激突! 猫VS犬
「ところで、即興型と、その……即興じゃないディベートって、何が違うんですか?」
真勇が、部長に小さな声で質問した。
「特に、ディベートとしてのルールに目立った違いはない。名前通り、即興で行うことと……各パートの時間が、少し短いくらいか」
部長はいつものように腕組みをして、説明を続ける。
「試合の場で論題と立場が発表され、それから一定の時間……おおむね30分から一時間ほど準備を行い、そのまま試合に入る」
「その、データとかは使わないんですか?」
「自分の記憶している範囲で提示できるものがあれば、それを論述に使うことは可能だ。もっとも、そう都合の良いことはなかなか無いし、基本的には自身の経験則が中心になる」
頷く真勇。それから、部長は言葉を付け足した。
「ああ、それから……即興型でないディベートは『アカデミックディベート』と言うぞ。即興型は『パーラメンタリーディベート』とも呼ぶが……こちらは『即興型』で通じるし、無理に使う必要は無いだろうな」
相変わらず、ディベート界隈は横文字が多い。
「いずれにせよ、百聞は一見に如かずだ。せっかく全員揃っていることだし、今日は即興ディベートの試合を行おう!」
気合いの入った声で、部長が言った。
その言葉に、天王寺が目を輝かせてガッツポーズをする。こいつ、やっぱり戦闘狂だな。
「じゃ、あたしが審判やるー」
論題を聞きもしないうちから、鹿野島先輩がジャッジを買って出た。
「いいのか?」
「ゆー君が渚ちゃんの試合見たそうにしてるからねー」
俺は「勝手に意志を代弁しないでくれ」と言いたかったが、言っていることはあながち間違いでもないので黙っていた。
彼女の本心はただ単に、試合に出るのが面倒なだけだろうが……確かに、部長が試合をしているところは見てみたいしな。
部長も、できれば試合をやりたかったのか、結構乗り気な様子になっていた。
「で、論題どうします?」
天王寺が部長に向かって言う。
部長は、ジャッジが決めるべきだと言う様子で鹿野島先輩の方を見た。
「えっとー……じゃあ、犬派と猫派で」
軽い様子で答えた鹿野島先輩に、部長は「よし」と頷く。
天王寺と勝負した時の『消費税率』と比べると、かなりの落差だ。
「なんか急に緩いテーマになりましたね」
「いわゆる『価値論題』だな。即興型では、なかなかメジャーな論題だぞ」
呆れ半分で言った俺に、いたって真面目な様子で部長は答えた。
これ、真面目な論題なのか。
「ところで、今回は……ペットとしての犬と猫、ということでいいのか?」
「あ、うん。犬と猫、ペットとして優れているのはどちらか……で、いいかな。犬派の方が先で。パートごとの時間は全部2分で、準備時間は1分ずつ」
確認した部長に、鹿野島先輩が答えた。
「それでは、チーム分けを行おう」
そう言いながら部長はトランプを取り出し、『A』のカードを4枚抜き出した。
軽くシャッフルして、俺たちに一枚ずつ引かせる。
「赤同士、黒同士が同じチームだ」
俺が引いたカードはダイヤ……赤だった。表にして、机に置く。
それから、他の人のカードを見る。部長はスペードだった。
……どうせなら、部長と組んでみたかったんだが。
少し残念に思う俺の目の前に、天王寺がハートのAをヒラヒラとさせた。
「何だ、お前かよ」
「なんだ、じゃねえよ。ありがたく思え」
そう言って彼女は俺を小突き、俺の隣に座る。
まあ、前回の敵が仲間になると言うのも、面白いのかもしれない。俺は前向きに考えることにした。
相手は、部長と真勇か。部長の実力はいまだ未知数だが、間違いなく強いだろうし、真勇も侮れない。
もっとも、天王寺も味方としてはそこそこ頼もしいし……今のところは、どうとも言えないな。
