激突! 猫VS犬3 猫側立論~犬側質疑
準備時間が終わり、猫側の立論の時間となった。
部長が席を立ち、壇上へと向かう。ポニーテールの髪を揺らし歩く姿は、凛々しく美しい。
背筋を伸ばして壇上に立った彼女は、よく通る声で「始めます」と告げ、立論を始めた。
「猫側は、可愛さと飼いやすさの点から、『猫の方が犬よりペットとして優れている』と主張します。
まず第一に、猫の長所は可愛いことです。何をせずとも、猫がいるだけで癒されます。
これを証明するものとして、かつて動画サイトに投稿され話題となった『ねこ鍋』の動画が挙げられるでしょう。
この動画は、ただ土鍋の中で猫が丸まっている様子を撮影しただけの動画ですが、たちまち大人気となり、テレビでの紹介や、『ねこ鍋』のグッズが発売される事にもなりました。
さらに猫の可愛さを示すものとして、猫カフェの人気が挙げられます。
猫カフェとはその名の通り、猫と触れ合うことのできる喫茶店です。
現在ではこうした『動物カフェ』は多数存在し、フクロウカフェやウサギカフェ……そして犬カフェなども人気を伸ばしていますが、これらの火付け役となったのは猫カフェと言われており、動物カフェの中でも最大級の規模を誇っています。
これらの点からも、猫の可愛さに魅了された人がどれだけ多いか、ご理解頂けるでしょう。
そして、ペットとして飼うからには当然その飼いやすさにも目を向ける必要があります。この点でも、猫は犬より優れています。
まず、犬はほぼ毎日散歩に連れて行くことが必要です。散歩に連れて行けば、砂や泥で身体が汚れることもあるでしょう。その時は飼い主が洗ってやる必要があります。
これらには当然、飼い主の時間や体力が要求されます。学校や仕事で疲れている日には、決して小さくない負担となるでしょう。
それに対し、猫には散歩が必要なく、綺麗好きなので飼い主が洗ってやる必要もありません。
付け加えると、猫は犬のように吠えて近状迷惑にならないこと、大型犬と比べ餌代が少ないことも負担の小ささとして挙げられます。
猫はどんな動物より可愛く、そして犬より飼いやすい。猫の方が犬より優れていることは、決して揺るぎない事です」
部長が立論を終えると同時に、タイマーが鳴る。
俺は歯噛みした。誰だよ、「可愛い」は主観だから使えないって言った奴は。
……いや、俺もそれで納得してたんだが。
こうして、ちゃんと事実と併せて主張すれば武器にできるんだな。
「おい」
部長に目を向けながら考えていると、天王寺に声をかけられた。
「何だ」
「何だ、じゃねーよ。質疑。大丈夫なのか?」
「む……」
そうだ、次は俺が質疑に出るんだ。感心している場合じゃない。
慌てて俺は相手の主張を読み返す。
今回は即興ディベートだから、明確なデータ・数値を出しにくいのは当たり前だ。
『ねこ鍋』の動画は具体的にどの程度の人気で、グッズはどのくらいの売上を出したのかとか、猫カフェの具体的な数とか、そうした点にツッコミを入れてもさほど有効ではないだろう。
詳細は分からないが、『ねこ鍋』の動画にせよ、猫カフェにせよ、人気なことは間違いない。具体的な数字を出せなかったとしても、説得力が大きく落ちるとは考えにくい。
なら、俺が質疑を行うべき点は……。
「……多分、大丈夫だ」
独り言のように、俺は呟く。そこで、準備時間は終わった
やや不安ではあるが、今突けそうな場所と言えば、ここくらいしか思い浮かばない。
俺は祈るような気持ちで壇上へと向かう。そして、部長が俺の隣に立った。
並んで立ってみると、やはり部長は背が高い。俺と同じくらいだ。
俺の身長は170センチ足らずで、男子としては小さい方だが……女子でそのくらいと言えば、相当な高身長のはずだ。
肩幅が広めで、女子としては少しがっしりとした体つきをしているし、強く存在を主張する胸の存在もあって尚更大きく見える。
「よろしくお願いします」
挨拶をする部長の声に、我に返る。部長の体を見ている場合じゃない。今は質疑だ。
慌てて挨拶を返し、俺は質疑を開始する。
「……ええと、そちらは猫の長所として、飼いやすさ、負担の小ささを上げていたと思います」
「はい」
「けど、猫って爪とぎをしますよね。それで柱とかソファをボロボロにされたって話とか、聞きますけど。これは問題にならないんですか?」
「猫の爪とぎは、専用のボードを用意したり、爪とぎを行えるおもちゃを与えることで、対策が可能です。当然、多少のしつけは必要になりますが、毎日犬を散歩に連れて行くことと比べれば、ずっと負担は小さいはずです」
結構いい所を突いた質問だと思ったのだが、部長は全く動じることなく返してきた。
こうなると、他に突けそうな所は……。
「あー、次の質問を。その、疲れてる日の犬の散歩は負担になるって言いましたけど、疲れてる日の事を言うなら、猫の相手だって負担になるんじゃないですか?」
「全く負担にならないとは言えません。ですが、犬を散歩に連れて行くことと比べれば負担は小さいはずです。そして何より猫は可愛いですから、むしろ一緒に過ごすことで疲れを癒してくれる。そうした存在と考えられます」
ダメだ、全然効いてねえ。
とっさに俺は「犬だって癒されるんじゃないか」と言おうとして口をつぐんだ。こちらは立論でそんな主張をしていない以上、そこで競っても絶対に勝てない。
質問が尽きてしまった俺は、改めて相手の立論を読み返す。
だが、新たな質問は思い浮かばないまま、質疑の時間は終わってしまった。
渋い顔をして、俺は席へと戻る。天王寺も、似たような表情をしていた。
「すまん、大丈夫じゃなかった」
「だと思った。ま、部長が相手じゃ、あんなもんだろ」
「昔のお前も、か?」
「もっと酷かった。あん時は……って、喋ってる場合じゃねーよ」
彼女はフローシートに目を戻し、言葉を続ける。
「こうなったら相手の立論崩すより、こっちの立論の正当性の方が大きい事アピールするしかねえな」
「……相手の反駁の出方にもよるな。何か、隙があればいいんだが」
質疑について、特に彼女に責められなかったことには、安堵すると同時に悔しさも感じた。
どうせお前じゃ、部長に勝てなくて当然だ。そう言われているように感じるからだ。
実際、二年以上の経験のある部長と、初心者の俺では、実力差は大きいだろう。
とは言え、俺たちは勝つために戦っているんだ。
負けて当然なんて考えていたら、それこそ勝てる戦いも勝てなくなる。
見てろよ。次にこっちの反駁が来たら、戦況をひっくり返してやるからな。




