#1 邂逅。河原にて。
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堂園 花子は、土手に体育座りをして、ただ茫然と川の流れるのを眺めていた。
川というのは、花子が登下校の際に必ず通る、そこそこの大きさの河川だ。夕陽に当てられた水面はきらきらと光っていて綺麗だが、そんなものを花子は眺めているのではない。
草のすっかり枯れ葉てた中州には、先ほど同級生に投げられた花子のカバンがぽつんと佇んでいる。先ほど、同級生たちに投げ捨てられたものだ。川はそこまで深い訳ではないが、小柄で体力のない花子ではとても歩いて取りに行くことはできない。
どうしよう、と、花子はため息交じりに呟いた。このままこうしていても埒が明かないのは分かっているが、どうすればいいのか見当もつかない。そのまま家に帰れば、必ず母親に心配をかけてしまうことは分かっていた。ただでさえ女手一つで育ててくれている母に、余計な心配は絶対にかけたくない。
北風がぴゅうと花子の体を吹き抜けた。季節は冬。いつまでもここでじっとしていては、風邪を引いてしまう。花子は悔しい思いを噛みしめながら、ゆっくりと立ちあがった。
どうして私がこんな目に合わなくてはいけないのか。
私が何をしたと言うのか。
どうしていいのかもわからず、どうしようもなく無力な自分が情けなくて、花子は右目から涙が頬を伝うのを感じた。過剰なほどに光る水面が次第に滲んでくる。
――その時だった。
ザバン、と、水面から何者かが出現し、中州に上陸する。そして、その男は花子の方を向いてこう言った。
「おい小娘! これはお前のか!」
訳の分からない展開に戸惑いながらも、花子ははいそうです、と声を張って反射的に答える。すると男はニヤリと笑い、川の流れをものともせず、とてつもない勢いで花子の方へと駆け寄ってきた。
「ほれ。受け取れ」
「あ、ありがとうございます……」
男は無造作にカバンを花子に渡すと、長く濡れた髪をかき上げた。びしゃびしゃと水滴が花子にかかるが、そんなことはお構いなしである。
花子は、怪しさ満点のその男を、思わず凝視してしまう。驚くほどの長身に、長く真っ黒な頭髪。凛々しくもあるがどこか違和感を覚える顔立ちが、美しく鍛え上げられた肉体の上に鎮座している。そして、なぜか全裸。濡れた裸体が、茜色に照らされており、非常に美しい。男の全裸を見るのは花子にとって初めての事だったが、不思議と性的な何かは感じられなかった。いつまでも見ていられる、もはや芸術と言ってもいいものだと、花子は思った。
しかし、女子高生と全裸の男の間に流れる沈黙はあまりに酷い絵面だと感じ取った花子は、謎の男との会話を試みる。
「あの、えーと、川で何をしてらっしゃったんですか?」
「魚たちと遊泳に興じていたのだ。お前も一緒にどうだ?」
「魚たちと遊泳に……ですか。いえ、私は遠慮しておきます。泳げないので」
「そうか。随分と無能なのだな」
「はは……すいません」
泳げないというのは本当のことだが、もし泳げても決して興じるはずがないと、花子は心の中で思った。この人は、明らかにおかしい。この真冬で、それに全裸で川で泳いでいるなど、正気の沙汰ではない。
「そんな格好で、寒くないんですか?」
「当たり前だ。私を誰だと思っている」
「すいません、分かりません……」
誰だと思っている、と聞かれても、花子には知る由もなかった。全裸で川で泳いでいた、ただの不審者だ。
「むう。なにかこう、本能に訴えかけるものはないか?」
「本能に……不思議な感じはしますけど」
「これだから人間は……いいか、私の名はハイライト。究極の生命体だ」
花子は、驚いた――いや、男が究極生命体と名乗ったことにではない。その発言を、すんなり受け入れてしまった自分自身に驚いたのだ。究極生命体。それが何かはよく分からないが、とにかく目の前に立つ男が、自分とは全く違う生き物で、そして未知の究極性を秘めているということを、花子は人間としての本能で感じ取っていた。
「……人間、じゃあないんですか?」
「そうだと言っている。一緒にするな」
ハイライトと名乗った男は、若干の不快感を表す。先ほどの発言といい、どうやら人間を下等種族として捉えているようだ。
しかしそれと同時に、初めて出会う人間以外の知的生命体に、自分の中の好奇心が爆発するのを花子は感じた。もっとこの男――ハイライトについて知りたいと、強く思っている。こんな感情を覚えたことは今までの人生で一度もなかったので、不思議な高揚感が花子を支配しており、気が付けば無意識にどこかへ立ち去ろうとするハイライトの腕を掴んでいた。
「ん? まだ何か用か」
ハイライトは頭上からぎろりと睨んでくる。決して怒っている訳ではないのだろうが、なにぶん顔立ちが日本人のそれとは微妙に異なっているのと、異常なほどの長身が手伝って、花子にとって恐怖の対象になるには十分すぎる迫力だった。
そして、花子は返答に困った。いきなり『あなたに興味がある』というのは、流石に積極的過ぎる。ただでさえ相手は全裸なのだから、下手なことを言ってしまうのは危険かもしれない。
「小説の題材に使いたいんです!」
不意に、口からこんな出まかせが出ていた。
「んん~小説?」
怪訝そうな顔をするハイライトを見て、花子はあ、やべ、と複数回思った――小説なんて、書いたことはおろか、読んだことすらほとんどない。なんでこんな突拍子もない事が口をついて出てきたのか、花子自身分からなかった。
「小説とは、あれだろ、人間たちの作り話」
「そ、そうです! あれです」
「お前、小説書きなのか」
「ええ、まあ、一応……」
「ふん。面白い。見せてみろ」
「いえ、まだできてないんです。そこで、ハイライトさんのお話を書こうかと……」
「んん~、私のか?」
ハイライトは、再び怪訝そうな顔つきになる。それを見て、花子の心臓はばくばくと音を立てた。嘘がばれたら、何をされるか分かったものではない――そんな危ない人、もとい究極生命体には見えなかったが、未知なるものに対する恐怖心というのは、やはり一定以上に存在するものだ。落ち着いて考えると、人間の上位の存在を騙すことができるかどうかがそもそも疑問だが、言ってしまった以上、もう後には引けない。
しかしそんな花子の心配をよそに、究極生命体はフンと快諾してみせた。
「いいだろう。私の話。存分にしたためるがいい」
「あ、ありがとうございます!」
「だから娘、この手をいい加減に放せ」
言われて、花子はいまだにハイライトの腕を強くつかんでいることに気が付いた。急に恥ずかしくなり、パッと手を放す。
「娘、明日の同じ時刻に、ここに来るがいい。気が向いたら行ってやる」
「はい、分かりました」
「ふふ、お前がしためる小説とやらに、私は興味がわいてきたぞ」
「それは光栄です……」
「ではまた会おう」
すっかりその気のハイライトを見て、花子の良心はずきずきと痛んだが、好奇心がそれを遥かに上回っていた。また明日もハイライトに会えると思うと、自然と笑みがこぼれてくる。別れを告げて裸の長身が戻っていった川は、未だに、今度は滲みなく茜色に輝いている。
再び吹いた北風に、花子は我に返った。そろそろ暗くなり始める時間帯である。花子は速足で家に向かった。途中、この出来事を母親に話そうか迷ったが、しばらくはやめておくことにした。そのしばらくがいつになるかは分からないけど、いつか本当にあの人の小説が書けたらいいなあ、なんてことを思った。
ありがとうございました。
これからもお付き合いいただければ光栄です。