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ドラえもんは22世紀に帰るべき? 試合準備

「――それでは、始めます」

 今までこちらに目もくれずにいた金髪の女子……木戸川麗沙が、開始を告げる。

 あまり大きな声ではないが、透き通った、聞き取りやすい声だった。

「主審を務めます、木戸川麗沙です。よろしくお願いいたします」

 東龍と鳳南、それぞれの選手に向けて一礼する。

 その時、彼女が一瞬俺に向かって険しい目を向けたような気がしたのは、気のせいだろうか。

 それから、麗沙に続いて比嶋さんと赤メッシュ……泉水も、軽く礼をする。


「今回の論題は、『ドラえもんは22世紀に帰るべきである。是か非か』とし、東龍が肯定側、鳳南が否定側とします。これより、30分の準備時間に入ります。始めてください」

 そう言い終わるが早いか、麗沙は手元のタイマーのスイッチを入れた。


「ドラえもん……?」

 鳳南の選手たちの間に、どよめきが広がる。俺も少し、戸惑っていた。

 もちろん、ドラえもんが何なのか知らないわけじゃない。漫画にせよアニメにせよ、それなりに目を通したこともある。

 だが、練習試合とは言え他校同士の試合だ。

 てっきり政治系か何かの堅苦しい論題が出ると思っていたので、肩透かしを食らった気分だった。

「ふむ、妥当なところだな」

 今一つスッキリしない俺の思いに反して、部長はそう言った。

 俺は少し驚きながら、「そうなんですか?」と質問する。

「ああ。初心者向けの即興ディベートでは、よく選ばれる論題だぞ」

「アタシも昔、やった事あるしな」

 部長が答えると、天王寺が話に加わる。その顔は少し、得意気だ。

「ってことは、議論の流れもある程度予想できるって事か」

「同じ流れになるかどうかは知らねーけど、多少はな。少しは知識も仕入れてるし……今回の勝負は、貰ったぜ」

 既に勝ったような気分の顔。

 まあ、さっきの反応からして鳳南は未経験のようだし、こちらが有利なのは確かだろう。


「それで、昔やった時って、どんな流れになったんだ?」

「あー……アレだな、のび太の才能を伸ばしてないっつって攻めた。肯定側だな」

「才能?」

「だからよ、のび太ってダメな奴みたいに言われてるけど、スゲー所もあんだろ。一番ヤベーのが射撃で、宇宙最強の殺し屋にも勝ってンだよ」

「そういや、聞いたことあるな」

「あとアレだ、ドラえもんが来なかった未来、のび太がどうなったか知ってるか?」

「ジャイ子と結婚するんだろ、確か」

「で、それ以外によ。起業したけど結局会社潰して、その時の借金で子孫が苦しんでるって設定あんだよ」

「ああ、それで歴史変えるために子孫が来たんだっけ」

「おう」

 言われているうち、初期のストーリーを思い出してくる。確かにそんな設定だった。


「けど、のび太の会社、潰れるまでに7年かかってんだよ。しかも潰れたのは経営の失敗じゃなくて火事だぜ。それが無きゃ、もっと生きてたはずなんだ」

「……天王寺先輩、詳しいんですね」

 真勇が少し困惑したような顔で言った。

 それに対し、天王寺は「まあな」と胸を張る。

 多分、褒められてるんじゃなくて引かれてるんだと思うが、俺は何も言わないことにした。

 俺たちの生暖かい視線に目もくれず、天王寺は話を続ける。

「――つまり、のび太には経営の才能もあったってワケだ。なのに、ドラえもんは射撃の才能も経営の才能も、全然伸ばそうとしてねえ。射撃の才能伸ばしゃ、世界も獲れるくらいなのによ。だから、ドラえもんはのび太の成長を妨げてるし、帰した方がいいっつったんだよ」

「それで、勝ったんですか?」

「負けた」

 俺はズッコケた。質問した真勇も首をかしげる。

 ここまで胸張って長々と語っていたのに、結局負けたのか。


 俺たちが困惑していると、天王寺は話を求めるように部長に視線を送った。

「この理論は、ドラえもんが有益でない理由にはなるが、ドラえもんを未来に還すべきであるという明確なデメリットの立証とはなっていない。それに、ドラえもんを未来に帰したところで、結局この問題は解決しないだろう?」

