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右ポケットの謎

「あのっ」

 校舎を出て、帰ろうとしていた俺を小さな声が呼び止めた。

 振り向くと、そこに居たのは……。


「三上、さん……で、いいんだよな」

「あ、はい。ちゃんと自己紹介できてなくて、すみません」

 そう言って彼女は、右のポケットに手を突っ込みながら、ぺこりと頭を下げた。

「いや、謝らなくていいんだけど……そもそも、俺のせいで変な勝負に巻き込んじゃって、こうなったんだし。俺の方が謝らないとな」

「いえいえ、そんなこと……私も、いい経験ができましたから」

 なんと健気な一年生だろう。怒りに任せてテニス部を壊滅させた俺とは正反対だ。

「それに、その……先輩のこと、疑うみたいに言って、ごめんなさい」

「謝らなくていいって。気になるのは当然だし、元はと言えば俺が悪いんだからさ。それに、どうせいつか話すことになると思ってたから、いい機会だったよ」

「あ……ありがとうございます」

 礼を言われる筋合いもないんだが。

 この腰の低さ、天王寺と足して二で割ればちょうど良くなりそうなんだけどな。


「先輩、こっちの方ですか?」

「そうだな。三上……さんも、こっち?」

「はい。あの、一緒に帰ってもいいですか?」

「ああ、いいけど……その、怖いんじゃないのか?」

 俺が不安げに尋ねると、彼女は迷わず頷く。

「……はい。でも、だから……知りたいんです。先輩のこと」

 そう言うと、強い覚悟を秘めた目でまっすぐに俺を見た。


 俺たちは学校の敷地を出て、同じ方向に歩き始める。あまり素直に楽しめる状況ではなかったが、それでも俺の心は浮き立っていた。

 誰かと一緒に下校するの、だいぶ久しぶりだな。それも、女子と一緒に帰るのは……何年ぶりかも思い出せない。


 体の小さい彼女は、やはり歩幅も小さい。いつも一人で足早に帰っていた俺のペースは、彼女には少し早すぎるらしい。

 トコトコと必死に俺に並んで歩こうとする彼女に気付いて、俺は歩くペースを落とす。こんな気遣いをするのも、新鮮な気持ちだ。

 歩調を緩めた俺に、また彼女が「ありがとうございます」と言った。それから、「えーと」と小さく言って、再び口を開く。

「三上、真勇、です。まことの勇気、って書いて、まゆ……ヘンな名前ですよね」

「……まあ、あまり聞かない名前ではあるな。でも、悪い名前じゃないと思うぞ。字だけ見ると、男みたいだけど」

「あ、よく言われます。読み方が分からないって言われることもあるし……」

「でも、読むときの字数が少ないのはいいよな。俺なんて苗字が五文字で、名前が六文字だぞ。大体みんな、猿って呼んでた」

「あはは、わたしは名前、二文字ですもんね。苗字と合わせても五文字だから、これでやっと、先輩の苗字と一緒です」

 彼女が初めて、俺に笑顔を見せた。少し照れたような、無邪気な顔だ。

 小柄で華奢な体の彼女が見せる笑顔は、いかにも「女の子」らしさを意識させ、少しドキリとした。

 部活の後輩の、女子と二人で下校か。なんだか青春らしいことをしている気がして、胸が高鳴る。

 ただ、彼女は学年が下なだけで部活としては同期……むしろ、彼女の方が先輩なんだが。そう思うと、変な関係だ。


 そんな事を考えていると、一旦会話が途切れた。

 黙って二人並んで歩くのが、少し照れくさく感じる。

 何か話を振ろう。そう思い、俺は一つ、質問した。

「その……気になってたんだが、そのポケット、何かあるのか?」

「え?」

「ほら、よくポケットに右手、入れてるみたいだし」

「あ、これは、その……」

 彼女はビクリとして、ポケットに突っ込んだ右手に、左手を重ねた。

 それから、少し視線を泳がせた後、わざとらしく笑ってみせる。

「あ、あはは……えっと、癖なんです。ちょっと、ヘンですよね。やっぱり」

 あまり鋭くない俺でも、何か隠していると分かるくらい無理をした様子だった。

 一体、何なんだろう。ますます気になるが、無理に聞き出すのも悪いしな。

 この話題は切り上げて、別の話をしよう。


「ところで、三上……さんって、どうしてディベート部に?」

「あ、真勇でいいです。みんな、そう呼びますから」

 予想外の言葉に、俺は怯んだ。

 さっきから苗字に「さん」を付けるべきかどうか悩んで、中途半端な呼び方をしていたのを気にしたのだろうか。

 なにせ俺は、後輩を持ったのが初めてなのだ。呼び捨てで良いような気もするが、どうにも慣れていなくて、半端な呼び方をしてしまっていた。


 しかし、下の名前か。まさか「真勇さん」と呼ぶわけもないだろうし、呼び捨てで良いのだろう。

 本人が名前で呼べと言っているのだから、遠慮する必要もないが、しかし……。

「あの、嫌ですか?名前で呼ぶの……」

 煮え切らない俺に対し、申し訳なさそうに彼女が問いかける。

 俺は慌てて、彼女の名前を確かめるように二度も呼んだ。

「ああ、いや、その。大丈夫だ。真勇、真勇な。ああ」

 露骨に動揺する俺を見て、彼女はくすくすと笑う。

 こいつ、もしかして俺が照れくさいとか思ってるのを分かってて呼ばせようとしてるのか?


「入学してすぐ、部長に勧誘されたんです。ディベート部」

 先程までより明るい雰囲気で、彼女が話し始めた。

「わたし、あんまり話すのとか、得意じゃないし……向いてないって、思ったんです。でも、ちょっと、面白そうだなって思って」

「ああ」

「その、わたしって、昔から人の言うことに流されてばっかりで……自分が何を好きなのかも、分からなかったんです。でも、部長に説明を受けて、面白そうだって、思って……自分で、面白そうだって思ったこと、大事にしたいって、思ったんです。だから、入部を」

「なるほど……なんて言うか、立派だな」

 稚拙な表現だが、素直な気持ちだった。

 俺は東龍に入ってからも二年になるまでグータラだったし、自分を変えようと思っての行動も、大失敗だった。

 退学を免れ、部長に拾われなければ、こんな時間は過ごせていなかっただろう。

 なのに彼女は、自分で自分を変えようとして、ちゃんと前進しているのだ。俺より、ずっと立派だと思った。

「でも、先輩の方が、すごいです。あんなに話せて……わたし、すぐに声が小さくなったり、早口になったりしちゃうし……」

「けどさ、あの時のアレ……質疑は、かなり効いたぞ。あの質疑って天王寺の指示じゃなくて、みか……真勇、真勇が考えたんだよな?」

「くすっ、あ、はい。ちゃんとわたしが考えました。効いてたなら……良かったです」

 そう言って微笑む彼女に、なぜだか俺は、少しヒヤリとした。

 あと今、俺が名前呼ぶときに、どもったの聞いて笑いやがったな。


 それから少し歩くと真勇は立ち止まり、俺の進路と別の方向を指した。

「あ、わたし……こっちです」

「ああ、それじゃあ、また明日な」

「はい。あの、これから、よろしくお願いします」

「おう。こちらこそ、よろしく」

 ぺこぺこと頭を下げながら挨拶をする彼女に、俺も言葉を返す。

 いつの間にか、彼女はポケットから右手を抜いていた。


 ……結局、あれは何だったんだろうか。

 疑問を感じつつも、俺は軽く手を振って彼女を見送った。

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