7
「アシャ!」
バン、と背後の扉が開いて明かりが差し込んだ。
アシャの腕から瞬時にユーノの体が擦り抜ける、まるで始めからそこには居なかったかのように。
「あの計画、どうして下の押さえがないんだ!」
イルファのどら声が響いた。
「……なくていいんだ」
視線の先にはまだユーノがいる、だが、その姿は既に警戒を満たし指さえ届かぬ遠くに引いている。とっさに背けた横顔は表情が読めない、戸惑っているようにも見える、だが、拒んでいるようにもまた見える。
「押さえはいいって言っただろ」
はぁあ、と深く溜め息をついて、アシャはベッドから立ち上がった。突然入ってきたイルファを振り返る。視線がねめつけているかもしれないが、緩める気持ちなどない。
「それを完全に果たしてくれる相手に心当たりがあるって」
そのあたりは十分に説明していたはずだ。
「知り合いか?」
イルファは今初めて聞いた顔で聞き返す。
(絶対わざとだ)
「ああ。とびきり腕のいい狩人だ、だから心配するな安心してろ」
答えながらイルファを部屋の外に押し出していく。背中越しにユーノにおやすみ、と声をかけたが返事がない。
「イルファ」
ぐったりする気持ちを持て余し、扉を閉めてイルファに向き直ったとたん、
「狩人、というと、ラズーンの知り合いなのか?」
「……ああ」
なるほど、単にふざけて突っ込んで来たというわけではないらしい、と相手を見直した。
「やっぱりただ者じゃなかったのか」
イルファがいかつい顔でにやりと笑う。
「ユーノもそうか?」
「いや、彼は違うが…付き人になってからわかったが、俺の本来の役目と無関係というわけでもない」
「じゃあ、何らかの形でラズーンに関わりがあるやつなんだな?」
「そういうことだ」
「視察官というのを、風の噂に聞いたことがある」
イルファが日に焼けた顔に鋭い表情を浮かべた。
「諸国を巡るラズーンからの旅人、ラズーン治世を支えるための目だ、と」
そいつか?
ことばは問いかけだが、中身は確認だ。
(もう、無理だな)
アシャはゆっくり瞬きした。この先も一緒に旅を続けるならば、遅かれ早かれ『ラズーン』が何なのかも知れるだろう。
「当たらずと言えど遠からずだな」
促して部屋に戻りながら続ける。
「俺の正体と言う意味なら、もう一つの方が通りがいいぞ」
「もう一つ?」
「ラズーンの正統後継者」
「が」
どしん、とイルファが滑ってこけた。茫然とした顔で見上げて尋ねてくる。
「おい待て、正統後継者? んじゃ何か、ラズーンの王子?」
「そういうことだ」
「そういうことだ、じゃねえよ!」
さすがに怯んだ顔で唸る。
「恐ろしいのと組んじまった」
「そうたいしたものじゃない」
「おいおい、ラズーン支配を甘く考えるなよ、アシャ。俺達にとってラズーンは世界の源だぜ? そこの王子と同行するなんざ、単なる見聞旅行と言うわけに行かねえだろ」
「ならどうする、ここで引くか」
皮肉な笑みを浮かべて見下ろす。
「………どうしてそれを明かす気になった」
「そろそろ隠していられる状況じゃなくなってきた……それに」
結局ラズーンに近づけばわかってくる。
それでも口を噤んだのは語り切れないものが多過ぎたからだ。
「……」
アシャのことばにイルファはしばらく腕を組んで考え込んでいたが、やがてぐいと唇を結んで立ち上がった。
「そうだな。それを知ったって、俺の好きなアシャにかわりはねえな」
「…おい」
「そうとも、ラズーンが何だ! 愛は国境を越える、身分差なんかくそくらえだ!」
「待て」
「俺は誓う、この剣にかけて、お前と一緒にラズーンへ見事辿りついて見せるぞ!」
「違う」
俺が言いたかったのはだな。
言いかけて、赤いリボンが結ばれたままになっている両刃の剣を誇らしげに振り回すイルファを眺め、
「……聞く気はないな?…」
アシャは深く溜め息をついて諦めた。