 確かに、その通りだ。

 ディベートの肯定立論には、現状の問題点である『内因性』、それの解決が必要であるという『重要性』、それがプランによって解決されるという『解決性』の三つが必要とされている。

 天王寺の話は「もっと良いやり方がある」と言っているだけで、重要性のある問題点ではないし、プランによる解決性も無い。

「じゃあ、否定側はどう主張したんだ?」

 俺は天王寺に尋ねる。天王寺は、また部長に視線を送る。

「そうだな、あの時は……確か、将来的にのび太自身も、その子孫も幸福になるのに、ドラえもんを帰すことにはデメリットしかない、と主張したはずだ」

 部長は昔を思い出すようにしながら、そう言った。

「ん、部長が相手だったんですか?」

「ああ、彼女を勧誘した時にな」

 そう言って、部長は天王寺の方を見た。天王寺は苦々しい表情を浮かべていた。

 なるほど、部長にボコボコにされたって、この時のことか。


「――要するに、絶対にドラえもんを未来に帰さなきゃいけないし、他の方法じゃ解決できない。そういう理由を考えればいいんですよね」

「うむ、肯定側の立論としては、そうなるな。誰か良い案はあるか?」

 俺の発言に部長が頷き、意見を求める。真勇が小さく挙手をした。

「あの、よく覚えてないから、間違ってたらいけないんですけど、ドラえもんって過去を書き換えに来てるんですよね。それって、その……未来の法律とかに、引っかからないんですか?」

「む……どうだったかな」

 部長も、あまり詳細な設定までは把握していないらしい。

 俺も細かいことは覚えていないし、ここは専門家の見解を求めるべきだろう。

「どうなんだ? ドラえもん博士」

 俺は天王寺に呼び掛ける。

 妙な呼び方をされて彼女は一瞬変な顔をしたが、すぐに答えた。

「タイムパトロールっつって、歴史の書き換えしようとする奴取り締まる組織があるんだよ。で、実際捕まってる悪役もいるんだけど……ドラえもんが捕まってないってことは、セーフなんじゃねえか?」

 あまりハッキリとしない返答。結局、作中では明確に語られていないのだろうか。

「……あー、でもアレだな。現代の動物過去に連れてったり、大昔の動物現代に連れてきたり、生態系ぶっ壊すような事はやってるし、もしセーフでも良くねえって言うのはいいかもな」

「生態系以外にも、色々事件起こしてるよな。確か」

 俺が言うと、天王寺は頷いた。

「だな。下手すりゃ世界滅亡してるレベルのやつもあるぜ」

「思い出した。栗饅頭が増えるやつ。あれは大きいだろ」

「あー、バイバインだな。あれ、結局宇宙に捨てて終わったけど、今も宇宙のどっかで増殖してるならマジでヤバいぜ」

 俺たちの話に、部長と真勇も頷く。やはり、この話は知っているらしい。

「ならば、ドラえもんの持つ危険性……という点は、立論として使えそうだな。確か、ネズミを見ただけで地球破壊爆弾を使おうとしていた回もあっただろう」

「ああ、ありましたね」

 今度は部長の言葉に俺たちが頷く。

 これなら間違いなく、内因性・重要性・解決性も揃っているはずだ。

 俺たちはこの点を中心に、立論を組み立ててゆくことにした。

 同時に、相手の立論に使われそうな要素、それに対する反駁も考え出す。

 そうして、30分の準備時間は過ぎていった。

この場面では「ドラえもん」の名称をそのまま使用しています。

流石に伏字もなしに出すのはマズいかと思ったのですが、軽く調べたところ「伏字や婉曲表現を使ったところで何を差しているのか明確である場合はどっちみち権利元に訴えられたらアウト」という意見を多数見かけたため、今回はそのまま使用しています。

(それでも正式名称を出さずに済むならばその方が良かったのですが、今回の場合いちいち「ドラ○もん」とか「例の猫型ロボット」のように記載するのも間抜けだし、無駄にややこしくなるため)

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