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激突! 猫VS犬5 猫側第二反駁~講評

 タイマーが鳴り、準備時間の終わりを告げる。

 部長が壇上に立ち、いつものように自信に満ちた表情で、第二反駁を開始した。



「まず、今回の論題は『犬と猫、どちらがペットとして優れているか』ということです。

 私たち猫側は、可愛さと飼いやすさの点から『猫の方が犬よりペットとして優れている』と主張してきました。

 一方、犬側は信頼関係を築けることを主張してきました。しかし、これには二点の問題があります。


 一点目はこちらが指摘している通り、芸を覚えたがらない、覚えられない犬も少なからず存在することです。

 犬側は一緒に努力し、目標を達成することが信頼関係の構築に繋がると主張しましたが、これは逆に言えば、一緒に努力のできない犬、目標を達成できない犬に価値は無いと言っていることに他なりません。


 そして二点目ですが、ペットを飼いたいと思う人、その全てがペットと共に長い時間をかけて努力し、信頼関係を築きたいと考えているわけではありません。

 もっと単純に癒しを、可愛がる相手を求めてペットを欲しがる人も多く存在するのです。

 こうした人にとって、犬側の主張する優位点は有効になりません。


 そして犬側は、信頼関係を築かないならペットとして飼う必要は無いと主張しましたが、これは全く的外れです。

 同じ家で過ごし、毎日顔を合わせ、何度も一緒に遊ぶ。そんな自分のペットと、他の動物に対する愛着は全く違います。だから人は、様々なペットを飼いたがるのです。

 ペットとは、飼うこと自体に価値があるのです。信頼関係の構築を目的としない人にとって、犬側の主張した優位点は意味を持ちません。

 これに対し、猫側の主張した優位点は、万人に有効です。

 ペットを飼いたい人が可愛い動物を嫌うわけもありませんし、飼いやすいことを嫌がる人もいません。

 犬の優位点は、限られた犬、限られた人にのみ有効なものです。しかし、私たちの挙げた猫の優位点は、あらゆる人、猫に有効です。

 ゆえに私たちの主張の方が正しく、猫はペットとして犬よりも優れていると断言できるでしょう」



 最後の反駁を終え、部長が席へと戻る。

 ヤバいな、と思った。俺の反駁、全部ボコボコにされたぞ。


 思えば、天王寺は生粋の犬派だ。そこから見える犬の長所が、犬好きな人間から見た物になるのは必然のこと。

 だが、それはつまり……元から犬が好きな人間にとっての長所だったのだ。

 今回の論題は、いかに自分が犬が好きかを主張する場ではない。

 ペットとしての優劣を語るのならば、部長の言った通り、もっと広い視野で見るべきだった。

 どうせ俺は猫派だから、犬派の天王寺より良い意見が出せるとは思えない。だから天王寺の言う事の方が正しいはずだ。そんな甘えた考えで、俺は反駁でも「犬派らしい」意見を疑いもせずに述べていた。

 自分と正反対の立場のことを考えてこそのディベートだと、分かっていたはずなのに。

 もはや俺は完全に負けを確信し、後悔と自己嫌悪に陥っていた。


 その後ろを、無言で天王寺が通り過ぎてゆく。犬側の第二反駁だ。

 しかし、今から一体何を言えば勝てるのか、俺には全く見当もつかない。

 天王寺には、何か策があるのだろうか。

 一縷の望みを込め、彼女に目を向けた俺は、何か違和感を持った。


 ――天王寺は、原稿を持っていなかった。

 何のつもりだ?

 即興とは言え最低限の原稿は用意したはずだし、あいつ自身、今まで熱心にメモを取っていたはずだが。

 まさか、試合を投げたわけじゃないだろうな。

 わけの分からない状況に、俺は不安ばかりを膨らませる。

 そんな俺の前で、天王寺は勢いよく話し始めた。



「最初に言わせてもらうけどな、アタシは猫なんか可愛いと思ってません。実家の庭に勝手に入ってきてフンしていきやがるし、夜中にケンカして大騒ぎするし、あんなもん見たくもないね。

 で、そいつが犬より飼いやすいからって、飼うかって言ったら飼わねーよ。ペットって、その動物に魅力感じるから飼うんでしょう。コスパでペット選ぶアホなんて、どこにも居ねえ……居ないんスよ。

 つまり、ペット飼う時点で何をペットに期待するかなんて差があって当たり前なわけで、万人に有効なメリットつったって、メリットでペット選ぶわけじゃ無いんだから、カンケーないんです。

 アタシは金貰ったって猫なんか飼わねーからな。


 あと、アレだ……信頼関係を期待しないって、猫がアホだから信頼築けねえだけだろ。築けるなら、誰だって期待するに決まってんだよ。

 ……そう、ハチ公の話思い出せよ! 10年だぞ10年! 飼い主が死んでからも、10年! そんだけ律儀に飼い主のこと待ってたんだよ! 感動するだろうが!

