8
翌日。
「反対だ」
「アシャ」
「俺は絶対反対だ」
ナストからあれこれ話を聞き出しつつ、マノーダ奪回作戦をたてていたユーノに、アシャはきっぱり拒否を示した。
「だって」
神殿には女性しか入れないんだよ?
説得しようとするユーノにますますアシャの顔が険しくなる。
「だからといって」
ユーノが女装して潜り込む、というのは。
「……そりゃ、アシャほど美人にはならないけどさ」
他に潜り込めそうな人間がいないんだから仕方ないだろ。
むくれて見せても、ユーノは切なくなる。
(そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか)
レアナや他の女性のように綺麗にならないのは重々知っている。それでも、神殿内部は巫女達の居る小部屋も多く複雑で、そのどこにマノーダやアレノが居るのかはっきりしない。誰かが入り込んで探るしかない。
「それでどうするんだ?」
イルファがナストが持ってきた絵図面を覗き込む。神殿の元々の建物はナストの父親が設計したものだそうで、古い図面ではあるけれど、それほど改築はされていないだろうとのことだった。
「すみません」
アシャの不快そうな顔にナストはしょんぼりする。
「僕が不甲斐ないから、あなた達に迷惑をかけてしまって……」
「いいって。どうしたんだよ、昨日の元気は」
「あの時はもう夢中で」
ナストはいよいよ身を縮めた。
「とにかく今わかっているのは、この部屋から奥へ数部屋入った所……この辺りに新しい巫女達が居る部屋があるらしくて、マノーダはたぶんそこに居るんだろうということだけ。守りがどうなっているのか全くわからない。外での見張りはないけど、入り口に近づくとすぐに中から人が出てくるというから、見張られているのは確かだと思う」
ユーノは絵図を指で辿っていく。
「ただこの辺りにも小部屋が12、3ある。この中からマノーダを探し出さなくちゃならない」
「アレノもだ!」
イルファが唸った。
「アレノも助け出さなくてはならん! あんな美しい人が冷たい石の神殿に住むなど、俺には耐えられん!」
「……恋は偉大だねえ…」
ユーノは苦笑した。
「イルファが詩人になっちゃった」
「詩人…」
ナストが承服しかねる顔でイルファを眺めた。
「とにかくボクが女装して潜り込み、隙ができたら手引きして皆を呼ぶ、それから」
「ぼくだよね」
にこにことレスファートが笑った。
「ぼくがマノーダを探すんだよね!」
「危険なことはさせたくないけど」
くしゃりと銀髪を撫でた。
「レスファートの感覚に頼るのが一番だし」
「うん!」
レスファートは嬉しくてたまらないように笑みを深める。
「日が落ちたら作戦開始、それまでは体力温存だ」
「で、これを」
ナストが差し出したのは薄緑のドレス、銀色の枝と白い羽根で作られた繊細な髪飾りもある。
「僕の姉のものですが」
「ありがとう、じゃあお借り……おい」
受け取ろうとしたユーノの手からアシャが二つとも攫っていくのに呆気にとられた。
「女に見えればいいんだな」
掴んだままアシャが立ち上がり、冷ややかな目でナストを見下ろす。
「え、ええ、あの…?」
「俺がやる」
「え」
ナストが笑顔のまま固まった。
なんだなんだ、ついに女装に目覚めたのか、といつもなら突っ込むはずのイルファはぼうっとあらぬ方を眺めているので、仕方なしにユーノが応対する。
「何だよ、ドレス着てみたくなったの?」
「……」
無言でじろりと睨まれて、あれ、とユーノも引き攣った。
「そう思うなら勝手に思え」
「え、でも、いや、あのですね、ユーノさんならまだしも、あなたはちょっと華奢さとか脆さとかがいささか足りないかもしれなくて」
「ユーノだと華奢で脆そうで可愛いって言うのか」
アシャがゆっくり目を細めてナストをねめつけた。紫の瞳がどうにも不穏な光を漂わせているが、ユーノにも当のナストにも意味がわからない。
「あの?」
「あーえーと、うん、アシャは女装すると、確かに女に見えるんだよ、ナスト」
引きそうにないと見て、ユーノは苦笑した。
「ってか、たぶんナストが知ってるどんな女の人より綺麗だとは思う」
「アレノを外せ!」
「マノーダ以外ですね」
イルファとナストが同時に受けて、はいはい、とユーノは手を振った。
「ごめん、失言、はいその通り。とにかく、アシャが女装すると、少なくともボクよりうんと美人にはなる」
「……それじゃあ、お願いしても…?」
「そんな気持ちを抱いてるやつに見せてたまるか」
「は?」
ぼそりとアシャが唸って、ナストが再び固まり、ユーノは戸惑った。
「アシャ、なんか話が食い違ってるような気がする」
(なんでこんなに女装したがってるんだろう?)
ユーノは眉を寄せる。
(『山賊』のやつで嵌まったのかな、それとも)
ユーノの女装なんて見たくないほどみっともない、ということだろうか。
そうかもしれない、とちょっと落ち込みかけたユーノに、アシャはとにかく水浴びして整えてくる、と身を翻した。