本当のこと
日曜日の午後1時5分。
セミの鳴く木々の並んだ公園の中を、俺は早足気味に歩いていた。
ただでさえ暑いのに、待ち合わせの時間を過ぎた焦りが加わって、汗だくになった制服のシャツが背中にピタリと張り付いている。
その不快感に焦りと苛立ちが更に募り、余計に汗が止まらなくなる。
こんな状況になっているのは、先日、鹿野島先輩から送られてきたメッセージのせいだ。
個人チャットで送られてきたそのメッセージには、簡潔に待ち合わせの場所と日時だけが記載されていた。
何の目的なのか、誰が来るのかと返信した俺に帰ってきたのは、こんな返事だった。
[来てからのお楽しみ]
詳細を語る気のない返事。
いっそ無視してやろうかとも思ったが、結局俺は言われた通りの場所と時間に……来られてないんだが。
なにせ思った以上に公園が広かったし、ボート乗り場までの道が意外と入り組んでいて、まっすぐ進めなかったのだ。
まあ、どうせ何だか分からない用事だし、少しくらい遅れても問題ないだろう。
言い訳をするように考えながら歩いていると、数分後には遠目にボート乗り場が見えてきた。
休日なだけあって、乗り場の周囲には人が多い。湖には、ボートに乗った客の姿も見える。
俺はボート乗り場に近付きながら、周囲を見回す。相手も遅れているのでなければ、既に到着しているはずだ。
俺は最初に、鹿野島先輩を探した。だが、その姿は無さそうだ。
10分程度遅れたくらいで帰ってしまったわけはないだろうし、他の誰かが来ているのだろうか?
どうせなら、相手の方から声をかけてくれれば楽なんだが。俺は制服だから、分かりやすいだろうし。
その時、見覚えのある顔が見えた気がして、俺は建物の陰でスマホを覗き込む人物に目を留めた。
俺の視線に気付いてか、彼女は顔を上げる。
「猿渡君?」
「……部長」
確認するように声をかけた彼女に、俺も同じく口を開く。
そこにいたのは紛れもなく、部長だった。
猫のキャラクター……キティのプリントされたシャツの上に少しシワの寄ったアーミージャケットを羽織っており、下はシンプルなジーパンと、革製のブーツ。
あまり女性らしい格好ではないが、部長にはよく似合っている……と言いたかったが、そう言うにはキティだけが妙に浮いていた。
「あー、俺は鹿野島先輩から呼び出されたんですけど。部長もそれで?」
「あ、ああ。今日は、つまり……私だ」
どことなく挙動不審な様子で、部長が答えた。
「他に誰か来るんですか?」
「いや、私だ。私が……用があって、来てもらった」
今一つ状況が掴めないが、とりあえずこれで良いらしい。
部長はそのまま俺を連れて建物へと入り、ボートの料金を支払った。
わざわざボート乗り場の前を指定されたのだから何となく察していたが、やはりボートに乗るらしい。
二人でボートに乗る。
普通に考えれば、そういう意味だと期待しそうなところだ。
しかし今の部長はどう考えても、そんな様子ではなかった。
不可解な状況に不安を感じるが、ここで引き止めても仕方ない。俺は黙って部長に続き、ボートに乗り込む。
左右にオールが付いた、二人で向かい合って座るタイプの、よくあるボートだ。
向かい合って座った部長が自分でオールを手に取ろうとしたのを見て、俺は言う。
「俺がやります」
言葉とほぼ同時に、部長から半ば奪い取るように俺はオールを手に取った。
別に男が漕ぐべきだとか、格好を付けて気を利かせたわけじゃない。
何をしていいか分からない今の状況では、せめて手でも動かしていた方が落ち着くと思ったのだ。
俺は手に力を込め、漕ぎ出す。
思った以上に力がいることに少し戸惑うが、そのまま前へ、前へと進み、湖の真ん中あたりを目指してゆく。
周囲を見回すと、あちこちにカップルの乗ったボートが見える。
傍から見れば、俺と部長も同じかもしれない。
部長は美人だし、スタイルも良い。
もしもカップルとして見られているなら……普段なら誇らしくて仕方がないだろう。
だが今は、全く心が浮き立たなかった。
湖の中央に辿り着いたところで、俺はオールを止めてブレーキをかけ、ボートを止める。
「……それで、今日は?」
俺が問いかけると、部長は真剣な顔で小く頷き、話し始めた。
「始めに、だ。この前は……君の質問に答えられなくて、すまなかった。その、隠したかったわけでは、ないんだ。ただ、言いにくいことも……どう伝えていいのかわからないこともあって、答えられなかった」
「そう言うってことは、今回は話してくれるんですか?」
「ああ。夕那にお膳立てまでされたからな。ただ、私にも、どこから話していいか分からなくて……少し、まとまりのない話になるかもしれない」
「ちゃんと、全部聞きますよ」
落ち着かせるように、俺は言う。
この人はきっと、俺が今まで思っていたほど豪胆な人ではない。
そのことに、何となく気付きつつあった。




