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小さな決意

 週が明け、いつものように部室へ向かう。

 今日は真勇以外の三人が、既に来ていた。

「やあ、猿渡君」

「ども、お疲れ様です」

 にこやかに挨拶する部長に、俺も挨拶を返す。

 俺が席につくと、鹿野島先輩が俺の横に来て耳打ちしてきた。

「渚ちゃんのこと、ありがと」

「礼言われるようなことじゃないですよ」

「いいの。あたしが言いたかったんだから」

 それから、さらに耳元に口を近付け、囁く。


「ね、何かご褒美あげよっか。ほっぺにチューくらいなら、してあげるよー?」

「はっ……!?」

 突然のことに、俺は動揺して大声を出す。隣の天王寺が「うるせえ」と言いたそうな目で俺を睨んだ。

「あははは、ゆー君お顔真っ赤ー。お猿さんみたーい」

 ケラケラと笑いながら、先輩は席へと戻っていった。この人は、相変わらずだ。

「……夕那、また妙なことを言ったのか」

「んー、別にー」

 呆れ笑いしながら、部長が言う。

 何か鹿野島先輩に言い返そうかとも思ったが、部長の楽しそうな様子に免じて許してやろう。


 そんなことを考えて悔しさを誤魔化していると、真勇が部室にやってきた。

 部活動の資料に使うものか、右手には何かの本を持っている。

「お疲れ」

 俺は軽く挨拶をする。すると彼女は、ビクリとして右手をポケットに突っ込んだ。

 当然持っていた本は手放され、床に落ちる。本の表紙には、「酒は百薬の長なんて大ウソ!!」と書かれていた。

 とっさに俺は、本を拾って彼女に手渡す。

「あ、ありがと、ありがとうございます」

 彼女は声を震わせながら、左手で本を受け取り、逃げるように早足で席についた。


 まずいな、思った以上に警戒されてるぞ。

 せっかく部長の抱えていたことが片付いたのに、また余計な問題を起こしてしまっている。

 俺は焦った。今週末には鳳南との練習試合があるのだ。

 その時まで引きずっていたら、チームワークに問題を出しかねない。

 だが怯えるなと言ってどうにかなるわけもないし、無理に距離を詰めようとしても逆効果だろう。


「おい、やっぱ酒は健康にいいって主張すんの、難しそうだぜ」

 天王寺に声をかけられる。

 彼女の使っていたノートパソコンを見ると、飲酒に関するデータを纏めたサイトが多数のタブで開かれていた。


 現在、動物愛護管理法撤廃の立論はほとんど完成しているが、酒類の規制に関する立論の作成は難航していた。

 肯定側としては、飲酒運転の解消、アルコール依存症患者が現れなくなる、夜中に大声で騒ぐ集団がいなくなる……など。

 否定側としては、酒屋・居酒屋の廃業による商業的なダメージ、飲み会の消滅による大人の交流の場の減少、酒を使った料理も作れなくなることで食文化の幅が狭まるなど、アイデア自体は出ている。

 だが、4分の立論時間に全ての主張を盛り込むことはできない。

 ては、一体どの主張を軸にすべきか。それが、なかなか決まらずにいたのだ。


 俺は、天王寺が開いているサイトを見る。

「酒は百薬の長!」と大きく書かれたそのサイトでは、酒が人体に与える良い影響をあれこれ書き連ねているが……ほとんどは、まともなデータも取っていない主観、と言うか思い込みで書かれているようなことばかりだ。

「もっとマシなサイト、ないのか?」

「あったら出してるに決まってんだろ。見ろよ、これ」

 天王寺は他のタブのページを次々に見せる。書かれている情報は、どのサイトもほとんど変わらなかった。

「じゃあ、やっぱこれは無しか」

「ああ」

 俺たちはそう言いながら、部長に目を向ける。

 部長は頷いて、以前出したアイデアのメモの、「酒は百薬の長」と書いた部分にバツを付けた。


「大体、酒なんか飲んだことない学生が酒のディベートするってのが難しいよな」

 椅子にもたれかかりながら、俺はぼやいた。

 部長が笑って言う。

「まあ、そこが面白いところでもあるさ。それに、そんなことを言ったら政策論題なんて全てアウトになってしまうぞ。政治の経験がある学生はいないだろう」

 言われてみれば、そうだ。

「……あ、そうだ。ゆー君さ、お酒知ってる人に聞いてきたら?」

「なんで俺が。それに、誰に聞くんですか」

「テニス部」

「俺を退学にさせる気ですかっ」

 馬鹿げたやり取り。鹿野島先輩はもちろん、部長と天王寺も、笑っていた。

 だが真勇だけは、いまひとつ浮かない表情で黙っていた。


 そのまま部活の時間が終わり、帰る準備をする。

 俺は真勇に声をかけるべきか悩んで、部室の入り口近くで立ち尽くしていた。

 このまま、この問題を放置しておくのはまずい。

 ならば一度、ゆっくりと話をして……いや、二人で会話をしようなんて言えば、余計に怖がらせるだけか?

 ちらちらと真勇の方に目を向けて、俺はまごつく。一瞬、真勇と目が合った。

 しまった、また怖がらせたか?

 そう思う俺とは裏腹に、彼女は右のポケットに手を突っ込むと、俺に向かって一直線に歩いてきた。


「……この後、時間ありますか」

「え、あ……ああ」

「少し、付き合ってください」

 力の入りすぎた声でそう言うと、真勇は部室を出て行く。俺は慌てて、その後を追った。

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