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風吹けば経済活性化

「さて、猿渡君。今回の論題についてだが……」

 部室へ戻り席につくと、部長が言った。

「まず君は、動物愛護法について詳しく知っているかな?」

「いえ。犬とか猫の虐待すると捕まるとか、そんな程度ですね」

「ふむ、そうか。まずはこれを見てくれ」

 部長はノートパソコンを操作すると、その画面を俺に見せた。法律の原本が掲載されたページだ。

 無機質で堅苦しい文章がずらりと並ぶ様子は見るだけで頭が痛くなりそうだったが、読まないわけにもいかない。


 動物の愛護及び管理に関する法律。通称、動物愛護法。

 その名の通り「動物は適切に扱いましょう」という内容だ。

 故意に痛めつけるのはもちろん、病気や怪我を放置したり、動物の習性に基づいた行動を取らせないことも『虐待』として禁じられている。それから……。


 そこまで理解し、ページのスクロールバーを見たところで俺はぎょっとする。

 結構な量の文章を読み解いたと思ったのに、俺が今までに読んだのは全体の一割もないくらいだったのだ。

 これ、全部読むのかよ。

「……猿渡君。無理は、しなくていいぞ?」

 萎縮する俺に、部長が声をかける。そして別のタブを開いた。

 そこには、要約された動物愛護法が分かりやすく纏められていた。

「先にこっち見せてくださいっ!」

「ははは、すまない。まさか本当に読むとは思っていなくてな」

 部長は爽やかに笑う。

 天王寺との勝負のときといい、この人って意外と人が悪いんだよな。


「だが、真面目なのは良いことだ。君のそういうところ、私は好きだぞ」

 部長が不意に口にした「好き」という言葉に、俺はドキリとした。

 別に、深い意味のある言葉ではないのだろうが……。

 それだけで胸が高鳴り、今の仕打ちも許せる気がしてしまうのは、悲しい男の性だろうか。


 煩悩を振り払いながら、ホームページの内容に目を通す。

 5分ほどで、一通りの内容を読み終えた。

「よし。それではここで一度、ブレインストーミングを行ってみようか」

 部長は、部員全員に向けて言った。

「今回は動物愛護法の廃止によるメリットについて、意見を出してみよう。さあ、スタートだ」

 部長はメモを取る準備をして、開始を告げる。


「庭に勝手に入ってフンしてく猫の駆除ができる。あと、発情期とかケンカで騒ぐ猫もっすね」

 真っ先に意見を口にしたのは天王寺だった。どことなく恨みの込められた声だ。

 ともかく、害獣の駆除が可能になることは確かにメリットとして考えられそうだ。

「……確か、動物愛護法って魚とか虫とかは、含まれないんですよね?」

 一つの事を思いつき、俺は部長に確認した。

「ああ。仮に誰かが飼育している魚や虫を死亡させたとしても、それは器物損壊としか扱われない」

「なら、その不公平さが無くなりますね」

 俺がそう言うと部長は頷き、メモを取った。

 それから、スマホを眺めながら鹿野島先輩も意見を出す。

「んー、保護とか世話の……愛護を強制されなくなる、とか?」

 続けて、今度は真勇が口を開いた。

「えっと、動物をこう、攻撃してストレス発散ができるとか……」

 突然出てきた物騒な意見に、俺は咄嗟に「おいおい」と言って顔をしかめる。

「猿渡君、否定は無しだぞ。それに、他の人が思いつかないような意見こそ大切だ」

「あ……そうッスね」


 そうだった。

 うっかり反射的に否定するような反応をしてしまったが、今回は否定をする場じゃない。

 愛護法が無くなれば、動物を虐待しても罰せられなくなる。

 良いか悪いかは別として、虐待をしたい人にとっては、それが廃止のメリットになるわけだ。

 俺はその考えを無意識に除外していた。むしろ真勇の方が、良い発想をしていたのである。

 真勇に向かって、俺は「すまん」と軽く謝る。彼女は気にしないでくれと言うように、首を振った。

「鹿とか狩って食えるってのは、どうだ」

「んー、じゃあさ、狐狩ってファーも作れるよね」

 天王寺の出した意見に、鹿野島先輩が意見を繋げる。

 そこで真勇の頭の上に電球が浮かんだ。

「余計な愛護の精神が無くなれば、ファーに対する風当たりも弱くなって……経済が活性化しますね」

 どんどん「風が吹けば桶屋が儲かる」ような話になってきたぞ。


「じゃあさ、悪い動物の駆除が可能になるってことも、駆除グッズとかが出て経済活性化に繋がるかな?」

