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勉強番長

 ――要するに、三択だ。


 次の日、俺は早々に自分で勉強することを放棄していた。

 なにせ停学で二週間、その後ディベートの準備で一週間。合計三週間も勉強が遅れているのだ。

 今が5月の頭だから、中間試験までは残り二週間くらい。

 ゴールデンウィークを考慮しても、その間に独学で試験範囲まで追い付くのは、ほとんど無理だろう。

 ……元々の成績も良くないしな。


 なら、どうするか。誰かに教えてもらうしかない。

 クラスに友人らしい友人なんていないから、頼れる相手は必然的にディベート部の部員だけになる。

 その中から、俺は真っ先に真勇を除外した。さすがに一年生に習うのは無理だろう。

 つまり候補は部長・鹿野島先輩・天王寺の三人のうちの誰かに絞られる、というわけだ。


 まず俺は、部長を思い浮かべた。一番マジメそうだし、頼りがいもある。

 ついでに言うなら、これを機に部長のことを知りたい思いもあった。

 だが部長はいつも部活で忙しそうだし、まだ大会まで時間があるとは言え俺の勉強に付き合わせるのはちょっと気が引ける。


 じゃあ、鹿野島先輩は……やめた方が良さそうだ。

 あんまりマジメに授業受けてなさそうだし、じっくり教えてくれそうにも見えない。

 もし引き受けてくれても、途中で飽きて遊び出すのが簡単に想像できる。


 天王寺は同じ二年だから、今の勉強について聞くなら一番良さそうだが……。

 あいつ、勉強できるんだろうか。できないだろうな。



 よし、部長にしよう。

 そもそも俺を入部させたのも部長なんだし、俺が退学になるのは阻止したいはずだ。ちゃんと教えてくれるだろう。

 立場を利用するみたいで良くない気もするが、背に腹は代えられない。

 決意して放課後に部室へと移動していたところで、天王寺に出くわした。

「お、ちょうど良かった。ほら、一本やるよ」

 差し出したのは、コーヒー牛乳。敷地内の自販機で買えるものだ。

「何だよ突然。金なら払わないぞ」

「違ぇって。当たったんだよ」

「当たった……ああ」

 そう言えば、学校の自販機にそんな機能あったな。

「なら、貰っとく」

「おうよ」

「それにしても、俺も週に一回は買ってるのに今まで一回も当たったことないぞ」

「ははっ、日ごろの行いの違いだな」

「何言ってんだ。いきなり部活追い出そうとしたくせに」

「悪かったっての。ったく、猿みたいに三歩も歩いたら忘れてくれりゃいいのに」

「三歩で忘れるのは鳥だろ」

 他愛のない会話をしながら、そのまま二人で部室へと向かった。

 何だかんだ言って、こうしたやり取りができるのは楽しかった。


 部室に入ると、まだ誰も来ていなかった。

「部長はまだ、か」

「っぽいな。何だ、なんか用でもあんのかよ?」

「ああ、勉強教えてもらおうと思っててさ。中間試験、ヤバそうだし」

「クラスの奴にでも聞きゃいいじゃねえか」

「俺、完全に危険人物扱いなんだが」

「……あー」

 天王寺は苦笑しながら俺を見た。

「んじゃ、アタシで良けりゃ教えてやるよ」

「へ?」

 ニヤリと笑いながら彼女は言った。

 意外な言葉だ。いや、性格上言いそうにないとかじゃなく、問題は……。

「……お前、勉強できるのか?」

「一年の期末が23……いや、こっちは中間か。確か期末は18位だったな」

 俺は驚いて、あんぐりと口を開けた。


 確か、二年の人数が168人だから、18位と言えば、上位10%に迫る順位である。

 東龍自体がそこそこの名門校であることも考えると……こいつ、メチャクチャ頭いいぞ。

 ラーメン屋で闇金の漫画とか読んでそうな雰囲気してるくせに。

「……てめぇ、なんか失礼なこと考えてねえか?」

「滅相もない」

 そんなわけで俺は素直に頭を下げ、天王寺に教えを乞うことにした。

 どうせなら部長に習いたい気持ちもあったが……2年の彼女の方が向いているのは事実だろう。

 同じテスト範囲だから、一緒に勉強する程度の気持ちでいい。部長に頼むより気が楽だ。

 俺たちはそのまま部室で教科書を広げ、まず勉強が必要な範囲の確認を始める。


 ……その「確認」は、結局その日の部活が終わるまで続いた。

 もはや俺は、自分がどこから勉強が分からないかすら分からなくなっていたのだ。

 初めのうちは「しょーがねえなあ」と笑っていた天王寺の顔からも、徐々に笑顔が失われてゆく。

 キレられるのはまだ平気だったが、本気で呆れたようにため息をつかれたときは、さすがに俺でも結構ショックだった。

 後からから部室に入って来た部長と真勇の暖かな視線も、余計に居心地の悪さを感じさせる。

 鹿野島先輩は、その日は姿を見せなかった。元々、重要な日以外は来ないことが多いらしい。

 だが、こんな姿を見られなくて済んだのは不幸中の幸いだろう。

 あの人に見られたら後で弄りのネタにされるのは分かりきってるからな。


「ったく、てめぇの頭、マジで猿と同レベルなんじゃねーか」

「……返す言葉もない」

「とにかく、明日からはビシバシやるからな。てめぇだって、退学になりたかねーだろ」

「ああ」

 帰り道、俺の隣を歩く天王寺が、悪態をつく。

 明日からは4連休になるが、その間毎日、部室で勉強をすることになった。

 気は滅入るが、それだけ俺に付き合ってくれる彼女に感謝も感じていた。

「けど、何がハラ立つかって、こんな奴にディベートの才能で負けてるって事だよ」

「そうか?天王寺も上手かったと思うけどな」

「バッカお前、アタシは一年やってるって言っただろ。最初の頃なんて、ボロボロだったぜ」

 相変わらずの口調で話しながらも、その顔は少し楽しげな表情になっていた。


「そう言えば天王寺って、なんでディベート部に?」

「あー……ま、話してもいいけど、今日はダメだ」

 妙な事を言いながら立ち止まった彼女に、俺は「何だそりゃ」と返す。

 彼女は目の前の建物を指差した。

「そこだよ、アタシの家。だから話は終わりだ」

「近いな。まだ5分くらいしか歩いてないぞ」

「ま、距離で選んだからな。寮の方が近いけど、一人暮らしの方が気楽だしよ」

 そう言いながら、彼女は家へ向かってゆく。


「明日、ちゃんと来いよー!」

 振り向き、大きな声で言った彼女に、俺は軽く手を振った。

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