開戦
真勇と奇妙な約束を交わしてから数日後の、土曜日。
俺は身の回りのゴタゴタが片付いたと安堵する間もなく、練習試合当日を迎えた。
俺たちは予定よりも少し早く合流し、試合会場である教室へ向かう。
王麟は名門なだけあって、校舎は立派で大きい。
東龍と同じように王麟も南北二つの校舎に分かれているが、東龍の校舎二つを合わせて、やっと王麟の校舎一つ分と言ったところだろう。
もちろん、東龍の校舎が小さいんじゃない。それだけ王麟の校舎がバカでかいのだ。
教室には、既に三人の生徒がいた。最初は鳳南の選手かと思ったが、すぐに違うと分かった。
その三人のうち二人が、女子だったからだ。おそらく、ジャッジを担当する王麟の選手だろう。
こちらに目を向ける彼らに軽く頭を下げながら、俺たちは部屋の奥へと進み、空いていた席に座る。
選手ではない鹿野島先輩は、一つ席を空けて後ろに座る。さらに、その後ろに引率のボンドが座った。
それにしても、王麟の選手は個性的……を通り越して、奇抜な姿の三人だ。
まず目を引くのは、鮮やかな金髪の女子だった。
シャギーの入ったショートカットだが、短冊のようなもみあげだけが鎖骨のあたりまで伸びている。
染めているような色には見えないし、おそらく地毛だろう。
もう一人の女子は黒髪で、黒縁のメガネをかけており、やたらと胸が大きい。
うちの部長も相当なものだが、それ以上だろう。
長いまつ毛に彩られた目と、その隣の泣きぼくろが妙に艶っぽい印象を与える。
そして最後に男子だが、明るめの茶髪に赤のメッシュが入った派手な髪をして、耳には大きなピアスを付けている。
ライブハウスの前でタバコでも吸っていそうな風貌で、少なくともディベートの選手らしさは微塵もない。
不意に、黒髪の方の女子がこちらへ歩いてきた。
「……先程から、こちらが気になるようですけれど。胸への視線に、女は敏感でしてよ」
バレてるし。
だが、その言い方が何だか癪に障って、俺は言い返した。
「普通に見てれば、胸にだって多少は目が行きますよ。胸だけって言うのは自意識過剰じゃないですか?」
「あら、そうかしら」
「女の勘は鋭い、なんてよく言いますけど。当たったと思ったら相手が否定しても当たったって決めつけるし、逆に気付いてないときは自分が気付かなかったことにすら気付かないでしょう。だから的中率100%に感じるだけで、実際は結構外してると思います」
自分で口にしながらも、さすがにこれは怒られるんじゃないかとも思っていたのだが、彼女は面白そうに笑った。
「ふふっ。ええ、その通りですわね」
それから、彼女は部長の方を向く。
「お久しぶりね、水島渚さん」
「ああ、久しぶりだ。最後に顔を合わせたのは、去年の冬だったか」
「ええ。面白い子が入ったと聞きましたけれど、仰った通りですわね」
「うむ、期待してくれ。きっと良い試合ができるだろう」
「それにしても……」
黒髪の女子が、小声で部長に言う。
「あなたは……と聞きましたけれど、彼は……なのかしら?」
「彼は――きっと違うはずだ。そう信じられるだけのことは、見せてもらっている」
「ふふっ、そうですか。なら、あなたもきっと――」
黒髪の女子が何かを言おうとしたところで、赤メッシュの男子が俺の前に出てきた。
「よーお、噂は聞いてるぜ、東龍の暴れ猿さんよ」
俺の机に手を付き、俺の顔を覗き込みながら彼は言った。
……他校にまで広まってるのか。
やはり素直に肯定する気になれず、俺はシラを切ることにした。
「人違いじゃないですか?」
「とぼけんなよ。他に男子、居ねェだろうが。それとも、メス猿がいるってのか?」
メス猿という言葉に、不意に俺は隣の天王寺に目を向ける。
瞬間、机の下で鋭い蹴りが飛び、俺の足に直撃した。
「痛ってぇ!」
ふん、と天王寺が苛立ちを見せて俺を睨む。こいつと同じ猿山に入るのは無理そうだ。
無駄に話をややこしくしても仕方がない。観念して「俺です」と赤メッシュに告げた。
「キャハハハ! まァ、何でもいいんだけどよ。大事なのはテメェが強いか弱いか、そんだけだ」