「ならアレっすね、愛護を強制されなくなりゃ自由時間が増えるから、それだけ経済活動にあてる時間が増えて、これも経済活性化」

 とりあえず何でも経済活性化に繋げようとする鹿野島先輩と天王寺。

「駆除グッズの開発で科学技術の発展も期待できますね」

 半ばヤケクソ気味になって俺も意見を出す。

 色々と無理のある話のように思えるが、部長は満足そうに頷いていた。ブレインストーミングとはこういうものらしい。


 しばらくして、いい加減にネタが尽きてきた頃、部長が話を切り上げた。

「ひとまず、この辺りにしておこうか。それでは今までに出た意見の中で、立論に適していると思うものはあるかな?」

 部長はメモを全員に見えるように差し出して、言った。

 俺たちは出てきたアイデアを読み返す。

 さすがに、虐待や狩りが可能になることで立論を作るのは難しいだろう。

 メリットにならないわけではないだろうが、それで勝てるとは思えない。

「不公平さの解消は、やっぱ使いやすいんじゃないですか?」

 やはり自分の考えが、自分にとっては一番もっともらしく見えて、俺は言った。

「でも、法律を廃止するのに、不公平さがなくなるだけだと弱いと思います」

 反論してきたのは、真勇だ。

 試合の時もそうだったが、彼女はこういう時、バッサリと切り捨てに来る。

 俺は何か言い返そうとしたが、むぅ、と唸るだけで終わってしまった。

 実際、それだけで法の廃止を訴えられるかと言えば、少々弱い気がする。

 トドメと言わんばかりに、部長がこう言った。

「それに、不公平さの解消が目的ならば、魚や虫にも動物愛護法の適用範囲を広げられれば、廃止を行う必要は無いと言えてしまうな」

「……そうッスね」

 いわゆるカウンタープラン……つまり、別の解決法の提示だ。今回の場合、確かにそれで潰されてしまう。

 不公平さの解消を武器に戦うのは、思った以上に難しそうだ。


「やっぱよ、害獣の駆除だろ。こっちの方が、実際被害が出てんだから重要性もある」

 天王寺が同じく、自分の意見を推してくる。

「被害って、どのくらい出てるんだろうな」

 俺がそう言うと、天王寺は俺からノートパソコンをひったくり、野良猫などによる被害件数を検索した。

 それから、「おし」と言い、ニヤリと笑ってガッツポーズを作る。

「野良猫とかの糞尿とか騒音の被害報告は年間3万件近く。それに対して動物の虐待で摘発された件数は年間50件くらいだ。圧倒的勝利だな」

 これなら文句ないだろ、と言わんばかりに天王寺は胸を張った。

「なら、今のところはそれが良さそうだな」

 俺は素直に、天王寺に同調する。

「そうだな、現状なら私もこれが妥当だと思う。真勇と夕那は、どうだ?」

 部長も俺たちに同意しながら、残った二人に意見を求める。

 鹿野島先輩は少し考えるようなそぶりを見せてから、「いいと思うよー」と軽い調子で言った。


 一方、真勇はしばらく悩んでから、質問を投げかけた。

「これって、一つに絞った方がいいんでしょうか?いっそ全部入れた方が、いろんな方から攻められると思うんですけど……」

「確かに、要素を増やせば多角的な攻撃が可能になる。だが、4分の立論時間の中で複数の主張を行おうとすれば、それだけ一つ一つの内容が薄くなってしまう。基本的には一つに絞るべきだろう」

「あ……そうですね」

 真勇の質問に、部長が答えた。

 俺は、なるほどと思った後に、一つの事を思い出す。

 以前天王寺と試合をした時、俺も天王寺もメリットを二つずつ主張したが、あれは良くなかったのか。

 言われてみれば、無理に手を広げようとしたせいで穴だらけの理論がさらに脆くなっていたような気がする。

「それでは動物愛護法廃止の肯定側立論については、害獣の駆除が可能になることを中心に考える、ということにしよう」

 俺が反省する中、ひとまず立論の方針が決まる。

 自分の案が採用された天王寺は、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 なんだか微妙な悔しさを感じたが、今回は別に争っているわけではないのだ。

 自分の案が採用されなかったからといって、気にする必要は無い。

 そう思いつつも、次は俺の案が通るよう、他人が思いつかないような鋭いアイデアを出してやろうと俺は決意した。

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