 あとホラ、アレだ……フランダースの犬とかも……犬ってのはそういうやつなんだよ! それが猫にできんのかよ!?

 猫なんてアレだろ、化け猫とか、泥棒猫とか……イメージ悪いじゃねえか! そんなんで癒やされるか! ハチ公を見習え!


 それで、だから……つまり! 万人に猫が勧められるなんてのは有り得ねえんだよ。アタシは認めてねえしな。

 犬の方がアタマいいし可愛いし、賢い……ん? 一緒か。で、外行って一緒に走り回ったり、キャッチボールしたり、そういうのも猫じゃ無理だろ。

 ……とにかく! 猫なんかより犬の方が良い! 以上だ!」



 身振り手振りを交えて犬への想いを熱く語った天王寺は、鼻息を鳴らしながら席へと戻ってきた。

 ……すげえな、こいつ。ゴリ押しで無理矢理終わらせたぞ。

 反駁としての質が高いとは思えないが、勢いだけは一級品だ。何かの間違いで勝てるかも、と思わせるようなパワーがある。

 その痛快とさえ言えるほどの開き直りっぷりに、俺は感心していた。

 天王寺の方を見ると、彼女は「何か文句あんのか」と言うような目を向けてきた。俺は、軽く笑って返す。

 俺も少しくらいは、こいつの思い切りの良さを見習った方がいいのかもしれない。

 そんなことを考えながら、講評の開始を待った。



「んーと、猫側の勝ちかなー」

「えぇー!?」

 顎に人差し指を当て、少し悩む様子を見せてから、鹿野島先輩は単刀直入に結論を述べた。

 それに対し、不服そうに大声を出す天王寺。

「ちょっと! 自分が猫派だからって贔屓してないっすよね?」

「んー、まあジャッジも人間だからねー。少しはあるかもしれないけどー」

 鹿野島先輩は、一旦フローシートに目を落としてから再び少し考え、理由を述べる。

「猫側の主張はー、可愛いってことと飼いやすいことで、これは両方生きてるでしょ?あと、結局犬側は、芸とか覚えない犬の価値が最後まで出せなかったかなーって感じ。熱意は感じたんだけどねー」

「むぅ……」

 天王寺は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。

 さすがに彼女も、あれで本気で勝ったとは思っていなかったのだろう。

 負けたことに関する不満はあれど、本気で抗議をしようという風ではない。


 とは言え、あれだけ熱心に犬の魅力を語ったのに負けた彼女が少し不憫に感じて、俺はその肩にポンと手を置く。

「勝敗はともかく、お前の犬派としての情熱は伝わったよ」

「ふん、ならてめぇも今日から犬派になるか?」

「それとこれとは話が別だ」

「ンだとコラ!!」

 俺の方を掴み、ガクガクと揺さぶる。

 どうやら大して気を落としていたわけでもないらしい。

 その様子に、周囲は苦笑いをした。


「あ、天王寺先輩。もしストレス溜まってるなら、癒される場所、知ってますよ」

 くすくすと笑っていた真勇が口を開く。

「あん? どこだよ」

「猫カフェです」

「やめろッ!!」

 部内に笑い声が響いた。俺も、一緒になって笑う。

 しかし、どこか俺はスッキリとしない気持ちを抱えていた。


 結局、俺は今日、何をやったんだろう。

 質疑は大した効果が無く、反駁も立論の内容をなぞっただけ。

 これじゃあ、居ても居なくても変わらないじゃないか。


 もっと強くならなきゃいけない。

 強くなって、一発で戦況をひっくり返せるような理論を展開できるようにならなければいけない。

 そんな強迫観念にも似た思いが、俺の心中にあった。

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