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自分の殻

「はいはーい、じゃあ今から鳳南との練習試合のパートを決めまーす」

 鹿野島先輩は、パンパンと手を叩いて自己主張しながら部室へ入る。

 練習試合のパート決定。やって悪いことではないが、今やる必要は全く無いことだ。

 要するに、場の空気を取り繕うための口実なのだろう。


 俺は部長に目を向ける。

 さすがに、さっきの調子を引きずってはいないようだが、いつもの覇気は消えていた。

 この調子でパートを決定して大丈夫なんだろうか?

 少し不安を感じながらも、俺は席につく。すると、直後に隣の天王寺が俺の脇をどついた。

「真勇がビビッてたからな。フォローする側の身にもなれ」

 彼女は、俺にだけ聞こえるように囁いた。

 それを聞いて、俺が部長に詰め寄ったときのことを思い返す。


 あの時の俺の視界に真勇は映っていなかったから、正確な様子は分からない。

 だが、彼女は元々臆病そうだし、何より俺には前科がある。

 部活に来るなり部長に詰め寄れば、すぐ近くで見ていた彼女が怯えるのも頷ける。

 真勇に目をやると、彼女は右のポケットに手を突っ込みながら俺を見た。

 警戒している様子。

 俺は再び、やっちまった、と思った。

 そして天王寺に「悪かった」とだけ言う。彼女は、やれやれと言うように小さくため息をついた。


「えっとー、それじゃパートが立論、質疑、第一反駁、第二反駁だけど、誰か希望あるー?」

 まだ何を言っていいか分からないという風にしている部長の代わりに、鹿野島先輩が話を進める。

「あー、アタシ立論。いいすか?」

 天王寺が素早く、希望を口にする。

「んー、他の人は? それでいい?」

「あ、あの。ちょっと待ってください」

 確認を取る鹿野島先輩に、真勇が声をかけた。

「えっと、前から気になってたんですけど。そもそもパートって、その……どこに強い人が入るべきとか、その……優先度って、あるんですか?」

 言われてみれば、確かに気になる点だ。

 質問された鹿野島先輩は、ほんの少しだけ考える素振りを見せてから、部長の肩をつついた。

「渚ちゃん、説明」

「ん、ああ……」

 いい加減に何か話せとでも言うように、部長に丸投げした。

 部長は戸惑った様子を見せたが、すぐに説明を始めた。


「……一般に、肯定側は第一反駁が最も難易度が高いとされる。これは否定側の立論と第一反駁の両方に、一度の機会で反論する必要があるからだ」

 いつも通りの、よく通る声。だが、やはり普段通りとはいかないのか、少し話し方の調子が弱い。

「対し、否定側は全体のまとめを行う第二反駁が、最も難易度が高いとされる。つまり、上手な人をここに置くのが定石だ。それらと比べるとやや優先度は落ちるが、肯定側の第二反駁、否定側の第一反駁も重要な部分だな。それらに対し、立論は原稿を読むだけで良いから、あまり能力を要求されない。もっとも、相手の質疑に対する応答も担当するから、多少のアドリブ能力は要求されるのだが」

「……ってことは、一番どうでもいいのは質疑ってことですか?」

 俺は部長に質問をした。

 単純に気になったということもあるが、何より彼女の反応を伺いたかったのだ。

「相対的に見れば、そう言えるだろう。質疑の場合は最悪何も言えずに黙っていたとしても、それが敗北には直結しない。とは言え質疑で大きく流れが変わることもあるし、学校によっては上手な人を質疑に置くこともあると言うから……結局は、個人の適性や好みの問題が大きいな」

 部長は、特に何事もなく答えた。ひとまず今は問題なさそうだ。


 一通りの説明を聞き、真勇は納得した声を出すと、部長に「ありがとうございます」と言った。

 天王寺が真勇に問う。

「で、どうすんだ?立論やりてえのか?」

「あ、いえ。私は、あの……質疑がいい、です」

 やっぱりこいつ、質疑が気に入ってるのか。そうだろうな。

 天王寺も納得したように頷いた。

 部長は少し考え、真勇の方を向いて問いかける。

「もしも重要度が高いパートを他人に譲りたいと思っての希望なら、あまり賛同できないが。純粋に質疑がやりたい、と考えて良いのか?」

「あ、はい。えっと……わたし、反駁とか、たくさん喋るのって、あんまり向いてないと思いますし……質疑が、一番向いてると思って、それで……」

 部長は頷く。それから、意見を求めるように俺に目を向けた。

「真勇も天王寺も、問題ないっす」

 特に俺が止める理由はないし、二人の希望通りでいいだろう。

 俺の言葉を聞き、天王寺はガッツポーズをした。

「質疑喰らってテンパるの、もうゴメンだからな。今のうちに鍛えて返り討ちにしてやるぜ。つーか途中で熱くなるから、後半の反駁とか、アタシは向いてねえよ」

 聞いてもいないのに、彼女は立論を希望した理由を語る。

 しかし、意外としっかり自己分析をした上での判断に、俺は少し感心した。

 これもゲームセンターで培ってきた戦いの経験ゆえだろうか。

「さて、では猿渡君。君は、どこを希望する?」

「ん……部長が決めて構いませんけど」

「私はどこでも大丈夫だ。君の希望を、聞かせてほしい」

 部長にそう言われて、俺は言葉に詰まってしまった。

 ……俺は結局、何がやりたいんだ?


 天王寺が立論、真勇が質疑。俺はそこに、何の文句もなかった。

 だが、それは反駁がやりたかったからじゃない。単に、どこでも良いと思っていただけだ。

 そして今も部長に決断を委ね、流されるままになろうとしていた。

 そんな消極的な姿勢でいいのか?

 俺は疑問と、どうしようもない不安を感じる。

 天王寺も真勇も、自分の長所と短所を考えた上で適切な場所を選んだ。

 自分の殻を破り、成長しようとしているのだ。


[お前は何も変わってない]


 その時、ふと夢の内容を思い出す。

 そうだ。こんな調子でいいはずがない。

 俺は空虚で無気力な生き方を変えると誓って、ここに来たはずだ。

 なら俺が選択する答えは、一つしかない。

「肯定なら第一反駁、否定なら第二反駁でお願いします」

 俺は胸を張り、部長にそう伝える。

「そうか! 君ならそう言ってくれると思っていたぞ」

 部長は心底嬉しそうな顔をした。


 これでいい。子供の頃の俺なら何の迷いもなく、一番重要で難易度の高いパートを選んだだろう。

 ここで消極的になるようでは、何も変われないまま終わってしまう。

 絶対に、勝ってやる。

 俺は決意を新たにし、強く拳を握りしめた。

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