「知りたきゃ、今日の試合で分かるでしょう。何なら、続けてあなた達とも試合しましょうか?」
「バカかよ。テメェとオレたちじゃ格闘技世界チャンピオンと産まれたての赤んボくらいの差があんだよ。やるだけムダだ――」
甲高い声で笑い、中指でも立てそうな勢いで楽しそうに挑発する赤メッシュの声は、突然に途切れた。
彼の耳を、黒髪の女子が引っ張ったのだ。
「ってぇな! 何しやがる!」
「……王麟の品格を落とすような行為は、謹んで頂けるかしら」
「うるせーな! つーか、テメェこそディベート部なら口で勝負しろ!」
吠える赤メッシュの声を、黒髪の女子は無視する。
赤メッシュはしばらく恨めしそうに彼女と俺の顔を交互に見ていたが、やがて諦めたように席へと戻った。
「失礼しました。あれが王麟の代表だと思わないよう、お願いいたしますわ」
「まあ、そうでしょうね」
「……あれでも、選手としては一流なのですが」
ため息を付きながら、彼女はつぶやく。それから、改めて俺の方をまっすぐ見て、言った。
「紹介が遅れて、申し訳ありません。王麟学院三年、比嶋連理と申します。ディベート部では副部長をを務めさせて頂いております」
彼女はそう言うと、真勇の方にも目をやって再び頭を下げる。真勇が慌てて頭を下げた。
「あー、猿渡雄一郎です。東龍の二年」
「ええ、存じております。あなたの噂は、わたくしも聞き及んでおりますから」
どう反応して良いのかわからず、俺は苦笑した。
「あなたに対する認識は、わたくしも概ね、あの野蛮人と同じものです。あなたの試合、楽しみにしておりますわ」
そう告げると、彼女も席へと戻る。
彼女の背を見送りながら、俺は「野蛮人と猿ならどちらが上なのだろうか」と考えていた。
「ゆー君、大人気だねー」
「試合の前から、変に疲れましたよ。……何なんすか、あの赤メッシュ」
鹿島先輩のからかう声を聞き流しながら、俺は部長に問いかける。
「泉水直樹。三年だな。一年の頃から試合に出ている。今のパートは主に質疑だが……実力は確かだ」
「へぇ」
さすがに大きい口を叩くだけのことはある、ということか。
「それじゃあ、あの金髪の女子は?」
「ああ、彼女は……」
部長は少し口ごもってから、話した。
「――木戸川麗沙。二年だが、王麟の部長だ」
「麗沙、って……」
「ああ。私が言っていた……後輩だ」
「三年の引退って、まだ先ですよね?」
「ああ、ディベートに関しては冬まで続ける者も多い。それでも部長を任されているのは、つまり……彼女にそれだけ実力と人望がある、ということだろう」
「要するに、ムチャクチャ強いって事ですか」
俺は肩をすくめる。その脇腹を、天王寺がつついた。
「ビビってんじゃねーよ。名の知れ方なら、てめぇだって負けてねえしよ」
「悪名が知れてどうするんだよ」
鹿野島先輩と真勇が、くすりと笑った。
のんきな会話に勤しむうちに、時間が過ぎる。
試合開始の予定時刻まで残り5分を切った頃、ドタバタと音をたてながら鳳南の選手たちがようやく姿を見せた。
駆け込んできた四人の男子たちは、息を乱したまま大急ぎで席につく。
寝癖の付いている者がいるのを見ると、寝坊が原因で遅刻しかけたのだろうか。
「ヤバい」「間に合った」「お前のせいだ」など、口々に言葉を投げ合っている。
彼らは王麟の選手と比べると流石に常識的な格好だったが、一人、相当な存在感を放つ男がいた。
立ち振る舞いを見ると、鳳南の部長だろうか。「タカシ」などと呼ばれているのが聞こえる。
190センチ近いであろう身長をしており、さほど筋肉質ではないものの、がっしりとした骨格。
髪をオールバックにし、四角いメガネをかけたその面構えは、服装さえ替えれば引率の教師を名乗れそうだ。
さすがに試合開始が近いためか、鳳南の選手たちがこちらに話しかけてくることはない。
だが、こちらの様子はやはり気になっているらしく、落ち着かない様子で何度もこちらをチラチラと見ていた。
そして、試合開始の時刻が訪れた。




