用の席に座る。

「アザラシ料理はないねー」

「あったら子供が泣きますよ」

 しかし、メニューにはシーフードが多い。やはり水族館のイメージからだろうか。

「ゆー君、決まった?」

「とりあえずシーフードカレーで。先輩は?」

「お、あたしと一緒だ。気が合うねー」

 しばらくして、二人分のシーフードカレーが運ばれてくる。

 エビとイカ、あさりの入った一般的なシーフードカレーだが……食べてみると、かなり辛い。特に辛口とか書いてなかったくせに。

「……結構辛いっすね」

「そう? 普通じゃない?」

 汗を浮かせて水に何度も手を伸ばす俺とは対照的に、先輩は平然としていた。


「ところで、今日……何かあったんですか?」

 半分ほどカレーを胃に収めたところで、俺は気になっていたことを切り出した。

「何かって?」

「いや……急に誘われたんで」

 先輩は食べる手を止め、少し考え込む。それから、言った。

「誕生日」

「先輩の?」

「うん」

「おお、おめでとうございます」

 俺が祝福の言葉をかけると、先輩は寂しそうな顔で笑った。

 いつもと何か違う先輩の様子に、俺は少し不安になる。

「……あんま、嬉しそうじゃないですね」

「ううん、嬉しいよ。ありがと」

「でも」

 嬉しそうな顔じゃない。そう言おうとすると、先輩が言葉を被せてきた。

「家族にお祝いしてもらえないからかな。もう祝わなくていいって、あたしが言ったんだけど」

 妙に自嘲的な響きを持たせて、先輩は言った。

「……家族と、何か?」

「別に。ただ、今日は部活行くような気分じゃなかったし、一人で居るのも嫌だっただけ」

 より詳しく聞きたかったが、無神経に踏み入っても良いのか分からず、俺は黙っていた。

「……だからさ、今日は……連れてきてくれて、嬉しかったよ。ありがと」

 小さな声で、零すように先輩は言った。

 返す言葉が見つからず、俺は黙々とカレーを口に運んでいた。



「じゃ、残り見に行こっか」

 レストランを出ると、暗くなりかけた雰囲気を断ち切るかのように先輩は明るく言った。

 俺は「そうですね」とだけ言って、先輩に付いて奥へと進む。

 ペンギンや深海魚のコーナーを回り、そろそろ一通りを見終わるかという頃に、館内にアナウンスが響き渡った。

「これより、わくわくショーが始まります。ぜひお越しください!」

 何やら、イベントを開催するようだ。そう言えば、途中の道にもショーがどうたらと書かれていた気がする

「ゆー君、行く?」

「……どうせイルカでしょう。やめときます」

「んー? ゆー君、イルカ嫌い?」

「大嫌いってわけじゃないですが。あれ、可愛くないでしょう。デカいし、歯とか怖いし、ヌルヌルしてるし。なんで人気なのか分かりませんよ」

 イルカをこき下ろす俺の言葉が面白くて仕方がないようで、先輩は大きくて声を出して笑う。

 それから、からかうように「じゃあ行くー」と言い出す。

「嫌ですよ、わざわざイルカ見に行くなんて」

「ゆー君が来なくても、あたしは行くよー」

 そう言うと、先輩は駆け出した。

 仕方なくその後を追うと、先輩は道の途中で不意に立ち止まってしまう。

「……先輩、どこでショーやってるのか知ってます?」

「んー、知らない」

 彼女はいつものように、ケラケラと笑った。

 仕方なく俺は場所を確認し、ショーの会場へと向かう。

「ゆー君ってさ、やっぱり優しいよね」

 俺に少し身を寄せて、落ち着いた声で先輩は言った。

「何ですか、いきなり」

「ちゃんと追いかけてきてくれたし」

「先輩を一人でほっとけませんからね」

「あはははは」

 レストランにいた頃の暗い雰囲気は、すっかり消えていた。

 俺は安心を感じながら、望まぬイルカの活躍を見るために歩いていった。


 ショーはすぐに始まった。

 三匹のイルカたちが飼育員の指示に従い、綺麗に並んで泳ぐ。

 しぶきを上げて跳び、輪をくぐったり、フリスビーをキャッチする。

 一つ一つの芸を披露するたび、客席の子供からは歓声が上がった。それに応えるように、イルカはお辞儀をする。

 イルカ嫌いの俺から見ても、見事なショーだった。

 だが、それでイルカを好きになるかどうかは別なのだ。

 イルカの、あの何の感情もこもっていなさそうな目が、俺には不気味で仕方がない。

 そんなイルカと、屋外の暑さに、照りつける日差し。

 さらには飛んでくる水しぶきもあって、俺は終始、顔を引きつらせていた。

 先輩はイルカを見ていたのか、それとも俺を見ていたのか、周囲の子供たちのように、楽しそうに笑っていた。


 ショーが終わると、俺たちは水族館を出た。何だかんだ、楽しい時間だった。

 帰りの電車に乗り、学校の最寄り駅へと到着した頃には、日が傾きかけていた。思えば結構、長居をしたものだ。

「今日さ、楽しかったよ」

 笑顔を浮かべて、先輩は言った。

 夕日に照らされたその顔はどこか寂しげで、美しかった。

「俺もですよ。学校の知り合いと出かけたのなんて、久しぶりだったし」

「うん。じゃあね」

 短く返事をして、先輩が去ろうとする。

 俺は、何か言わなければいけない気がして、その背に「あの」と声をかけた。

「何か……悩みとか、あるなら。いつでも言ってください。俺でよければ、その、聞けますから」

 先輩が少し下を向いたのは、俺に頷いて返事をしたのだろうか。それとも、ただ俯いたのだろうか。

 そのまま彼女は何も言わず、去ってゆく。

 その背を見送りながら、俺は自分の言ったことが正しかったのか、自分の中で何度も確認していた。

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