「じゃあー、あたしが赤引いたら渚ちゃん側が犬派で、黒引いたら猫派ね」
鹿野島先輩がカードを回収し、再びシャッフルする。
そして、めくったカードは……スペードだ。
「おお、私たちが猫派か」
心なしか嬉しそうな部長の声と、明るい表情の真勇。あの二人、たぶん元から猫派だな。
一方の俺は少し落胆していた。俺も猫派なのだ。
だが、立場が選べないのがディベートだ。これも甘んじて受け入れねばなるまい。
「ねえねえ、みんなさー、元々はどっち派? あたしは猫派ー」
丁度気になっていたことを、鹿野島先輩が言い出した。
先輩は猫派か。まあ、猫っぽいしな。あの人。
「私も猫派だ。もっとも、犬も嫌いではないぞ」
「あ、わたしも猫派、です」
部長と真勇も、やはりと言うべきか猫派だった。
そして俺も「猫派です」と告げる。その俺の隣で、叫び声をあげる者が居た。
「――って、犬派はアタシだけかよ!?」
机に手をつき、身を乗り出しながら、四面楚歌の立場を嘆く。
……そうか、こいつは犬派だったのか。
「まあ、いいだろ。俺なんか猫派なのに犬側だぞ」
「そういう問題じゃねーよ! つーかてめぇは何だ? 猿だから犬とは犬猿の仲だってか?」
「いや、別に……猫の方が可愛いと思うだけだが」
「はぁー、分かってねえなぁ……」
彼女は一体、何と戦っているのだろう。
「それじゃあー、これから30分準備時間で、それから試合開始ー」
一人でヒートアップする天王寺を尻目に、鹿野島先輩が戦いの始まりを告げる。
俺は猫派の心を押し殺し、犬の優位点を考えるべく、天王寺の方を向いた。
「それで、どうする?」
「ま、『犬の方が可愛い』みたいな個人の主観じゃ武器になんねえから……頭の良さとかで攻めていくか」
「急に冷静になったな」
「当たり前だろ。やるからには全力で勝ちに行くぜ」
粗暴で感情的に見えて、いざ戦いになれば冷静で分析的な行動ができる。これが天王寺の強みだ。
ゲームセンターでは散々な目に遭わされたが、こうして味方になると、彼女は頼もしい。
「ただ、生物として優れてることがペットとして優れてることには必ずしも繋がらないよな。芸が仕込めるから楽しい、とかにするか?」
「あー、そうだな。その方がいい。あと、猫と違って待てって言えば待てるとかな。これは頭の良さっつーより忠実さか?」
「だろうな」
相談しながら、立論や反駁の原稿を作成してゆく。
今回はパートごとの時間が短く、立論は前回の半分の時間しかない。
2分の中に、どれだけの情報を詰められるかが鍵だ。
「で、反駁考えっけどよ、てめぇが猫側で立論作るならどうする?」
「犬より可愛い」
「それじゃ立論になんねーだろうが! つーか犬の方が可愛いんだよ!!」
「冗談だって」
犬派の意地と言わんばかりに激昂する天王寺をなだめ、俺は少し考える。
「犬と違って吠えないから、近所迷惑になりにくいとか、どうだ」
「猫だって喧嘩したり発情期の時には吠えんだろうが」
「飼い猫ならそうそう喧嘩する機会も無いし、去勢すれば発情期もなくなるぞ」
「ンなこと言うなら、犬だって声帯取れば吠えなくなるぜ。吠えないっつーか、吠えても声が出ねー、か」
「……虐待じゃないのか、それ」
「だったら猫の去勢だって虐待じゃねーか! つーかテメェ、どっちの味方だ!」
「こっちの味方だから猫側の意見考えてんだろ! 俺に言い返すより反駁のメモしろよ!」
冷静で分析的と思ったのは取り消した方がいいかもしれない。
過熱する天王寺につられるように、俺も声を荒げた。
彼女は舌打ちし、強い筆圧で素早くメモをする。
まだ試合前だと言うのに、俺たちのボルテージは最高潮だ。
ニヤニヤする鹿野島先輩と、苦笑する真勇の視線を受けながらも、必死に準備を進めていった。




