その名はディベート部
気付けば、俺は『水島先輩』に導かれるまま、学校内へと戻っていた。
東龍学園には東西二つの校舎があり、一般の教室は東校舎、理科室や音楽室などの特別教室は西校舎に分けられている。
俺たちが向かった先は、西校舎の二階。その突き当たりの部屋だ。
部屋の名を示すプレートは無い。昔は音楽室として使われていたとか聞いたこともあるが、俺が入学した頃には既に使われていなかった。
今では他の特別教室が埋まっているときに、代わりに使われるだけの部屋……要するに、『空き教室』である。
ガラガラと音を立てて戸を開け、その部屋へ踏み入る。
がらんとした部屋。教壇に垂直な角度で机が四つ、向かい合うように並べられている。その席のうち二つに、女生徒が座っていた。
一人は、艶やかな黒髪を背中まで伸ばし、赤いリボンを付けている。つまり、学年は二年生だ。猟犬のような鋭い目をして、ピンとした背筋で席に座っており、スカートの丈が妙に長いのが目につく。
もう一人は、おかっぱに近いボブカットをして、黄色いリボンを付けた一年生だ。小柄な体つきをしており、くりくりとした丸い目で熱心にノートパソコンを見つめていた。
二人は俺たちに目を向け、それからもう一度、俺の方を見る。二人とも、俺を怪しんでいるような表情だ。
「夕那は、まだ来ていないか?」
「はい。それより、その男子は?」
水島先輩が、二年の生徒に声をかける。夕那というのは、残りのメンバーだろうか。しかし、一体何の集まりなのかも分からない。
水島先輩が俺の方をちらりと見てから、「新入部員候補だ」と言った。二年生が少し眉をひそめる。
「そいつが何やったか、知ってるんですか?」
「もちろんだ。その上で、連れてきた」
「なんで!?」
やっぱり同学年には俺のことが知れ渡っているようだ。二年生は俺を『部員』に加えることに不服らしいが、先輩は気にした風もない。
一方、小柄な一年生の方は状況が分かっていないらしく、二人の様子を見ておどおどとしている。
……と言うか、俺はまだ入部するなんて言っていないし、そもそもここで何の部活をやっているのかすら知らないんだが。
「おつかれー」
俺が口を挟もうとしたその時、再びガラガラと音を立てて、部屋の戸が開く。やる気のなさそうな挨拶が聞こえた。
入って来たのは、三年生。気だるげで眠そうな目をしており、肩の上で二つ結びにした髪を、胸へと垂らしている。
ダウナー系と言うか、脱力系と言うか……変わった雰囲気だ。
彼女の挨拶に、一年生が小さくお辞儀をする。言い争おうとしていた二人も、軽くあいさつを返した。
「渚ちゃん、その子が?」
「ああ、新入部員候補だ。ちょうど今、連れてきたところだ」
「へぇー」
二つ結びの三年生が、俺の方を向く。
「あたしは夕那。君は?」
「猿渡雄一郎です。2-Aの」
「へぇ。じゃあ、ゆーくんだ。あたしのことも、ゆー先輩って呼んでいいよー」
どうやら彼女が、さっき言われていた『夕那』らしい。間延びした声で、馴れ馴れしく話す。
こういう時は、相手のペースに呑まれたら負けだ。
「……苗字は?」
「鹿野島。鹿野島夕那だよー」
「じゃあ、鹿野島先輩で」
「ゆー先輩でいいってば」
「……鹿野島さん」
「ゆー先輩」
「鹿野島……殿」
「……」
「……」
「ぷっ……あはははは!」
押し問答の後、鹿野島先輩が、おかしくて仕方ないという風に笑い出した。
「ねーねー渚ちゃん、この子、面白いよー?」
「……あまり、からかってやるな。困ってるだろう」
「むー、部員同士のシンボクを深めてるだけですー」
鹿野島先輩が、頬を膨らませた。付き合いにくいテンションの相手だ。
まあ、変に「先輩を敬え」とか、上下関係を押し付けてこないだけマシそうだが。
「――とにかく!」
しばし蚊帳の外に追いやられていた二年生が、びしりと俺の方を指差して、大きな声を出した。
「このままそいつを入部させんのは、アタシは大反対だ。部長や神が許そうと、この天王寺秋華が許さねえ!」
律儀にフルネームで名乗りながら、彼女は吼える。
やたら長いスカートと、どすを利かせた大声は、なんとなく昔の『スケバン』を思い出させた。
「おい、サル野郎。てめえには来週、アタシと勝負してもらう。それで負けたら、ここから出ていきな」
「勝負って、何のだよ」
まさかステゴロのタイマンとか、バイクで峠を攻めるとか、そんなのではないと思うが。
「決まってんだろ、ディベートだよ」
「は?」
「チームは……アタシと真勇、てめえと鹿野島先輩。それで、ジャッジが部長だ。文句ねえだろ?」
「いや、ちょっと待てって」
全く予想外の勝負方法に、俺は戸惑った。ついでに、勝手にチームを組まされた一年生……『真勇』と呼ばれた少女も、慌てた様子で天王寺を見ている。
「ディベートって、なんでだよ」
「なんでって、ここがディベート部だからに決まってんだろ。部長から聞いてねえのかよ」
聞いてねえよ。
恨めしげな目で横を見ると、水島先輩は「すまん」と言うように手を合わせ、しきりに頭を下げていた。と言うか、この人が部長だったのか。
「勝負は来週。テーマと立場はアタシが決める。――で、てめえが負けたら、入部は認めない。分かったな!」
「……ああ」
あまりに一方的に、勝負を押し付ける彼女。わざわざ俺が応じる必要など、どこにも無い。
だが俺は、自分でも不思議なくらいに迷いなく勝負を受けた。
そもそも、まだ入部するとは決めていないとか。
部長でもない奴が勝手にそんなことを決めていいのか、とか。
ディベートが何なのかすら、ほとんど俺は知らないとか。
勝手に勝負に巻き込まれた真勇が泣きそうになっているとか。
ツッコミたいことは、いくつもあった。
だが、そうした有無を言わせないほどの勢いが、彼女にはあったのだ。
そして俺自身――ディベートの勝負とやらに興味を持っていたのも、事実だった。
詳しいことは忘れたが、確かディベートとは、討論による勝敗を決める競技だったはず。
錆び付いたとは言え口先勝負は元々、俺の十八番なのだ。こんなスケバンもどきに負けていられない。
その時、長らく失っていたはずの熱い感覚を、俺は感じた。
これは闘志だ。懐かしく、心地よい感覚だ。
俺は変わってやる。空っぽの日々を終わらせ、昔の栄光を取り戻し、輝く青春を、掴み取ってやる。お前が、その最初の踏み台になるんだ。
熱くなる俺の隣、成り行きでパートナーとなった鹿野島先輩は……スマホのゲームで遊んでいた。
……本当に大丈夫なんだろうか。




