ドラえもんは22世紀に帰るべき? 3 肯定側質疑~肯定側第一反駁
質疑の時間が始まり、立論の男子と真勇が壇上に立つ。
真勇は右手にメモを握りしめ、相手の男子へ頭を下げる。
そして、小さく息を吸い込むと、質疑を開始した。
「そちらの立論では、どこでもドアがあれば人々は通勤通学に悩まなくてよくなる、タイムマシンがあれば昔の事をやり直せるって言ったと思います」
「うむ」
相手の男子が頷く。
その瞬間、真勇の目がキラリと光った気がした。
「でも、ドラえもんは一人で、持ってる道具も一つですよね。人々が通勤通学に悩まなくてよくなるって、無理じゃないですか?」
「む……?」
男子は、太い眉の間に大きく皺を寄せた。
「いや、どこでもドアを……そういう使い方ができると。ゆえに有用性があると。ワシはそう言っている」
「だから、使えるのって一人ですよね。人々が悩まなくてよくなるって、みんなが一個ずつどこでもドアを持ってる前提じゃないですか。それは無理だと思いますけど」
「……だが、必要に応じて貸し出すことをすれば、それでも確かな有用性があるはずだ」
「つまり、ドラえもんの道具は社会奉仕のために役立てなければいけないと。のび太君を助けられなくなっても、社会のために道具を貸し出さなければいけないと、そういうことですか?」
「そこまでは、言わぬが……」
「じゃあ、ドラえもんが有益だって主張はなくなりますけど、いいですか?」
「ぐ、それは……」
真勇は普段の「あの」とか「その」なんて言葉も忘れて、なじるように相手に話す。
相手の男子の声は、どんどんと小さくなっていた。
「もういいです、じゃあ次の質問です。そちらはドラえもんが帰ればのび太君と友達との絆が絶たれると言いましたけど、これは既に――」
さらに畳みかけようとした真勇の言葉を、タイマーの音が遮った。
残念そうな顔をする真勇と、ほっとしたように胸をなで下ろす男子。どこか見覚えのある光景だった。
俺が隣に目を向けると、天王寺と目が合う。俺たちは瞳で通じ合い、何度も頷いた。
やっぱり、真勇はヤバい。今は味方だから良いが、それでも頼もしさより危険さを感じる。
そんな俺たちの思いを知ってか知らずか、席に戻る真勇を、部長が笑顔で迎えていた。
「後、お願いします」
「ああ」
俺と部長に向けて話す真勇に、頷いてみせる。
……正直、この戦況なら後は黙ってても勝てそうだけどな。
複雑な気分になりながらも、俺は自分の反駁の準備をする。
その間に準備時間は終わり、否定側第一反駁の選手が壇上に進む。
今度は、さっきの『だるま』とは対照的な、線の細い優男だった。
いささか大袈裟な動作でゆっくりと一礼すると、彼は反駁を開始した。
「肯定側の主張は、しかと聞き届けました。しかし、残念ながらいささかタンラク的な論であると言わざるを得ません。
危険だから未来に帰す。これは一見良い解決のように思えますが、実際には全く解決になっていないのです。
なぜなら、未来にドラえもんを送ったところでドラえもんの危険性が消滅するわけではないからです。
未来に戻されたドラえもんは、同じ危険性を持ったままです。これでは問題を先送りにしただけで、何の解決にもなっていません。
そして、肯定側はひみつ道具が危険だと仰っておりましたが、危険だと言うのなら適切な管理をさせればよいだけの事です。
肯定側の仰ることは、交通事故が起こったから車は全て無くせと言うようなもの。
危険ならば、危険でなくなるようにすればよいのです。
何よりドラえもんのひみつ道具には、肯定側も仰ったタイムマシンがあります。
もしも何か失敗が起きたとしても、タイムマシンを使ってやり直せばよいではありませんか。
彼女らの主張する危険性は、未来に帰さずとも解決が可能な事です。
そして、未来に帰したとしても解決しない問題です。つまり、全くの無駄なのです。
のび太君を悲しませ、ひみつ道具により彼を助けることを不可能にして、無駄なことをする必要はございません」
彼は反駁を終えると、深く礼をして「ご清聴、ありがとうございました」と言った。
本当に紳士的だと言うよりも、『上品な自分』に酔っている。そんなキザな雰囲気だった。
もっとも、紳士を気取ってみても鳳南の選手なのは隠せていない。
よく見るとシャツのボタンを一つ掛け違えているし、ズボンも揃って皺だらけ。
そして何より、反駁の内容。
強い言葉を使ってもっともらしく聞かせてはいるが、さほど本質を掴んではいない。
「猿渡君、どうかな?」
「ちょっと時間が少ないですけど、多分相手の論は全部潰せます」
問いかけた部長に、俺は答える。
隣の天王寺が「ほお」と声を出す。大きく出たじゃないか、と言いたげだ。
俺はメモした反駁の内容を、上から順に読み返す。
全く問題はない。あとは、失敗せずに論述を行うだけだ。
初めての、他校との試合。
そして俺が、最も難易度の高いパート。
言わば今回の試合は、俺が戦いの中心とも言っていい。
俺の力を見せつけてやる。挑戦的な意志を持ちながら、俺は壇上へと進む。
そして、ジャッジたちの方を向いた俺は――そのまま身動きが取れなくなってしまった。
壇上から見る光景。他の選手、聴衆たち。
それは部内の試合と何も変わらないはずだった。だが、違った。
舌なめずりをしながら、獲物を品定めする獣。そんな視線で王麟のジャッジたちは俺を見ていた。
ごく僅かだったはずの緊張が一瞬にして膨れ上がり、口の中が乾く。
もしも読み上げるのを失敗したら? もし上手く読み上げられても、その内容を笑われたら?
