束縛
向かった先は、駅前の商店街だった。
俺の前を黙って歩いていた真勇は、立ち止まって商店街の奥を指差す。
「ここから、あっちに歩いて行ってください」
「歩くだけか?」
「はい」
どこかに連れていきたいなら、そのまま行けば良さそうだが。わざわざ「歩け」と指示をする意味が、俺には分からない。
とは言え嫌だと言う理由もないし、俺は言われた通り、商店街を真っ直ぐ突っ切ってゆく。
時々、振り向いて後ろの真勇を確認するが、俺の方をジッと見ているだけで、特に変わったことをしているようではない。
しばらく歩き、商店街を抜けると俺は立ち止まった。
すると真勇は、再び商店街の方を向いた。
「今度は、わたしの後ろを……少し離れて、ついてきてください」
そう言うと、俺の返事を待つこともなく商店街へ戻ってゆく。
何がしたいのか分からないが、俺は言われた通り、少し離れて彼女の後を歩く。
この時間の商店街は、それなりに人が多い。
通勤ラッシュの時間と比べればマシだが、俺たちのような学生や夕飯の買い物に来た主婦などが、人の波を作っている。
真勇はその中を、まるでシューティングゲームの弾を避けるように、スルリスルリと抜けてゆく。
その途中、彼女は方向を変え、近くのコーヒー店の中に入っていった。俺はそのまま後を追い、店に入る。
「……えっと、何か、奢ります」
「いや、いいよ」
「奢ります」
けして大きい声ではないが、頑として譲らない姿勢を感じさせる声。
それに俺が怯んでいる間に、彼女はカウンターへ向かい、グランデのキャラメルマキアートを注文した。
そして俺に目を向ける。その目は、「早くしろ」と言っていた。
「あ……えっと、カフェラテ。一番小さいやつで」
焦りながら、二番目に安いものを注文した。
できれば一番安いものを注文したかったが、一番はブラックコーヒーだった。
俺はブラックが飲めないので、カフェラテになったのだ。
注文したコーヒーを受け取って、席につく。
真勇のキャラメルマキアートは、俺のカフェラテの三倍くらいの量があった。
小さな真勇が飲みきれるのか、少し心配になる。
「あの。部長と何があったのか、聞いてもいいですか?」
単刀直入な質問。俺は少しだけ驚いたが、頷いた。
そして、自分が部活に勧誘されたときのこと、嫌な夢を見て自信を失っていたこと。
それから、部長から聞いたことを、一つずつ話した。
ただ、部長のことを考え、麗沙という後輩のことに関しては伏せておいた。
真勇は飲み物に一口もつけず、真剣な表情で俺の話をずっと聞いていた。
「えっと……ありがとうございます。あの、分かりました」
話の終わった俺にそう言うと、一口だけ飲み物をすすり込む。
「……事情とか、その……何も知らないくせに、勝手に、あの……怖がって、すみませんでした。本当に……」
彼女は、机に鼻がぶつかりそうなくらいに頭を下げた。
「いや、それは俺の責任で……真勇が謝ることじゃないだろ。怖いものが怖いのは、仕方ないしさ」
「……わたし、嫌なんです。すぐに何でも、怖がるの。自分が弱いって、いつも思い知らされて」
真勇は、泣きそうな声になっていた。
俺は彼女の言葉に、間髪入れず反論した。
「真勇は弱くないだろ。最初の試合のときだって、俺、質疑食らったとき、殺されるかと思ったぞ」
「いえ、違う……違うんです」
「違う?」
「はい、今も……」
彼女は再び、ストローに口をつける。そして大きなカップの中身を、一気に半分近くゴクゴクと飲み下す。
「見てたんです。先輩が歩くところ。わたしと違うんです。分かりませんか?」
「……悪い、分かんねえ」
「先輩が歩いてるときは、他の人が道を開けるんです。でも、わたしのときは全然どいてくれなくて……わたしのほうがよけて当たり前だって言うみたいに、突っ込んでくるんです」
