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二人

******


 部活後の寮室。

 同室の渚と夕那は、何を会話することもなく、互いの宿題を片付けていた。

 元々、二人は寮室であまり会話をしない。

 渚は宿題の最中にあれこれ話しかけられることを好まないし、夕那は一人でゲームで遊んでいるか、音楽を聞いていることが多いからだ。

 だが今日は、いつにも増して会話がなかった。渚が今日の出来事を引きずっているためだ。


 しばらくして、自分の宿題が一段落したところで、夕那が声をかけた。

「渚ちゃんさ、まだあの事気にしてるの?」

 渚は黙り込む。しばらくしてから、「ああ」と答えた。

 夕那は小さくため息をついた。

「気にしすぎだよ。それにあれは、あっちの言ってることがおかしいもん」

「だが、彼女は……」

「あのさ、渚ちゃん。あの子に引け目感じるのは、分かるけど。だからってあの子の言うこと、全部聞かなきゃいけないわけじゃないでしょ」

「……それは、そうだが」

 宿題を進める手を止めて、渚は考え込んだ。


 雄一郎を、部活に誘った理由。それ自体は、非常に単純なものだ。

 だが、それを胸を張って話せない迷いがあった。

 渚は独り言のように、小さな声で呟く。

「……私は、独善的か?」

「あたしに何回聞いたって、同じことしか言わないよ」

 夕那がこの質問を受けるのは、これで四度目だ。

 そっけない態度で、今までと同じ言葉を返す。

「あたしから見れば独善的じゃないけど、そう思う人もいるかもしれない。ゆー君がどう思うか知りたいなら、ゆー君に聞けばいい。そうでしょ?」

 返す言葉が無く、再び渚は黙り込む。


 自分でも、そんな事は分かっていた。

 知りたければ本人に聞くしかない。いつまでも有耶無耶にしておくわけにもいかない。

 だが、()()()に言われた言葉が、彼女に二の足を踏ませていた。

 そんな渚の様子を見かねて、夕那が声をかける。

「別にさ、動機がどうだって、ちゃんと相手が助かってるなら独善でも何でもないでしょ。ゆー君も絶対そう言うよ」

「随分、自信を持って言うんだな」

「んー……なんか、ゆー君って渚ちゃんと似てるからね」

「似ている、か?」

「うん。理屈っぽいことばっか言うくせに、本当はそんなにロジカルじゃない所とか。あと、なんて言うのかな……普段はこう、どっしり構えててさ。ふてぶてしい? ってくらいなのに、ちょっと何かあるとすぐマイナス思考になるトコとかね」

 今度は渚が、ため息をついた。

 あまり認めたくないことだが、二年以上も同じ部屋で過ごしている彼女が言うのだから、きっと正しいのだろう。

 それに渚自身にも、思い当たる節はいくつもある。

 実際、今もこうやって……悪い方にばかり考えているのだから。


「とにかくさ、これ以上黙ってるのは良くないよ。それが一番、ゆー君は嫌がるだろうし。みんな自分が悪いんだ、って一人で抱え込んでたって何にもならないもん」

 その言葉に、渚は雄一郎に詰め寄られたときのことを思い出す。

 あの時の、彼の目。自分の知らない場所で、自分の知らない何かが動いていることに対する、不安と苛立ちのこもった瞳。

 一方で、隠し事をしている自分へ対する怒りや恨みは、全くと言っていいほどに感じなかった。

 その事がなおさら、渚の胸を締め付けた。

「分かっている。分かっているが……」

 いまだ煮えきらないことを言う渚に、夕那は呆れてしまう。

 普段はあんなにビシビシ決めるのに、どうして一度ネガティブになると、こうなのだろう。

 だが、それがまた渚の可愛げでもあり、色々と面白いことが味わえるのだとも思っているのだが。


 とは言え、このまま問題を放置しておくわけにもいかない。

 渚も重々承知しているだろうが、何か背中を押してやった方がいいだろうと夕那は考える。

 口で言って聞かないなら、つまり実力行使だ。

 渚は責任感が強いから、無理矢理にでも予定を決めてしまえば反故にはできない。そこを利用する。


 夕那は邪悪な笑みを浮かべながらスマホを手にする。そして、雄一郎にメッセージを送った。

 それに返事が帰ってきたのを確認すると、満足そうに微笑む。

 夕那の不審な様子を、渚は訝しげな目をして見つめていた。

 一通りの『仕込み』が済むと、夕那は言った。

「渚ちゃん、次の日曜ヒマだったよね?」

「暇……まあ、特に予定はないが」

「午後1時、ボート乗り場の前で待ち合わせ」

 夕那はスマホの画面を見せた。学校から近く、デートスポットとして人気の公園が、そこに映し出されていた。

 渚は、さらに怪訝そうな顔をする。

「……誰が?」

「決まってるでしょ。ゆー君と渚ちゃん」

「は……おい! どうして私が!」

「二人っきりで、ゆっくりお話できるよー」

 渚は言葉を失った。

 そうだ、彼女はこういう事をするやつだったのだ。

 まんまとしてやられたことに気付いても、もう遅い。

 渚にできることは、恨めしい目で夕那を見つめることくらいだった。


「ゆー君、すごく楽しみにしてるってさー。ドタキャンしたら可哀想だよねー」

 追い打ちをかけるように、夕那が告げる。

 この言葉は嘘だった。雄一郎はそんなことを言っていないし、それどころか当日に渚が来ることすら知らされていない。

 しかし、そんなことを渚が知る由もなかった。


 さすがに渚も、夕那の言葉をそのまま鵜呑みにするほど間抜けではない。

 だが、もしも本当に雄一郎が楽しみにしていたなら? その期待を、自分が裏切ってしまったら?

 そう考えると、とても拒否することはできなかった。

 渚は全てを諦めたように肩を落とす。その肩を、夕那が叩いた。

「ほらほら、暗くならないの。これで解決すると思えば、いい事でしょ?それに、どうせだから楽しんできなってー」

 他人事だと思って、好き勝手言ってくれる。渚は深いため息をついた。

 だが、強引にでも事態を前に進めようとしてくれた彼女の心遣いには、少なからず感謝もしていた。

 そうでもしなければ動けないことは、渚自身も自覚しているのだ。


 ちゃんと事態が解決したら、何か食事でも奢ってやろう。

 そんなことを考えながら、渚は次の日曜日に予定を書き込んだ。


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