そんな不安が急速に湧き上がり、血の気が引いてゆく。
[お前は何も変わってない]
同じ言葉が脳裏をよぎる。
頭が真っ白になる。
その時、俺は半ば無意識に東龍の部員たちに視線を移していた。
目に入ったのは、赤と白――キティのうちわを振る鹿野島先輩。
あの人、本当にうちわ持ってきたのか。
それにキティって……多分あれ、部長に貰ったんだろうな。
思わず俺は、はは、と気の抜けた笑い声を出していた。
部長に目を移す。暖かで力強い、いつもの視線。
続けて、「さっさとやれ」と言わんばかりの天王寺と真勇の視線に気付く。
そうだ、一人で勝手にビビってる場合じゃない。
今の俺には支えてくれる人も、信じてくれる人もいるんだ。
もう不安は無い。勇気と自信を噛みしめるように、俺は大きく息を吸い込んだ。
「質疑で指摘されていた通り、ドラえもんの有用性を社会全体に適用するのは不可能です。
そして、ドラえもんを帰せば絆が絶たれかねないという点は全くの見当違いです。
確かに彼らを繋いだきっかけはドラえもんですが、その後のび太と友人たちは共に遊び、様々な冒険をしてきました。
それだけ深い仲の親友が、きっかけであるドラえもんが居なくなった程度で絆を断つことは有り得ません。
よって否定側の立論は全て消えます。
次に否定側の反駁についてです。
否定側は、ひみつ道具の適切な管理をさせれば未来に帰さなくても良いと主張しましたが、これは明らかに間違っています。
まず、ネズミを見ただけで地球破壊爆弾を持ち出すほどパニックに陥るドラえもんに、適切な管理をさせることはどう考えても不可能です。
かと言って、ドラえもん以外の誰かに未来の道具を管理させることも危険が大きすぎます。
要するに、現代においてドラえもんのひみつ道具を適切に管理することは不可能です。
しかし、ドラえもんを未来の世界に帰せば適切な管理を行える可能性が出てきます。
未来世界にはひみつ道具を作り出せる技術があるのですから、その危険性を抑える手段もあるでしょう。
現代にドラえもんを放置するよりも、明らかに安全です。
つまり未来に帰すのは適切な管理のために必要な事であり、決して問題の先送りではありません。
そして、失敗をしてもタイムマシンを使ってやり直せばよいという主張。
地球破壊爆弾で一瞬にして地球が滅亡すれば、タイムマシンでやり直す暇もありません。よってこの解決法も成立しません。
以上のように、否定側の主張する内容は全て的外れであり、ドラえもんの危険性を否定することも、危険性を解決することもできていません。
よって、やはりドラえもんは未来に帰すしかないと断言できます」
反駁を終えると、俺は細く息を吐いた。
王麟のジャッジに目をやる。フローシートを取っていた泉水がこちらを見て、ニヤリと笑った。
バカにしたような笑いではない。
あれは、天王寺のように「いい相手を見つけた」とか「よくやった」という笑みだ。そう俺は感じ取っていた。
それから、鳳南の選手。
一心不乱に第二反駁の準備をする"タカシ"と、焦ったような顔で互いに顔を見合わせる部員たち。
これは、確実に効いている。俺は確信し、小さくガッツポーズをしながら席へと戻る。
そこに天王寺が「ん」とだけ言いながら手を出してきた。
一瞬、何なのか分からなくて戸惑いそうになったが、俺はすぐにその意図を察して、ぱん、とハイタッチをする。
天王寺がニヤリと笑う。そうだ、この顔だ。
「お疲れさま。あとは任せてくれ」
部長の言葉に俺は頷く。もはや勝ちは決まったようなものだ。
真勇が「どうぞ」と言いながら、俺の机にペットボトルの水を置いた。
先日の約束のせいで俺は彼女から素直な気持ちで物を受け取りにくくなっていたが、今は喉が渇いていたのでありがたく受け取る。
水を飲む俺の姿を、真勇は笑顔でジッと見つめる。
その視線が気になって俺は余計に喉が渇いた気がしたが、悪い気分ではなかった。