ついさっきのことを思い出す。
俺はただ、いつも通りに歩いていた。まっすぐ、何も意識せず……歩けていた。
だが、確かに真勇は、人の間を縫うように歩いていた。好きで縫うようにしていたんじゃなく、そうするしかなかったんだ。
「わたし、先輩が羨ましいです。テニス部みんな、敵に回せるくらい勇気があって、本当に倒せるくらい強くて……」
「……いや、それは羨ましがるなよ。ただ短気でバカなだけだぞ」
「けど、わたしなんてチビで臆病で……どうしようもないですから」
「でも人間だろ。俺は暴れ猿だぞ。猿に憧れるなよ」
「猿なら……いいですよ。私は、ネズミですから」
真勇は自嘲気味に言って、さらに話す。
「知ってますか、先輩。天王寺先輩とわたしが、一緒にいるときのこと」
「天王寺が?」
「天王寺先輩、ほとんど猿渡先輩の話しかしないんです。あいつは強いとか、あいつは面白いとか……」
「悪口も同じくらい言ってるだろ」
「いえ、そういうのは一度も……あ、でも、こうは言ってました。『あいつは才能を腐らせてる』……って」
俺はドキリとした。
腹の底を見透かされたような不快感と同時に、どこか嬉しさのようなものもあった。
それから真勇は、また一口だけ飲み物を飲むと、ため息をついた。
「……いいですよね。ライバルみたいな、対等な関係って。わたしは……部の中でも、一番下ですから」
「それは……別にいいだろ。一年なんだし」
「年下なら、負けて当たり前なんですか?じゃあ先輩、他校の上級生に勝つつもり、無いんですか?」
「む……」
俺が苦い表情をして黙ると、真勇はくすりと笑った。
「くす、今はわたしが一本、取れましたね」
「……ああ」
俺は真勇から目を逸らして、カフェラテを一気に飲み下した。
真勇がまた、くすりと笑う。
「奢るのって、気分がいいですよね。相手より上に立ってるような気分になれて」
「そんな考え方するやつ、初めて見たぞ」
「でも、相手に遠慮させて、自分は遠慮しなくていいのって、すごく気が楽なんですよ」
その言葉に苦笑いしつつも、俺は頷いた。
「わたし、同級生の友達からも、ずっと奢られてばっかりでした。最初は嬉しかったんですけど、どんどん嫌になってくるんです。対等な相手として、見られてないみたいで……奢られてるから、相手に合わせなきゃ、気を遣わなきゃって、いつも思ってて……」
彼女の話す声が、少し涙交じりになる。
「こんな意気地なしのままじゃダメだって、ずっと思って……でも、変われなくて。そのたびに自分のことが、嫌いになって。もう、嫌なんです」
真勇は自分のカップをジッと見つめながら話すと、その残りを一気に飲み干す。
それから、キッと俺の目を見据えて、強い語調で言った。
「先輩、お願いします。これから、わたしに……飲み物とか、奢らせてください」
「は?」
妙な提案に、俺は疑問符を浮かべる。だが真勇の目は、真剣そのものだ。
「そうすれば、わたし……先輩のこと怖くなくなると思うんです。自分が先輩より、上にいるって思えて……」
歪な価値観だ。だが彼女の境遇を考えると、気持ちは分からなくもない。
あまり釈然としないが、別に俺が損をするわけでもないし、真勇がそうしたいと言うならそれでいいだろう。
「まあ、いいけど」
「わぁ……!」
真勇の表情が、ぱあっと明るくなる。
「じゃあ先輩、もう一杯、何か頼みませんか?それともサンドイッチとか……」
「いや、今はいいって」
「でもわたし、前に先輩からエナジードリンク貰ってますから! そのお返しも兼ねて、奢らせてくださいっ」
「いいってば」
「奢ります!」
「勘弁してくれって」
財布を握りしめ、目を輝かせて俺に迫る真勇。
俺は楽しそうな彼女の様子を喜びながらも、今度は俺が彼女に怯えそうで頭を抱えた。




